淫神の孕み贄

沖田弥子

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続編「淫蕩なるオメガの神馬」 王宮の庭園にて 1

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 砂漠に囲まれたトルキア国では、イルハーム神の末裔と謳われる神の子が、代々王位に就くという伝統があった。
 それはアルファとオメガの性を持つ兄弟間で、子を孕む儀式を行うということ。
 淫紋の一族の統治のため、そしてトルキア国の平和を守るために、初代国王が取り決めた習わし――
 先代の王とその弟より産まれた神の子セナが儀式を行い、神の末裔たちの子を孕んだ。
 これにより、血族は受け継がれた。
 神の子と認められた双子の王子は元気に成長している。
 そしてまた、トルキア国に波乱の熱砂が吹き荒れる……



 王宮の庭園は眩い緑と明るい歓声に包まれている。
 セナは子どもたちと追いかけっこに興じていた。

「かあさま、こっちだよ!」
「待って、イスカ。アルもそんなに走ったら危ないですよ」
「へいきだよ!」

 きゃあきゃあと楽しげな声を上げて走り回る双子の王子は、黒髪の王子がアルダシール、褐色の髪の王子はイスカンダルと名付けられた。アルとイスカと呼び、愛情を込めて育てている。
 ふたりの王子は淫神の儀式によって産まれた。
 奴隷オメガだったセナは、イルハーム神と同じ淫紋を持っていたがゆえに、王のラシードに召し上げられて儀式を執り行った。宰相マルドゥクの企みで危険な目に遭ったものの、ラシードや騎士団長ハリルの活躍により救われた。実はセナは隠された王の子であり、ラシードとは母親の違う兄弟であったことを聞かされたときには驚いたが、幾多の困難を乗り越えて無事に出産することができた。さらに『永遠なる神の末裔のつがい』という称号をいただき、奴隷制度を廃止するに至った。色々なことがあったけれど、今はこうして愛する子どもたちと神の末裔たちに囲まれて平穏に暮らしている。
 後ろを振り返りながら走っていたアルが、前にいたイスカと勢いよくぶつかってしまう。
 べしゃりと転んだアルに、見守っていた召使いたちは慌てて駆け寄った。
 セナは掌を掲げて彼女たちを制止する。

「ふええ……かあさま……」

 泣き出したアルは転んだ体勢のまま、セナや召使いたちを仰ぐ。
 誰かが起こしてくれることを、彼は期待しているのだ。
 セナはアルの傍に行き、膝を突いた。

「アル。ひとりで起きてみましょう」

 いつでも大勢の召使いに囲まれている王子たちは、すべてを他人にやってもらうことに慣れてしまっている。自分の力でもできるということを、セナは王子たちに教えたかった。
 アルは不満そうに唇を尖らせ、じっと地面を見つめている。
 傍に立っているイスカは、ちらりとセナに目を配った。

「おれが悪いんじゃない。アルがぶつかってきたんだ」

 きっ、とイスカを睨みつけたアルは、すぐさま自力で立ち上がった。彼の瞳には涙が溜まっている。

「ちがうもん! ボクがイスカにぶつかったんだもん!」
「ちがうぞ。アルがおれに……あれ?」

 どう言えばよいのかわからなくなってしまったふたりは互いに首を捻った。まだ四歳なので、うまく言葉で説明できないことも多々ある。
 微笑んだセナは、アルの膝に付いた土を掌で優しく拭う。派手に転んだけれど、擦りむいてはいないようで安心した。
 トルキア国の次期国王となる彼らに傷ひとつでも付けば、すぐさま医師団が呼ばれてしまうので大事になってしまう。

「怪我がなくてよかったですね。はい、ふたりとも、仲直りの握手をしてください」

 アルとイスカの小さな手を取り、触れさせてあげる。ふたりはいつもそうするように、ぎゅっと手を繫いだ。

「わるかったな、アル。わざとぶつかったんじゃないぞ」
「ん。ボクもごめん。前のほう、見てなかった……」

 素直に謝るふたりに、セナの顔が綻ぶ。
 まだまだやんちゃな双子の子どもたちと接するのは大変なこともあるけれど、この時間はセナの幸せなひとときだ。
 召使いたちも、ほっと胸を撫で下ろして笑みを浮かべている。
 けれど一瞬ののち、彼女たちは一斉に膝を突いて頭を垂れた。

「王のお越しにございます」

 声のほうを振り向けば、側近を従えたラシードがこちらに向かってきた。
 漆黒の髪に白のクーフィーヤを被り、そこから覗く端麗な相貌には高貴さが窺える。
 鋭く切れ上がった眦、まっすぐな鼻梁、形の整った唇はどれも冷たい月を思わせる怜悧な美しさだ。射抜くような鋭い漆黒の双眸は砂漠の鷹を思わせるが、彼が心優しく愛情深い王であることをセナは知っている。
 ラシードはトルキア国の王であり、セナの兄だ。そして愛する夫でもある。

「王さま!」
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