96 / 153
勝敗 1
しおりを挟む
秘密の別荘を訪れてから、ようやく七日を終えた。
ぐったりとしたセナはもはや意識も朦朧としていたが、最後に結合を解いたハリルが惜しむかのように抱きしめ、額にキスしてくれたことは覚えている。
強引なハリルだけれど、最初と最後を額へのキスで纏めるなんて律儀だ。
そうして来たときと同じように馬車に乗せられて王宮へ戻ってきたセナは、医師と神官の診察を受けた。淫紋と発情について調べるためである。
意識を失いかけていたため、結果についてはわからない。駆けつけたラシードが医師たちと話し合っている声が聞こえた気がする。セナは疲弊した体を休めるため、寝台で眠り続けた。
ようやく眠りから覚めたとき、召使いの少年の声がどこか遠くで聞こえた。
すぐに聞き覚えのある足音が鳴り、寝台のカーテンが開けられる。
「セナ、起きたか。体調はどうだ?」
ぼんやりとしているセナの体を、優しげな笑みを浮かべたラシードが抱え起こしてくれる。まだ眠気が残っているためか、体が怠い。セナは重い瞼を擦り、久しぶりに会うラシードに笑顔を向けた。
「おはようございます、ラシードさま……。体調は……なんともないですけど……少し、怠いかもしれません」
「そうか。無理をしなくとも良い。そなたの体は充分に快楽を感じ、発情の軌道に乗ったのだ」
「え……僕、発情したんですか?」
経験した二週間はあまりにも濃厚な非日常の世界だったので、どの程度発情したのかを自覚するような暇は全くなかった。
ただ与えられる快楽を享受し、甘えた嬌声で雄芯をねだっていた気がする。思い返すと羞恥のあまり、顔が赤くなる。
ラシードは嬉しそうに頷いた。
「うむ。以前より発情の数値が上がり、淫紋が動いたことは間違いない。詳しい結果は、ファルゼフを交えた話し合いで述べられる。それまで体を休めておくがよい」
終わってみれば夢だったのかと思うような濃密な日々だったが、良い結果を残すことができたらしい。ラシードとハリルの勝負にも決着が付くのだ。
結果次第では、セナはふたりのうちの、どちらかのものになってしまう。
「そうですか……でも、僕は、おふたりとも愛していますから……結果は……」
言い終える前に猛烈な眠気に襲われて、ずるずると体が崩れてしまう。ラシードは丁寧にセナの体を寝台に横たえると、枕を宛てがい、ふわりと毛布をかけた。
「そなたが案ずることは何もない。今は安心して休むのだ。次なる儀式のために」
ラシードの唇が額に落ちかかる。
その優しいくちづけのあと、セナの意識は深淵に沈んでいった。
数日後、セナの体調はすっかり回復した。
たっぷり睡眠を取ったので気分は良く、食事や水分も問題なく摂取できている。
ただ体は怠さを残しているが、これは激しい行為のあとに起こる疲れだろうと思われた。
今日のセナは緊張の面持ちで、寝室の隣にある円形の椅子に腰かけていた。両隣にはもちろん、ラシードとハリルがぴたりと寄り添い、それぞれがセナの両手を握りしめている。
「最後にセナの手を握るという栄誉を与えてやろう。貴様は今日限り、王宮を退去するがよい」
「おいおい、勝手に俺の負けにするなよ。どうせ俺が勝つんだ。セナは俺の屋敷に連れて帰るからな。ラシードは他国の姫でも嫁にもらえばいいだろ」
「その台詞は貴様に返してやろう。今の冒涜はこれまでの働きを認めて、不問にする」
神の末裔たちの言い争いは二週間前よりさらに過熱している。
本日は勝負の結果が言い渡される日なので、ラシードとハリルはいつも以上に火花を散らしているのだった。
双方ともセナをぎゅうぎゅうに抱きしめながら、限りない悪態を吐き続けた。
「王子どもはラシードにくれてやるから文句ないだろ。どっちでもいいから王位を継がせろ。俺とセナはこれから十人は子作りするからな、口出すなよ」
「貴様が勝手に決めるな。我々の子なのだぞ。貴様のような男が父親として相応しいわけがあるまい。そちらこそ口を出すな」
子どもたちのことにまで話が及んでしまい、セナはふたりを交互に見上げながら困り果てた。まだ結果は何も伝えられていないのだけれど。
罵り合うふたりを、ファルゼフは正面から冷静な目で見据えていた。
結果の報告を受けるために集まったのは良いものの、ラシードとハリルは口を開けば相手への牽制や罵倒である。セナを愛してくれているゆえというのはわかっているのだが、すべてファルゼフに聞かれているので少しは遠慮してほしい……
咳払いをひとつ零したファルゼフは、手にした羊皮紙の束をとんとんと揃えた。
「そろそろ、よろしいでしょうか? 今後のことをどうするかといったご相談は、淫紋と発情についての結果を受けてからでも遅くないと思われますが」
明らかに呆れられている。
他者から見れば、痴話喧嘩にしか見えないかもしれない。
ラシードとハリルは睨み合いをやめて、ファルゼフに向き直った。
ただし彼らの手は、しっかりとセナの両手にそれぞれ繫がれている。
「報告せよ、ファルゼフ」
「そうだな。はっきりさせてくれ。結果はどうだったんだ?」
ファルゼフは冷徹な目でセナたちを見据えた。三人は、ごくりと息を呑む。
「それでは報告させていただきます。結論から申し上げますと、現在の発情の値は二七パーセントです。淫紋の稼働率も三割程度であり、発情と連動しているという見解が、医師と大神官殿の一致した意見でした」
セナは目を瞬かせる。
初めに発情は七パーセントだったので、この二週間で二十パーセントは上がったということだ。それは多いかといえば、百パーセントを頂点とすると、微妙な数値にも感じる。
「ええと……つまり?」
「つまり、勝負は引き分けということです。陛下とハリル殿は双方、十パーセントずつの上昇でした。こちらが医師と大神官殿が承認したサイン入りの報告書になります」
ふたりは受け取った報告書を食い入るように見つめた。
それぞれ濃厚な一週間を過ごしたけれど、どうやら発情と淫紋の上昇した値は同じだったらしい。
セナは、ほっと胸を撫で下ろした。
これで、どちらかひとりのものになるということもない。子どもたちとも離ればなれにならなくて済むのだ。
神の末裔たちは悔しそうに歯噛みする。
「くそ。引き分けかよ」
「まさか同じ数値とはな……。だが医師と大神官の見解ならば容認せざるを得ないだろう」
セナは微笑みながらふたりを見上げて、繫いだ手をぎゅっと握りしめた。
「僕は、おふたりとも愛しています。公には言えませんけども、僕たちは家族ですから、みんなで一緒に暮らしたいです。子どもたちとも離れるなんて考えられません」
ラシードは慈愛に満ちた双眸でセナを見下ろした。ちゅ、と黒髪にくちづける。
「わかっている。そなたに寂しい思いをさせるはずがないであろう」
ぐったりとしたセナはもはや意識も朦朧としていたが、最後に結合を解いたハリルが惜しむかのように抱きしめ、額にキスしてくれたことは覚えている。
強引なハリルだけれど、最初と最後を額へのキスで纏めるなんて律儀だ。
そうして来たときと同じように馬車に乗せられて王宮へ戻ってきたセナは、医師と神官の診察を受けた。淫紋と発情について調べるためである。
意識を失いかけていたため、結果についてはわからない。駆けつけたラシードが医師たちと話し合っている声が聞こえた気がする。セナは疲弊した体を休めるため、寝台で眠り続けた。
ようやく眠りから覚めたとき、召使いの少年の声がどこか遠くで聞こえた。
すぐに聞き覚えのある足音が鳴り、寝台のカーテンが開けられる。
「セナ、起きたか。体調はどうだ?」
ぼんやりとしているセナの体を、優しげな笑みを浮かべたラシードが抱え起こしてくれる。まだ眠気が残っているためか、体が怠い。セナは重い瞼を擦り、久しぶりに会うラシードに笑顔を向けた。
「おはようございます、ラシードさま……。体調は……なんともないですけど……少し、怠いかもしれません」
「そうか。無理をしなくとも良い。そなたの体は充分に快楽を感じ、発情の軌道に乗ったのだ」
「え……僕、発情したんですか?」
経験した二週間はあまりにも濃厚な非日常の世界だったので、どの程度発情したのかを自覚するような暇は全くなかった。
ただ与えられる快楽を享受し、甘えた嬌声で雄芯をねだっていた気がする。思い返すと羞恥のあまり、顔が赤くなる。
ラシードは嬉しそうに頷いた。
「うむ。以前より発情の数値が上がり、淫紋が動いたことは間違いない。詳しい結果は、ファルゼフを交えた話し合いで述べられる。それまで体を休めておくがよい」
終わってみれば夢だったのかと思うような濃密な日々だったが、良い結果を残すことができたらしい。ラシードとハリルの勝負にも決着が付くのだ。
結果次第では、セナはふたりのうちの、どちらかのものになってしまう。
「そうですか……でも、僕は、おふたりとも愛していますから……結果は……」
言い終える前に猛烈な眠気に襲われて、ずるずると体が崩れてしまう。ラシードは丁寧にセナの体を寝台に横たえると、枕を宛てがい、ふわりと毛布をかけた。
「そなたが案ずることは何もない。今は安心して休むのだ。次なる儀式のために」
ラシードの唇が額に落ちかかる。
その優しいくちづけのあと、セナの意識は深淵に沈んでいった。
数日後、セナの体調はすっかり回復した。
たっぷり睡眠を取ったので気分は良く、食事や水分も問題なく摂取できている。
ただ体は怠さを残しているが、これは激しい行為のあとに起こる疲れだろうと思われた。
今日のセナは緊張の面持ちで、寝室の隣にある円形の椅子に腰かけていた。両隣にはもちろん、ラシードとハリルがぴたりと寄り添い、それぞれがセナの両手を握りしめている。
「最後にセナの手を握るという栄誉を与えてやろう。貴様は今日限り、王宮を退去するがよい」
「おいおい、勝手に俺の負けにするなよ。どうせ俺が勝つんだ。セナは俺の屋敷に連れて帰るからな。ラシードは他国の姫でも嫁にもらえばいいだろ」
「その台詞は貴様に返してやろう。今の冒涜はこれまでの働きを認めて、不問にする」
神の末裔たちの言い争いは二週間前よりさらに過熱している。
本日は勝負の結果が言い渡される日なので、ラシードとハリルはいつも以上に火花を散らしているのだった。
双方ともセナをぎゅうぎゅうに抱きしめながら、限りない悪態を吐き続けた。
「王子どもはラシードにくれてやるから文句ないだろ。どっちでもいいから王位を継がせろ。俺とセナはこれから十人は子作りするからな、口出すなよ」
「貴様が勝手に決めるな。我々の子なのだぞ。貴様のような男が父親として相応しいわけがあるまい。そちらこそ口を出すな」
子どもたちのことにまで話が及んでしまい、セナはふたりを交互に見上げながら困り果てた。まだ結果は何も伝えられていないのだけれど。
罵り合うふたりを、ファルゼフは正面から冷静な目で見据えていた。
結果の報告を受けるために集まったのは良いものの、ラシードとハリルは口を開けば相手への牽制や罵倒である。セナを愛してくれているゆえというのはわかっているのだが、すべてファルゼフに聞かれているので少しは遠慮してほしい……
咳払いをひとつ零したファルゼフは、手にした羊皮紙の束をとんとんと揃えた。
「そろそろ、よろしいでしょうか? 今後のことをどうするかといったご相談は、淫紋と発情についての結果を受けてからでも遅くないと思われますが」
明らかに呆れられている。
他者から見れば、痴話喧嘩にしか見えないかもしれない。
ラシードとハリルは睨み合いをやめて、ファルゼフに向き直った。
ただし彼らの手は、しっかりとセナの両手にそれぞれ繫がれている。
「報告せよ、ファルゼフ」
「そうだな。はっきりさせてくれ。結果はどうだったんだ?」
ファルゼフは冷徹な目でセナたちを見据えた。三人は、ごくりと息を呑む。
「それでは報告させていただきます。結論から申し上げますと、現在の発情の値は二七パーセントです。淫紋の稼働率も三割程度であり、発情と連動しているという見解が、医師と大神官殿の一致した意見でした」
セナは目を瞬かせる。
初めに発情は七パーセントだったので、この二週間で二十パーセントは上がったということだ。それは多いかといえば、百パーセントを頂点とすると、微妙な数値にも感じる。
「ええと……つまり?」
「つまり、勝負は引き分けということです。陛下とハリル殿は双方、十パーセントずつの上昇でした。こちらが医師と大神官殿が承認したサイン入りの報告書になります」
ふたりは受け取った報告書を食い入るように見つめた。
それぞれ濃厚な一週間を過ごしたけれど、どうやら発情と淫紋の上昇した値は同じだったらしい。
セナは、ほっと胸を撫で下ろした。
これで、どちらかひとりのものになるということもない。子どもたちとも離ればなれにならなくて済むのだ。
神の末裔たちは悔しそうに歯噛みする。
「くそ。引き分けかよ」
「まさか同じ数値とはな……。だが医師と大神官の見解ならば容認せざるを得ないだろう」
セナは微笑みながらふたりを見上げて、繫いだ手をぎゅっと握りしめた。
「僕は、おふたりとも愛しています。公には言えませんけども、僕たちは家族ですから、みんなで一緒に暮らしたいです。子どもたちとも離れるなんて考えられません」
ラシードは慈愛に満ちた双眸でセナを見下ろした。ちゅ、と黒髪にくちづける。
「わかっている。そなたに寂しい思いをさせるはずがないであろう」
14
お気に入りに追加
1,904
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる