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黄金の羽根 2
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朝食のあと、ラシードの待つ宮殿へ案内される。
今宵、舞踏会が開催される宮殿では、大勢の召使いたちが忙しそうに立ち回っていた。屈強な男たちが大きな椅子のような家具を搬入している。布が被せてあるのでどのような椅子なのかはわからないが、王の腰かける椅子だろうか。セナは廊下から、ちらりとその様子を目にした。
「こちらのお部屋で、王がお待ちでございます」
召使いの手により、重厚な扉が開かれる。
その途端、目に飛び込んだ眩さに、セナは思わず瞼を閉じた。
「セナ、待ち侘びたぞ」
ラシードの弾んだ声音に、おそるおそる目を開ける。
きらきらと煌めく黄金の輝きに、セナは茫然とした。
黄金で作成された精巧な首飾りや腕輪、耳飾りなどの装身具が、いずれも天鵞絨張りの台座に飾られている。それらは部屋を埋め尽くすほど、大量に並べられていた。まるで黄金の海のようだ。
扉まで足を運んだラシードが、呆気に取られているセナの手を掬い上げる。
「ラシードさま……これは?」
「今宵の舞踏会で、セナが身につけるための装身具だ。どれにすればよいか迷っている。すべてを付けてもよいのだぞ」
これらすべてを身につけたら、歩けないと思う……
手を繫いで腰を抱かれながら、整然と並べられた装身具を順に眺める。
どの装身具にも精緻な細工が施されており、金剛石や紅玉などの宝石が付いている。とてつもなく高価な代物ばかりだ。ラシードはこれを贈ってくれるつもりらしい。
「僕には、このような高価な品は必要ありません。ラシードさまのお側にいられるだけで充分なのです」
宝石や黄金なんて、セナには必要なかった。それらはとても貴重で美しいものだけれど、宝飾品を愛でるよりも、大好きなラシードを見つめていたいのだ。
兄さま、昨夜はどうして一緒に寝てくださらなかったのですか……
熱の籠もった翡翠色の瞳をラシードに向ける。セナの唇から、甘えた言葉が滑り落ちそうになったけれど、喉元で飲み込んだ。
室内には複数の召使いが待機している。
お仕着せを纏う品の良い男性は王宮の召使いではなく、おそらく宝飾品を扱っている商人だろう。彼らのいるこの場でラシードに甘えるのは憚られた。
ラシードは精悍な面立ちに艶やかな笑みを浮かべて、セナを愛しげに見やる。
「そなたはなんと高潔なのだ。セナのためならば、私は世界中の宝玉を掻き集めてすべて贈るというのに」
「とんでもありません。僕は身を飾ることに興味がありませんから」
「だが、今宵だけは身につけておいたほうがよいぞ」
「……え?」
セナは小首を傾げた。
身につけておいたほうがいいとは、どういうことだろう。招待者の間で身につけた宝飾を競うだとかいった催しでもあるのだろうか。
ラシードは意味ありげな眼差しを向けている。お仕着せを纏う商人が慇懃な仕草で、黄金の首飾りを広げて見せてくれた。
「永遠なる神の末裔のつがい様。どうぞ、こちらのお品をご覧になってくださいませ。この首飾りの中央を飾りますのは、稀少な大粒の翡翠でございます。もちろん、黄金も最高級の品質のものが使われております」
繊細な黄金が複雑に絡み合う首飾りの中心には、翡翠色の宝石が輝いていた。
ラシードは少年のような無邪気な笑みを浮かべながら、宝石とセナの瞳を交互に見やる。
「セナの瞳と同じ色ではないか。首飾りはそれにしよう」
「御意にございます」
「それから、腕輪と足輪もだ。明かりの下で映えるものがよいな」
「こちらの品はいかがでございましょう。小粒の金剛石でぐるりと飾っておりますので、どの面からも明かりを反射して存分に輝きます」
「付けてみよう。さあ、セナ」
ラシードに導かれ、服を採寸するときと同じ台座の上に立つ。商人から宝飾品を受け取った召使いが、セナの肌に直接触れないよう気をつけながら、選んだ首飾りや腕輪、それに足輪を付けてくれた。
黄金と宝玉は窓から射し込む陽の光に、きらきらと煌めいた。
向かいの椅子に腰を下ろしたラシードは、真剣な双眸で着飾ったセナを眺める。
「ふむ……。セナ、くるりと回ってみよ」
「こうですか?」
台座の上で、くるりと回転してみる。
動いたときの様子が、ラシードは気になるらしい。
「もっと華やかに見えるものがよいな。鎖が揺れるような品はないのか?」
「ございますとも。踊りが映えるように作られた、こちらのお品はいかがでしょう。手首と腰に巻きつける仕様になっておりまして、腕を広げれば羽根のように見えて美しゅうございます」
「それだ! さあ、セナ、付けてみてくれ。これはきっと似合うぞ」
「は、はい……」
ラシードはとても楽しそうに、あれこれと宝飾品を選んではセナに試着させている。
ところがセナの装身具ばかりで、一向にラシードは自分のものを選ぼうとしない。
舞踏会にはラシードも出席するのではないだろうか。
セナは首を捻りながらも、勧められた黄金の鎖を身につけた。
幾重にも連なる黄金の鎖は、腕を上げるとシャラリと鳴り響く。両腕を水平に保てば、黄金の鎖がまるで鳥の羽根のごとく広がった。
煌めく黄金の羽根を目にしたラシードは、双眸を眇める。
「美しい……。だが、ひとつ問題がある」
「なんでしょう? 光る鳥になったようで、とても素敵な品物ですけど」
セナが訊ねると、ラシードは物憂げに首を振った。
「どの黄金や宝玉を身につけようとも、セナの美しさの前には霞んでしまう。永遠なる神の末裔のつがいこそ、至上の宝玉だということだ」
「……」
その価値観はラシード独自のものではないだろうか。
セナが言葉を失っていると、商人は幾度も首肯する。
「ごもっともでございます。宝飾品とはあくまでも、貴人を飾るための脇役でございますから」
「脇役なりの輝きも不可欠であろうな。セナが身につけている品をすべて購入する」
「ありがとうございます。我が王」
礼を述べた商人は低頭した。
こんなに豪奢な装飾品を身につける舞踏会とは、どんなものだろう。
セナは眩い煌めきを放つ黄金の羽根を目にして、今宵の宴に思いを馳せた。
今宵、舞踏会が開催される宮殿では、大勢の召使いたちが忙しそうに立ち回っていた。屈強な男たちが大きな椅子のような家具を搬入している。布が被せてあるのでどのような椅子なのかはわからないが、王の腰かける椅子だろうか。セナは廊下から、ちらりとその様子を目にした。
「こちらのお部屋で、王がお待ちでございます」
召使いの手により、重厚な扉が開かれる。
その途端、目に飛び込んだ眩さに、セナは思わず瞼を閉じた。
「セナ、待ち侘びたぞ」
ラシードの弾んだ声音に、おそるおそる目を開ける。
きらきらと煌めく黄金の輝きに、セナは茫然とした。
黄金で作成された精巧な首飾りや腕輪、耳飾りなどの装身具が、いずれも天鵞絨張りの台座に飾られている。それらは部屋を埋め尽くすほど、大量に並べられていた。まるで黄金の海のようだ。
扉まで足を運んだラシードが、呆気に取られているセナの手を掬い上げる。
「ラシードさま……これは?」
「今宵の舞踏会で、セナが身につけるための装身具だ。どれにすればよいか迷っている。すべてを付けてもよいのだぞ」
これらすべてを身につけたら、歩けないと思う……
手を繫いで腰を抱かれながら、整然と並べられた装身具を順に眺める。
どの装身具にも精緻な細工が施されており、金剛石や紅玉などの宝石が付いている。とてつもなく高価な代物ばかりだ。ラシードはこれを贈ってくれるつもりらしい。
「僕には、このような高価な品は必要ありません。ラシードさまのお側にいられるだけで充分なのです」
宝石や黄金なんて、セナには必要なかった。それらはとても貴重で美しいものだけれど、宝飾品を愛でるよりも、大好きなラシードを見つめていたいのだ。
兄さま、昨夜はどうして一緒に寝てくださらなかったのですか……
熱の籠もった翡翠色の瞳をラシードに向ける。セナの唇から、甘えた言葉が滑り落ちそうになったけれど、喉元で飲み込んだ。
室内には複数の召使いが待機している。
お仕着せを纏う品の良い男性は王宮の召使いではなく、おそらく宝飾品を扱っている商人だろう。彼らのいるこの場でラシードに甘えるのは憚られた。
ラシードは精悍な面立ちに艶やかな笑みを浮かべて、セナを愛しげに見やる。
「そなたはなんと高潔なのだ。セナのためならば、私は世界中の宝玉を掻き集めてすべて贈るというのに」
「とんでもありません。僕は身を飾ることに興味がありませんから」
「だが、今宵だけは身につけておいたほうがよいぞ」
「……え?」
セナは小首を傾げた。
身につけておいたほうがいいとは、どういうことだろう。招待者の間で身につけた宝飾を競うだとかいった催しでもあるのだろうか。
ラシードは意味ありげな眼差しを向けている。お仕着せを纏う商人が慇懃な仕草で、黄金の首飾りを広げて見せてくれた。
「永遠なる神の末裔のつがい様。どうぞ、こちらのお品をご覧になってくださいませ。この首飾りの中央を飾りますのは、稀少な大粒の翡翠でございます。もちろん、黄金も最高級の品質のものが使われております」
繊細な黄金が複雑に絡み合う首飾りの中心には、翡翠色の宝石が輝いていた。
ラシードは少年のような無邪気な笑みを浮かべながら、宝石とセナの瞳を交互に見やる。
「セナの瞳と同じ色ではないか。首飾りはそれにしよう」
「御意にございます」
「それから、腕輪と足輪もだ。明かりの下で映えるものがよいな」
「こちらの品はいかがでございましょう。小粒の金剛石でぐるりと飾っておりますので、どの面からも明かりを反射して存分に輝きます」
「付けてみよう。さあ、セナ」
ラシードに導かれ、服を採寸するときと同じ台座の上に立つ。商人から宝飾品を受け取った召使いが、セナの肌に直接触れないよう気をつけながら、選んだ首飾りや腕輪、それに足輪を付けてくれた。
黄金と宝玉は窓から射し込む陽の光に、きらきらと煌めいた。
向かいの椅子に腰を下ろしたラシードは、真剣な双眸で着飾ったセナを眺める。
「ふむ……。セナ、くるりと回ってみよ」
「こうですか?」
台座の上で、くるりと回転してみる。
動いたときの様子が、ラシードは気になるらしい。
「もっと華やかに見えるものがよいな。鎖が揺れるような品はないのか?」
「ございますとも。踊りが映えるように作られた、こちらのお品はいかがでしょう。手首と腰に巻きつける仕様になっておりまして、腕を広げれば羽根のように見えて美しゅうございます」
「それだ! さあ、セナ、付けてみてくれ。これはきっと似合うぞ」
「は、はい……」
ラシードはとても楽しそうに、あれこれと宝飾品を選んではセナに試着させている。
ところがセナの装身具ばかりで、一向にラシードは自分のものを選ぼうとしない。
舞踏会にはラシードも出席するのではないだろうか。
セナは首を捻りながらも、勧められた黄金の鎖を身につけた。
幾重にも連なる黄金の鎖は、腕を上げるとシャラリと鳴り響く。両腕を水平に保てば、黄金の鎖がまるで鳥の羽根のごとく広がった。
煌めく黄金の羽根を目にしたラシードは、双眸を眇める。
「美しい……。だが、ひとつ問題がある」
「なんでしょう? 光る鳥になったようで、とても素敵な品物ですけど」
セナが訊ねると、ラシードは物憂げに首を振った。
「どの黄金や宝玉を身につけようとも、セナの美しさの前には霞んでしまう。永遠なる神の末裔のつがいこそ、至上の宝玉だということだ」
「……」
その価値観はラシード独自のものではないだろうか。
セナが言葉を失っていると、商人は幾度も首肯する。
「ごもっともでございます。宝飾品とはあくまでも、貴人を飾るための脇役でございますから」
「脇役なりの輝きも不可欠であろうな。セナが身につけている品をすべて購入する」
「ありがとうございます。我が王」
礼を述べた商人は低頭した。
こんなに豪奢な装飾品を身につける舞踏会とは、どんなものだろう。
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