淫神の孕み贄

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
117 / 153

リガラ城砦へ 2

しおりを挟む
「そんなに驚きました……? やっぱり、迷惑ですよね。僕は神の贄なのに、こんなふうに心を揺らしたりしたら、いけないですよね」
「いえいえ……そんなことはありません。セナ様のお気持ちはとても嬉しいです。ただ、現在のわたくしはあなた様の想いに対する答えを持てない状態なのです」
「え……それはどういうことですか?」

 解説が難しくて、よくわからなかった。
 目を瞬かせたセナに微笑みかけたファルゼフは、耳元に唇を近づける。
 他の誰にも聞こえないように、彼はそっと囁いた。

「わたくしとの秘密を、来たるべきときに思い出してださいね」

 ファルゼフとの秘密……? 
 それは、なんだったろう。来たるべきときとは、いつのことなのだろう。
 首を傾げていると、馬車の外がにわかに騒がしくなってきた。
 馬で駆けてきた副団長のバハラームが、ハリルに報告する。

「大変です、ハリル様! 国境まで偵察に向かわせた騎士の数名が、負傷して帰ってきました。いずれも軽傷ですが、ベルーシャ軍から攻撃を受けたとのことです」
「なんだと? ベルーシャ国には儀式を行う旨が通達されているはずだぞ。おい、ファルゼフ。どういうことだ!」

 不測の事態が起こったらしい。
 ハリルに詰問されたファルゼフは馬車の窓から顔を覗かせ、首を振る。

「儀式の通達は行っております。使者は確かにベルーシャ国に信書を届けました。先方からは了承したという旨の返答を、アポロニオス王の名で頂戴しております。その事実は、陛下と大神官殿と共に確認いたしました」

 ベルーシャ国は儀式のために騎士団が国境付近を訪れることを周知しているのだ。
 ということは、攻撃した兵士の思い違いだろうか。
 セナは馬車から顔を出して、バハラームに問いかけた。

「副団長さん! 怪我をした騎士の方は大丈夫なんですか?」
「ご心配ありません、贄さま! 我らは殺しても死にませんからな!」

 洒落にならない冗談に、セナは微苦笑を零す。
 どうやら怪我の程度は軽いようだ。
 ハリルは手を掲げて、随行する騎士団員たちに指示を出す。

「三部隊に分かれろ! 先発は国境付近まで様子を見に行け。攻撃の気配を察知したらすぐに退くんだ。主な者は俺と共に馬車の前方で備えろ。後方は馬車の護衛だ」

 馬で駆けていた騎士団員たちはハリルの指示により、波が割れるかのように分かれていった。彼らが常日頃から、訓練を受けていることを窺わせる。
 バハラームは数名の騎士と共に前へ躍り出た。

「私が先発隊の指揮を執ります! なあに、すぐに問題なしと報告いたしますよ。ゆるりとリガラ城砦へお越しください」
「任せたぞ。……シャンドラ、おまえも行け」

 先発隊の面子を確認したハリルは、後方にいたシャンドラに命じた。
 重量級の槍騎士ばかりなので、身軽な者が必要と判断したようだ。
 黒衣のシャンドラはハリルの命令には無言で応え、ちらりと馬車の中に目を向ける。
 ファルゼフは顎を引くふりをして頷きを返した。

「御意」 

 兄の指示を確認したシャンドラは馬腹を蹴り、一気に前へ躍り出る。
 シャンドラを含めたバハラームの先発隊は砂埃を上げて、瞬く間に見えなくなった。
 セナの胸に、何やら不穏なものが過ぎる。
 シャンドラは儀式には参加してくれるものの、ハリルたちを信用してくれているわけではないらしい。彼は兄であるファルゼフの指示しか受けないのだと、今のやり取りで察した。
 所属を考えれば当然かもしれないが、それで先発隊との連携は取れるのだろうか。
 ベルーシャ国が攻撃を仕掛けてきたことも気になる。
 不安で表情を曇らせるセナを、ファルゼフは優しく諭した。

「心配には及びません。きっと何かの誤解でしょう。もうすぐリガラ城砦が見えてまいりますよ」
「ええ……そうですね」

 やがて丘に到達した馬車は、現場の確認のため一旦足を止める。
 窓から外の景色をそっと覗けば、荒涼とした大地の向こうに堅牢な城砦がそびえ立っていた。

「あれが、リガラ城砦……」

 周辺には街などはなく、いくつかの丘が隆起しているだけの寂しい土地だ。城砦の遙か遠くに、高い山の稜線が連なっている。国境の向こうは山岳地帯のようだ。おそらく、あの山々が金鉱山なのだろう。
 雲より高い巨人の王がやってきて、金の山を奪っていった……という吟遊詩人の歌を思い出す。
 現在はリガラ城砦付近が国境のはずだが、ベルーシャ軍らしき人影はどこにも見えなかった。先発隊が、豆粒のように小さく見えている。そのあとの中隊は馬車の少し前方にいた。
 セナと共に景色を見渡したファルゼフは、悠々と述べた。

「リガラ城砦の内部は、とても広いのですよ。過去に行われた戦の籠城では三か月もの期間を耐え抜いたそうです。わたくしも図面を見ただけなので、訪問するのは初めてですが。古い城砦ですから拷問部屋なんかもあるそうですよ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...