淫神の孕み贄

沖田弥子

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王宮の庭園にて 2

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 ラシードの登場に、王子たちは素早く跪いた。
 ラシードは王子たちの父であるが、とうさまと呼ぶことは許されていない。
 実際には父と子であり、そのことを王子たちは知っているのだけれど、父である前に我らの王であると教育官から教えられているのだ。
 セナもラシードと実質的には夫婦なのだが、王の妃という称号ではなかった。儀式での『神の贄』を経て、『永遠なる神の末裔のつがい』という身分である。それらの称号は王と大神官の承認により決められる、トルキア国の王族独自のものだった。
 ただ、子どもたちは「えーえんにゃるちゅがい」などと発音してしまうので、今のところは「かあさま」と呼ばせることを認めてもらっている。
 一般的な家庭とは異なる形の家族だけれど、それでもセナは充分に幸せだ。淫紋の一族と呼ばれるトルキア王族として生を受けた者の宿命と心に刻んでいる。
 純白のカンドゥーラを颯爽と風になびかせながら、ラシードは王子たちに朗らかな声をかけた。

「礼はよい。今日は王子たちに嬉しい知らせがある」
「なんでしょう、王さま!」

 嬉しい知らせと聞いた王子たちの瞳が、きらきらと輝く。
 ラシードは双眸を細めて、可愛らしい王子たちを見やる。

「本日は宰相のファルゼフが、ふたりに特別講義してくれるそうだ。彼は王立大学院を首席で卒業した秀才ゆえ、知らぬことはない。疑問があればなんでも訊ねるがよい」

 王子たちの顔から笑みが消える。
 最近の王子たちは、勉強の時間にぼんやりとして教師の講義を聞き流しているそうなので、ラシードは特別な講師を用意したようだ。
 ラシードの後ろに控えていた宰相のファルゼフは、眼鏡の奥の理知的な双眸を細める。

「よろしくお願いいたします、王子様がた。わたくしは人に物事を教えることが大好きなのです。聞き逃す暇などありませんから、楽しい勉強の時間を過ごせますよ」

 柔らかい物言いだけれど、言外に威圧を含んでいる気がする。
 マルドゥクの後任として新しく宰相に就任したファルゼフは年若く、ラシードと変わらないほどの年齢である。宰相という権威ある重職には、経験や実績を考慮して選ばれるものだが、前任のマルドゥクが謀反を起こそうとした経緯もあるので、才能や人柄を重視したうえでラシードが彼を指名したのだそうだ。
 セナは挨拶程度しか言葉を交わしたことがないが、ラシードの背後に常に付き従うファルゼフは、慇懃で柔らかい物腰の好青年という印象だ。しかも顔立ちも端正で、頭の良さが滲み出た理知的な空気を纏っている。濃い紫色の髪と瞳が神秘的な雰囲気を醸し出すためか、女性の召使いが一心にファルゼフを見つめるのも無理はない。
 ところが王子たちは唇を尖らせて、ファルゼフから顔を背けた。

「べんきょう、やだなー」
「ファルゼフ、こわい」

 イスカとアルはまったく歯に衣着せず、正直すぎる感想を述べる。
 ラシードの前なので、がんばりますくらい言ってほしいのだが、子どもは親の思うとおりにはいかないものだ。セナが想像しても、ファルゼフの講義は瞬きすら許されないという気がするので、嫌なのはよくわかるのだけれど。

「ふたりとも、がんばってお勉強してください。あとでかあさまと、おやつを食べましょうね」

 やる気を出させるつもりで声をかけたのだけれど、ふたりはセナの足にしがみついてしまった。勉強を拒否するような子どもたちの仕草に、ラシードが厳しい声音を出す。

「セナ、王子たちを甘やかすな。彼らはトルキア国を背負う宿命を持って産まれた。王位を継ぐためには幼い頃より高度な教育を受けさせなくてはならない。いつまでも母に隠れているようではいけない」
「わかっています……でも……」

 ふたりとも、まだ四歳なのだ。甘えたい年頃なのに、毎日のように講義や剣の稽古を詰め込まれて、遊ぶ時間もままならない。もっと自由に遊んだり、甘えさせてあげたりしたいのに。
 せめてもと、セナはふたりの背を優しくさする。
 そこへ、重厚な足取りが庭園へ向かってくるのを耳にする。

「おい、おまえら。さっさと講義を済ませてこい。あとで騎士団長の俺が直々に剣の相手をしてやる」
「ハリルさま!」

 褐色の髪を持ち、目尻の垂れたハリルは鍛錬場から直接やってきたようだ。精悍な顔立ちと逞しい体からは、匂い立つような猛々しい雄を感じさせる。
 彼も王子たちの父である。
 ハリルはラシードの従兄弟であり、『神の末裔』の地位を持つ。儀式で彼らふたりから精を注がれ、セナは孕んだのだ。
 ラシードと同様に、王子たちがハリルを『とうさま』と呼ぶことはない。
 けれど気さくなハリルは、兄のような気軽さで王子たちに接していた。

「俺に勝ったら、伝説の剣を譲ってやるという約束だからな。もっとも、おまえらが俺に勝てるのは百年後だ。つまり永遠に勝てないってことだな」 
「そんなことないもん!」
「そうだよ! 今日はぜったい勝てるもん!」
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