淫神の孕み贄

沖田弥子

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勝敗 1

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 秘密の別荘を訪れてから、ようやく七日を終えた。
 ぐったりとしたセナはもはや意識も朦朧としていたが、最後に結合を解いたハリルが惜しむかのように抱きしめ、額にキスしてくれたことは覚えている。
 強引なハリルだけれど、最初と最後を額へのキスで纏めるなんて律儀だ。
 そうして来たときと同じように馬車に乗せられて王宮へ戻ってきたセナは、医師と神官の診察を受けた。淫紋と発情について調べるためである。
 意識を失いかけていたため、結果についてはわからない。駆けつけたラシードが医師たちと話し合っている声が聞こえた気がする。セナは疲弊した体を休めるため、寝台で眠り続けた。
 ようやく眠りから覚めたとき、召使いの少年の声がどこか遠くで聞こえた。
 すぐに聞き覚えのある足音が鳴り、寝台のカーテンが開けられる。

「セナ、起きたか。体調はどうだ?」

 ぼんやりとしているセナの体を、優しげな笑みを浮かべたラシードが抱え起こしてくれる。まだ眠気が残っているためか、体が怠い。セナは重い瞼を擦り、久しぶりに会うラシードに笑顔を向けた。

「おはようございます、ラシードさま……。体調は……なんともないですけど……少し、怠いかもしれません」
「そうか。無理をしなくとも良い。そなたの体は充分に快楽を感じ、発情の軌道に乗ったのだ」
「え……僕、発情したんですか?」

 経験した二週間はあまりにも濃厚な非日常の世界だったので、どの程度発情したのかを自覚するような暇は全くなかった。
 ただ与えられる快楽を享受し、甘えた嬌声で雄芯をねだっていた気がする。思い返すと羞恥のあまり、顔が赤くなる。
 ラシードは嬉しそうに頷いた。

「うむ。以前より発情の数値が上がり、淫紋が動いたことは間違いない。詳しい結果は、ファルゼフを交えた話し合いで述べられる。それまで体を休めておくがよい」

 終わってみれば夢だったのかと思うような濃密な日々だったが、良い結果を残すことができたらしい。ラシードとハリルの勝負にも決着が付くのだ。
 結果次第では、セナはふたりのうちの、どちらかのものになってしまう。

「そうですか……でも、僕は、おふたりとも愛していますから……結果は……」

 言い終える前に猛烈な眠気に襲われて、ずるずると体が崩れてしまう。ラシードは丁寧にセナの体を寝台に横たえると、枕を宛てがい、ふわりと毛布をかけた。

「そなたが案ずることは何もない。今は安心して休むのだ。次なる儀式のために」

 ラシードの唇が額に落ちかかる。
 その優しいくちづけのあと、セナの意識は深淵に沈んでいった。



 数日後、セナの体調はすっかり回復した。
 たっぷり睡眠を取ったので気分は良く、食事や水分も問題なく摂取できている。 
 ただ体は怠さを残しているが、これは激しい行為のあとに起こる疲れだろうと思われた。
 今日のセナは緊張の面持ちで、寝室の隣にある円形の椅子に腰かけていた。両隣にはもちろん、ラシードとハリルがぴたりと寄り添い、それぞれがセナの両手を握りしめている。

「最後にセナの手を握るという栄誉を与えてやろう。貴様は今日限り、王宮を退去するがよい」
「おいおい、勝手に俺の負けにするなよ。どうせ俺が勝つんだ。セナは俺の屋敷に連れて帰るからな。ラシードは他国の姫でも嫁にもらえばいいだろ」
「その台詞は貴様に返してやろう。今の冒涜はこれまでの働きを認めて、不問にする」

 神の末裔たちの言い争いは二週間前よりさらに過熱している。
 本日は勝負の結果が言い渡される日なので、ラシードとハリルはいつも以上に火花を散らしているのだった。
 双方ともセナをぎゅうぎゅうに抱きしめながら、限りない悪態を吐き続けた。

「王子どもはラシードにくれてやるから文句ないだろ。どっちでもいいから王位を継がせろ。俺とセナはこれから十人は子作りするからな、口出すなよ」
「貴様が勝手に決めるな。我々の子なのだぞ。貴様のような男が父親として相応しいわけがあるまい。そちらこそ口を出すな」

 子どもたちのことにまで話が及んでしまい、セナはふたりを交互に見上げながら困り果てた。まだ結果は何も伝えられていないのだけれど。
 罵り合うふたりを、ファルゼフは正面から冷静な目で見据えていた。
 結果の報告を受けるために集まったのは良いものの、ラシードとハリルは口を開けば相手への牽制や罵倒である。セナを愛してくれているゆえというのはわかっているのだが、すべてファルゼフに聞かれているので少しは遠慮してほしい……
 咳払いをひとつ零したファルゼフは、手にした羊皮紙の束をとんとんと揃えた。

「そろそろ、よろしいでしょうか? 今後のことをどうするかといったご相談は、淫紋と発情についての結果を受けてからでも遅くないと思われますが」

 明らかに呆れられている。
 他者から見れば、痴話喧嘩にしか見えないかもしれない。
 ラシードとハリルは睨み合いをやめて、ファルゼフに向き直った。
 ただし彼らの手は、しっかりとセナの両手にそれぞれ繫がれている。

「報告せよ、ファルゼフ」
「そうだな。はっきりさせてくれ。結果はどうだったんだ?」

 ファルゼフは冷徹な目でセナたちを見据えた。三人は、ごくりと息を呑む。 

「それでは報告させていただきます。結論から申し上げますと、現在の発情の値は二七パーセントです。淫紋の稼働率も三割程度であり、発情と連動しているという見解が、医師と大神官殿の一致した意見でした」

 セナは目を瞬かせる。
 初めに発情は七パーセントだったので、この二週間で二十パーセントは上がったということだ。それは多いかといえば、百パーセントを頂点とすると、微妙な数値にも感じる。

「ええと……つまり?」
「つまり、勝負は引き分けということです。陛下とハリル殿は双方、十パーセントずつの上昇でした。こちらが医師と大神官殿が承認したサイン入りの報告書になります」

 ふたりは受け取った報告書を食い入るように見つめた。
 それぞれ濃厚な一週間を過ごしたけれど、どうやら発情と淫紋の上昇した値は同じだったらしい。
 セナは、ほっと胸を撫で下ろした。
 これで、どちらかひとりのものになるということもない。子どもたちとも離ればなれにならなくて済むのだ。
 神の末裔たちは悔しそうに歯噛みする。

「くそ。引き分けかよ」
「まさか同じ数値とはな……。だが医師と大神官の見解ならば容認せざるを得ないだろう」

 セナは微笑みながらふたりを見上げて、繫いだ手をぎゅっと握りしめた。

「僕は、おふたりとも愛しています。公には言えませんけども、僕たちは家族ですから、みんなで一緒に暮らしたいです。子どもたちとも離れるなんて考えられません」

 ラシードは慈愛に満ちた双眸でセナを見下ろした。ちゅ、と黒髪にくちづける。

「わかっている。そなたに寂しい思いをさせるはずがないであろう」
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