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勝敗 2
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ハリルも溜息を零しながら、繫いだセナの手の甲にくちづけを落とした。
「さっき言ったのは、もしもの話だ。ま、今回のように一定期間セナを独占するっていうやり方も悪くないな」
ふたりとも本気で喧嘩を繰り広げるわけがないと、セナもわかっている。元の鞘に収まってくれたようで、心から安堵した。
勝負の結果が明らかになり、和やかになりかけた場へ、ファルゼフの冷静な声音が降る。
「そういうわけでして、当初の予定通り、このあとはセナ様に神馬の儀を執り行っていただきます。現状三割程度の発情ですから、儀式を行えば残りの七割を押し上げることが可能でしょう。淫紋もそれに連動して、前回と同程度に動くと予想します」
やはり、神馬の儀を執り行わなければならないようだ。
ファルゼフの意見に、ラシードは深く頷いた。
「うむ。それがよかろう。だが国境付近のリガラ城砦まで赴くには、綿密な準備が必要になる。儀式に参加するアルファたちも厳選した者を同行させなければならない。ベルーシャ国にも念のため、通告するべきだろう」
「それらについてはお任せください。神馬の儀を無事に遂行するべく、わたくしが責任を持って指揮を執らせていただきます。よろしいでしょうか、陛下」
「よかろう。そなたに、神馬の儀における全権を委任する」
「御意にございます」
深く低頭したファルゼフに、ラシードは剣呑な双眸で「ただし」と付け加える。
「もし、セナの身に危害が及ぶような事態があったときは、そなたの一族から王族の資格を剥奪したのち、処刑する。私に傷ついたセナの姿を晒すようなことがあれば、そなたは一族の遺骸を目にすることだろう」
セナは驚いてラシードを見上げた。
儀式が失敗したときは罰を下すということではなく、セナの身に危害が加えられたらファルゼフの一族を処刑するという厳しい内容に身を震わせる。
そんなことにはならないだろうと思うが、それだけ神馬の儀は過酷な儀式なのだろうか。遠方なので国王であるラシードは王宮に残るという条件が、彼の心配を煽っているのかもしれない。
ところがファルゼフは戦慄するどころか、悠々とした笑みを浮かべて、丁重に答えた。
「わたくしの一族の処遇はすべて陛下にお任せいたします。ご心配には及びません。神馬の儀は成功いたします。そして、セナ様は懐妊なさることでしょう」
「そうか。私が指名した宰相を、信頼している」
「一介の学者であったわたくしを宰相に指名してくださった陛下の御恩を忘れることはありません。陛下の期待に、わたくしは必ずやお応えします」
ファルゼフには絶対の自信があるようだ。彼には何か、策でもあるのだろうか。
大丈夫なのかな……
不安を覚えたセナが、ぎゅっとふたりの手を握ると、ふたりとも強く握り返してくれた。
ふたりのためにも、そしてトルキア国の将来のためにも、神馬の儀を成功させなくてはならない。セナはそう、心に刻んだ。
神馬の儀に向けて、着々と準備が進められていった。
リガラ城砦へ辿り着くには、馬車で七日ほどの行程だという。道中は王家の所有する屋敷に宿泊するそうだが、衣装や食糧、馬や水の用意などで、召使いたちは忙しく立ち回っていた。
そしてもっとも重要なのは、同行するアルファたちである。
彼らは神馬の儀に参加する役目はもちろんのこと、セナの護衛も兼ねているので、屈強な者が選別される。その人数は百名だと、セナは聞かされた。
以前行った奉納の儀では、数十人のアルファたちに代わる代わる男根を挿入されて精を注がれたが……まさか百人に抱かれるということだろうか。儀式の詳細を知りたいと願ったが、神の贄となるセナには秘密にしておいたほうがよいとのファルゼフの判断が下されたので、セナ自身はどのような儀式なのかは知らないままだ。
本日は、同行するアルファたちとの面会のために、王宮の謁見の間へと足を運んでいた。
ラシードに手を取られながら、セナは裾の長い純白のローブを翻して廊下を歩く。アルファたちに権威を示すためという理由で、神の贄の衣装を纏い、翡翠の首飾りを身につけていた。
「選び抜いた百名は、主に騎士団に所属するアルファたちだ。七日という行程もそうだが、ベルーシャ国との国境付近に位置するリガラ城砦では何が起こるか計り知れない。戦いに慣れた騎士団員ならば、万が一のことがあってもセナを守ってくれるだろう」
「はい。みなさんとなら顔見知りですし、安心できます」
後ろから付いてくるハリルは、大仰に手を広げた。彼も神の末裔として、本日の謁見に参加する。
「もちろん騎士団長の俺も同行するからな。ラシードは俺たちに任せて、王宮で王の椅子にふんぞり返って待ってろ」
「……そこが心配なところだ。私も同行したいところだが、西区の水路整備が立て込んでいる。会議の予定も連日あるので、二週間以上にわたって王宮を空けるのは難しい」
「ついてこなくていいんだよ。見届ける役目の神の末裔は、ひとりでいいってのが神馬の儀の掟だろ?」
ラシードがリガラ城砦に同行できないためか、ハリルは勝ち誇ったように胸を張る。
謁見の間に到着すると、すでに大神官とファルゼフが待機していた。彼らはすぐさまラシードに頭を下げる。広い部屋の奥には階段が設置され、そこを昇りきると、豪奢な椅子が三脚置かれていた。謁見のために王たちが座る椅子だ。
「さっき言ったのは、もしもの話だ。ま、今回のように一定期間セナを独占するっていうやり方も悪くないな」
ふたりとも本気で喧嘩を繰り広げるわけがないと、セナもわかっている。元の鞘に収まってくれたようで、心から安堵した。
勝負の結果が明らかになり、和やかになりかけた場へ、ファルゼフの冷静な声音が降る。
「そういうわけでして、当初の予定通り、このあとはセナ様に神馬の儀を執り行っていただきます。現状三割程度の発情ですから、儀式を行えば残りの七割を押し上げることが可能でしょう。淫紋もそれに連動して、前回と同程度に動くと予想します」
やはり、神馬の儀を執り行わなければならないようだ。
ファルゼフの意見に、ラシードは深く頷いた。
「うむ。それがよかろう。だが国境付近のリガラ城砦まで赴くには、綿密な準備が必要になる。儀式に参加するアルファたちも厳選した者を同行させなければならない。ベルーシャ国にも念のため、通告するべきだろう」
「それらについてはお任せください。神馬の儀を無事に遂行するべく、わたくしが責任を持って指揮を執らせていただきます。よろしいでしょうか、陛下」
「よかろう。そなたに、神馬の儀における全権を委任する」
「御意にございます」
深く低頭したファルゼフに、ラシードは剣呑な双眸で「ただし」と付け加える。
「もし、セナの身に危害が及ぶような事態があったときは、そなたの一族から王族の資格を剥奪したのち、処刑する。私に傷ついたセナの姿を晒すようなことがあれば、そなたは一族の遺骸を目にすることだろう」
セナは驚いてラシードを見上げた。
儀式が失敗したときは罰を下すということではなく、セナの身に危害が加えられたらファルゼフの一族を処刑するという厳しい内容に身を震わせる。
そんなことにはならないだろうと思うが、それだけ神馬の儀は過酷な儀式なのだろうか。遠方なので国王であるラシードは王宮に残るという条件が、彼の心配を煽っているのかもしれない。
ところがファルゼフは戦慄するどころか、悠々とした笑みを浮かべて、丁重に答えた。
「わたくしの一族の処遇はすべて陛下にお任せいたします。ご心配には及びません。神馬の儀は成功いたします。そして、セナ様は懐妊なさることでしょう」
「そうか。私が指名した宰相を、信頼している」
「一介の学者であったわたくしを宰相に指名してくださった陛下の御恩を忘れることはありません。陛下の期待に、わたくしは必ずやお応えします」
ファルゼフには絶対の自信があるようだ。彼には何か、策でもあるのだろうか。
大丈夫なのかな……
不安を覚えたセナが、ぎゅっとふたりの手を握ると、ふたりとも強く握り返してくれた。
ふたりのためにも、そしてトルキア国の将来のためにも、神馬の儀を成功させなくてはならない。セナはそう、心に刻んだ。
神馬の儀に向けて、着々と準備が進められていった。
リガラ城砦へ辿り着くには、馬車で七日ほどの行程だという。道中は王家の所有する屋敷に宿泊するそうだが、衣装や食糧、馬や水の用意などで、召使いたちは忙しく立ち回っていた。
そしてもっとも重要なのは、同行するアルファたちである。
彼らは神馬の儀に参加する役目はもちろんのこと、セナの護衛も兼ねているので、屈強な者が選別される。その人数は百名だと、セナは聞かされた。
以前行った奉納の儀では、数十人のアルファたちに代わる代わる男根を挿入されて精を注がれたが……まさか百人に抱かれるということだろうか。儀式の詳細を知りたいと願ったが、神の贄となるセナには秘密にしておいたほうがよいとのファルゼフの判断が下されたので、セナ自身はどのような儀式なのかは知らないままだ。
本日は、同行するアルファたちとの面会のために、王宮の謁見の間へと足を運んでいた。
ラシードに手を取られながら、セナは裾の長い純白のローブを翻して廊下を歩く。アルファたちに権威を示すためという理由で、神の贄の衣装を纏い、翡翠の首飾りを身につけていた。
「選び抜いた百名は、主に騎士団に所属するアルファたちだ。七日という行程もそうだが、ベルーシャ国との国境付近に位置するリガラ城砦では何が起こるか計り知れない。戦いに慣れた騎士団員ならば、万が一のことがあってもセナを守ってくれるだろう」
「はい。みなさんとなら顔見知りですし、安心できます」
後ろから付いてくるハリルは、大仰に手を広げた。彼も神の末裔として、本日の謁見に参加する。
「もちろん騎士団長の俺も同行するからな。ラシードは俺たちに任せて、王宮で王の椅子にふんぞり返って待ってろ」
「……そこが心配なところだ。私も同行したいところだが、西区の水路整備が立て込んでいる。会議の予定も連日あるので、二週間以上にわたって王宮を空けるのは難しい」
「ついてこなくていいんだよ。見届ける役目の神の末裔は、ひとりでいいってのが神馬の儀の掟だろ?」
ラシードがリガラ城砦に同行できないためか、ハリルは勝ち誇ったように胸を張る。
謁見の間に到着すると、すでに大神官とファルゼフが待機していた。彼らはすぐさまラシードに頭を下げる。広い部屋の奥には階段が設置され、そこを昇りきると、豪奢な椅子が三脚置かれていた。謁見のために王たちが座る椅子だ。
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