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出立 3
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妊娠と出産の経験があるので、今さら懐妊指導を行うべきものなのかと首を捻る。それに、神馬の儀とはどんな関連があるというのだろうか。
疑問を述べたセナに、ファルゼフは真摯な双眸を向けてきた。
「もちろんですとも。わたくしが今宵、神の子を授かるための極意を丁寧に教えてさしあげます。セナ様には教師としても、神馬の儀の責任者としても、伺いたいことや、それに伴う指導がたくさんありますからね。心しておいてくださいませ」
「……はい。よろしくお願いします」
どうやら懐妊指導という名のファルゼフの特別講義を受講しなければならないようだ。
厳しそうな講義が予想されるが、良い結果を出すために、真面目に講義を受けなければ。
セナは姿勢を正すと、眼鏡の奥から鋭い眼差しを注ぐファルゼフの双眸を、瞬きもせずに見返した。
広大なトルキア国は砂漠と、荒涼とした大地がどこまでも続いている。昼は灼熱の世界だが、太陽が沈めば気温が下がり、夜は凍えるほど寒くなる。
リガラ城砦のある地域までは七日の行程が必要とされているが、夜が訪れるまでには宿泊地に到着することが予定に組み込まれていた。
街道の拠点となる各地区には、王家の所有する屋敷や砦がある。セナと百人のアルファたちはそこに宿泊しながら、目的地を目指すのだ。
山の稜線に太陽が沈む頃、一日目の宿泊地である小さな街に到着した。
ファルゼフに手を取られながら馬車から降りたセナは、目の前にそびえる屋敷を見て唖然とする。
白亜の宮殿は松明の明かりに照らされて、夕闇の中に荘厳な姿を見せていた。
地方の屋敷と聞いていたので、こぢんまりとした建物かと想像していたのに、王宮の宮殿のひとつと全く変わらない豪奢な造りである。
玄関までの道の両脇にずらりと平伏している召使いたちの間を通りながら、セナは感嘆の息を吐いた。
「すごいお屋敷ですね……。王宮の宮殿みたいです」
「そうでしょうとも。この屋敷を建築したのは、王宮を設計した王宮専属の建築家です。名匠の優れた作品は各地に点在しております」
下馬したハリルは後ろから付いてきて、ファルゼフの説明に補足した。
「目的地のリガラ城砦は古い石造りの建物だけどな。あそこは戦のために造られた要塞だから、こういうきらきらしたもんじゃないぞ。代わりに牢獄や砲台がある」
セナの手を取っているファルゼフは、ちらりと後方のハリルを見やる。
彼は冷静かつ平淡に言い放った。
「ハリル殿。ご存じのとおり、神馬の儀はすでに始まっております。儀式の典範上、帰還まで神の末裔は神の贄に触れることは許されておりません」
「そんなことは知ってる。だから触ってないだろ」
「ですので、セナ様のお世話はわたくしにお任せください。ハリル殿は騎士団員の統括という大事な業務がおありでしょうから、そちらに集中していただきたく存じます」
眉を跳ね上げたハリルは渋々といった体で踵を返した。彼は下馬した騎士団員たちのほうへ向かっていく。馬を厩舎へ入れるために手綱を預かる大勢の召使いたち、それに荷物下ろしも始まり、辺りは賑わっていた。
「さあ、セナ様はこちらへ。長い夜はこれからですから、お食事は特別なメニューを用意させております」
意味深なファルゼフの台詞に目を瞬かせながら、セナは豪奢な屋敷の中に足を踏み入れた。
旅の初日の夜は静かに更けていく。
ひと息ついたセナは、窓辺から夜空の星を見上げた。
風に乗って、賑わう男たちの声が耳に届く。騎士団員たちが酒盛りをしているらしい。残念ながらセナは彼らの食卓に混ざることはできず、豪奢な部屋で召使いに給仕されながら、ぽつんと豪華な料理をいただいた。斜向かいの席にはファルゼフがいて一緒に食べてくれたので、寂しさはなかったけれど。
滋養に効くという数々の凝った料理を食したあとは、広大な浴室で召使いに体を洗われた。用意された特別な寝台に寝そべり、隅々まで綺麗にされたうえ、体に香油や薔薇水を塗り込まれてしまった。
王宮ではセナの肌に召使いが触れないという規約があるので、香油などを召使いの手から直接塗ってもらった経験は初めてだ。
着心地の良いローブを着せられてから提供されたミント水を飲み、ようやく落ち着いたところである。
扉がノックされたので、「どうぞ」と声をかける。
開かれた扉から入室してきたのは、ファルゼフだった。彼はセナと同じローブ姿で、すでに眼鏡を外していた。紫色の髪が濡れているので、湯浴みを済ませたのだろう。
「セナ様、体調はいかがですか? 長い時間を馬車に揺られて、お疲れでしょう」
「全然疲れていませんよ。いつもとは違った経験ばかりで、とても気分が高揚しています」
笑顔を見せれば、ふっと微笑んだファルゼフは音もなく歩み寄る。彼は長い腕を伸ばして、セナの細腰を引き寄せた。
疑問を述べたセナに、ファルゼフは真摯な双眸を向けてきた。
「もちろんですとも。わたくしが今宵、神の子を授かるための極意を丁寧に教えてさしあげます。セナ様には教師としても、神馬の儀の責任者としても、伺いたいことや、それに伴う指導がたくさんありますからね。心しておいてくださいませ」
「……はい。よろしくお願いします」
どうやら懐妊指導という名のファルゼフの特別講義を受講しなければならないようだ。
厳しそうな講義が予想されるが、良い結果を出すために、真面目に講義を受けなければ。
セナは姿勢を正すと、眼鏡の奥から鋭い眼差しを注ぐファルゼフの双眸を、瞬きもせずに見返した。
広大なトルキア国は砂漠と、荒涼とした大地がどこまでも続いている。昼は灼熱の世界だが、太陽が沈めば気温が下がり、夜は凍えるほど寒くなる。
リガラ城砦のある地域までは七日の行程が必要とされているが、夜が訪れるまでには宿泊地に到着することが予定に組み込まれていた。
街道の拠点となる各地区には、王家の所有する屋敷や砦がある。セナと百人のアルファたちはそこに宿泊しながら、目的地を目指すのだ。
山の稜線に太陽が沈む頃、一日目の宿泊地である小さな街に到着した。
ファルゼフに手を取られながら馬車から降りたセナは、目の前にそびえる屋敷を見て唖然とする。
白亜の宮殿は松明の明かりに照らされて、夕闇の中に荘厳な姿を見せていた。
地方の屋敷と聞いていたので、こぢんまりとした建物かと想像していたのに、王宮の宮殿のひとつと全く変わらない豪奢な造りである。
玄関までの道の両脇にずらりと平伏している召使いたちの間を通りながら、セナは感嘆の息を吐いた。
「すごいお屋敷ですね……。王宮の宮殿みたいです」
「そうでしょうとも。この屋敷を建築したのは、王宮を設計した王宮専属の建築家です。名匠の優れた作品は各地に点在しております」
下馬したハリルは後ろから付いてきて、ファルゼフの説明に補足した。
「目的地のリガラ城砦は古い石造りの建物だけどな。あそこは戦のために造られた要塞だから、こういうきらきらしたもんじゃないぞ。代わりに牢獄や砲台がある」
セナの手を取っているファルゼフは、ちらりと後方のハリルを見やる。
彼は冷静かつ平淡に言い放った。
「ハリル殿。ご存じのとおり、神馬の儀はすでに始まっております。儀式の典範上、帰還まで神の末裔は神の贄に触れることは許されておりません」
「そんなことは知ってる。だから触ってないだろ」
「ですので、セナ様のお世話はわたくしにお任せください。ハリル殿は騎士団員の統括という大事な業務がおありでしょうから、そちらに集中していただきたく存じます」
眉を跳ね上げたハリルは渋々といった体で踵を返した。彼は下馬した騎士団員たちのほうへ向かっていく。馬を厩舎へ入れるために手綱を預かる大勢の召使いたち、それに荷物下ろしも始まり、辺りは賑わっていた。
「さあ、セナ様はこちらへ。長い夜はこれからですから、お食事は特別なメニューを用意させております」
意味深なファルゼフの台詞に目を瞬かせながら、セナは豪奢な屋敷の中に足を踏み入れた。
旅の初日の夜は静かに更けていく。
ひと息ついたセナは、窓辺から夜空の星を見上げた。
風に乗って、賑わう男たちの声が耳に届く。騎士団員たちが酒盛りをしているらしい。残念ながらセナは彼らの食卓に混ざることはできず、豪奢な部屋で召使いに給仕されながら、ぽつんと豪華な料理をいただいた。斜向かいの席にはファルゼフがいて一緒に食べてくれたので、寂しさはなかったけれど。
滋養に効くという数々の凝った料理を食したあとは、広大な浴室で召使いに体を洗われた。用意された特別な寝台に寝そべり、隅々まで綺麗にされたうえ、体に香油や薔薇水を塗り込まれてしまった。
王宮ではセナの肌に召使いが触れないという規約があるので、香油などを召使いの手から直接塗ってもらった経験は初めてだ。
着心地の良いローブを着せられてから提供されたミント水を飲み、ようやく落ち着いたところである。
扉がノックされたので、「どうぞ」と声をかける。
開かれた扉から入室してきたのは、ファルゼフだった。彼はセナと同じローブ姿で、すでに眼鏡を外していた。紫色の髪が濡れているので、湯浴みを済ませたのだろう。
「セナ様、体調はいかがですか? 長い時間を馬車に揺られて、お疲れでしょう」
「全然疲れていませんよ。いつもとは違った経験ばかりで、とても気分が高揚しています」
笑顔を見せれば、ふっと微笑んだファルゼフは音もなく歩み寄る。彼は長い腕を伸ばして、セナの細腰を引き寄せた。
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