淫神の孕み贄

沖田弥子

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囚われの贄 3

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薄暗い牢獄は陰鬱に沈んでいる。マルドゥクが去った後は人の出入りはなく、見張りの兵士が時折様子を見に来るだけだ。
次にセナが牢から出されるのは、殺されるときだろう。
刻一刻と訪れる死を待ちながら、それでもセナは希望を捨てなかった。
争いや殺戮を望むマルドゥクに、この国を明け渡すことはできない。彼が王になれば大きな波乱を呼び、砂漠の地は血に染まってしまうだろう。それはイルハーム神の司る豊穣や繁栄とは縁遠いことだ。
きつく唇を噛みしめていると、見張りの兵士がコップを手にしてやってきた。

「おい、水だ。飲みたいか?」

彼は数時間前、パンを持ってきたときも交渉を持ちかけた。
セナは無言で首を振る。

「やらせてくれれば水を飲ませてやるぞ。ほら」
「……飲まなくていいです」

水の代償として性行為をさせろというのである。ここに来てから何も口にしていないので、空腹で喉は渇ききっていた。
けれど神の末裔たちが抱いた体を、裏切り者の一味に触れさせたくはなかった。
頑ななセナに業を煮やした兵士はコップの水を床にぶちまける。

「優しくしてればつけあがりやがって!」

剣を抜いて格子から突き出される。白刃はセナの衣服を掠めた。狭い牢に逃げ場はない。
身を躱そうとするセナを弄ぶように、刃の先端は少しずつ純白の贄の衣装を切り刻んでいく。兵士の顔に浮かぶ歪んだ嘲笑が恐怖を増幅させた。
はらり、はらりと白い布きれとなった衣装が床に落ちる。ついに肩の衣が剥がれ落ち、セナは一糸纏わぬ裸体となった。

「へえ。本当に淫紋があるんだな。美味そうな体してるじゃないか」

舌舐めずりをした兵士は鍵束から鍵を取り出して、錠を開けた。
剣で脅しながら犯すつもりだ。
力の入らない体を勇気で奮い立たせ、両足に力を込める。
兵士がセナの体に手を伸ばそうとしたとき、地下牢の入口から声がかけられた。

「おい、何をしている。マルドゥク様のご命令だ。贄を牢から出すんだ」

鎧に身を包んだ別の兵士がやってきた。邪魔をされた兵士は舌打ちをして手を引く。
どうやら処刑のときがやってきたようだ。
セナは気丈に背を伸ばして、裸身のまま牢を出た。身につけているのは手錠のみ。
せめてイルハーム神に恥じぬよう、真紅の淫紋を堂々と晒そう。
神の贄としての誇りを最後まで、失わないために。



鎧の兵士に鎖を引かれて階段を上る。辺りは物々しい空気に満ちていた。
城塞の中は大勢の人の気配がある。低い話し声、慌ただしい靴音、武器の擦れる金属音。それらが殺気と興奮に包まれて、さざ波のように押し寄せていた。
広間には滔々と演説する男の声が流れていた。壇上に立って弁舌を振るうのはマルドゥクだ。
彼の一族と思しき男たちが武器を手にして広間に集まり、一心にマルドゥクの熱弁を聴いていた。

「今こそ、我が一族の栄光を取り戻すときが来た。簒奪王は詐欺師であり、略奪者だ。奴の子孫を根絶やしにして、我らの国を復活させるのだ」

賛同の声が次々に上がる。男たちは一様に狂気に彩られた眸をしていた。マルドゥクの思想に支配され、彼に従うことが正義なのだと信じて疑わない盲信さが窺える。
広間の一角には、イルハームの神像が並べられていた。各地に祀られているものを集めてきたらしい。神の石像は神官が祈りを捧げながら彫刻師が造り上げる。街に祀られている巨大なものもあれば、家屋の祭壇に置ける小さなものもあり、誰でも国に申請すれば所有することができる。
すべてのイルハーム神の右手には、真紅の淫紋が刻まれている。マルドゥクは背丈を遙かに超える巨大な像の前に立った。
手にしていた金属の棒を振り上げたマルドゥクは、神像に一撃を叩き込む。
無残な破壊音が広間に轟いた。イルハーム神の右手は亀裂が生じる。幾度も像は叩きつけられて、ついに淫紋ごと神の右手は崩れ落ちる。

「ひどい……」

なんということを。
これまで水に困らず他国にも攻め入られず、平和に暮らしてこられたのはイルハーム神の加護のおかげだ。その恩を忘れて神を穢すなんて、罰が下る。
マルドゥクは同志にむけて声高に訴えた。

「この邪神が簒奪王の背中を押した。我らを虐げた。国を奪った。邪神の子らを殺して、首を晒すのだ!」

雄叫びが広間に轟く。柱の傍で震えていたセナに目を付けたマルドゥクは、神を穢した棒で指し示した。皆の視線が棒の先にあるセナの淫紋に注がれる。

「そやつは簒奪王の血を受け継ぐ淫紋の一族。淫紋を切り裂き、孕んだ子を引きずり出せ。淫紋の一族は滅亡する運命なのだ」

鎧の兵士に引き摺られて壇上へ上がる。人々の憎しみと殺気に満ちた波を裸身に浴びた。マルドゥクの一族にとっては、淫紋こそが憎悪の対象なのだ。殺せ、殺せと合唱が木霊する。セナの唇は恐怖に戦慄き、足は竦んだ。
兵士にきつく肩を押さえられているので、逃げることが叶わない。
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