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淫紋の血族 2
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「トルキア王家の真実……」
題名が気になり、ページを捲る。
内容は、トルキア国や初代国王に対して否定的な見解が述べられていた。
神の子と名乗る男は祈りで水を出現させたが、男は水脈の位置を正確に知っていた。それを利用して神の子を騙り、領主から国を奪ったのである。簒奪王である彼は自らの一族で富を独占するため、淫神の儀式なるものを考案する。イルハーム神の淫紋が刻まれた青年は、彼の弟であった。なぜなら、初代国王にも下腹に同じ淫紋があったのだから。
「えっ!? どういうこと……」
セナは続きを読み進めた。
その事実は当時の侍従が目にしている。産まれた子らを王と神の贄に分けて地位を与え、淫紋を持つ一族が王位を独占する仕組みである。あたかも神の加護を受けたかのように見せかけて臣下や民を欺いているのがトルキア王家なのだ。
だがその企みも、いずれ破綻を迎える。
第二四代国王は神の贄との間に子を成せず、異国の妃を娶った。外の血が入ったため、第二五代国王ラシードの下腹には淫紋がない。それだけ血が薄れたということである。簒奪王の淫紋を持つ血族は近い将来、砂漠から消え失せるであろう。
「簒奪王の淫紋を持つ血族……」
神の贄は偶然淫紋が付いていた者が選ばれるわけではなかった。淫紋は初代国王の血族が有していたものなのだ。
セナは背筋を震わせる。
僕は一体、何者なんだろう。
父の顔は知らない。覚えがあるのは優しい母と、赤子のセナを覗き込む兄の眸だけだ。
もう一度手にした書物を見下ろす。
神の贄のみに現れる紋様だとばかり思っていたが、この書物によれば歴代の王も淫紋があったという。確かに記述のとおり、ラシードにもハリルにも淫紋はない。先代が儀式で子が産まれず、異国の妃を娶ったという点はラシードの打ち明けた話と一致している。
書物にはラシードの名が明確に記載されているが、まだ新しい本なのだろうか。
セナは著者名を確認した。
「マルドゥク・ラフマン」
覚えのある名だ。確か王宮を初めて訪れた日に、ラシードの私室前で待機していた側近が同じ名だった。
「贄さま、わたくしの著書を読んでいただけましたか」
声をかけられて、びくりと身を竦ませる。
記憶の中のマルドゥクが、にこやかな笑みを浮かべて背後に立っていた。側近の証である水色のクーフィーヤを身につけている。いつのまに来ていたのか全く気がつかなかった。
「あ……マルドゥクさん。すみません。勝手に読んでしまって」
「良いのですよ。読んでいただくために書いたのですから。ただ内容が突出していますから、王の目に触れてお怒りを買ったことがありましてね。以来、棚の後ろに置いているのですよ。いかがでしたかな。感想をお聞かせいただければ幸いです」
感想と言われても、セナにとっては己の出生に関わる衝撃的な内容を含んでいたので気軽に答えられない。
「……とても、興味深い内容でした」
「そうでしょうとも。ただ、本に記載していない淫神の儀式に纏わる事柄があります。それを知りたいからこそ、贄さまはここを訪れたのではありませんか?」
なんだろう。考えることが多すぎて咄嗟に分からず、セナは眸を瞬かせた。
マルドゥクは同情を込めてセナを見返した。
「神の贄が処刑を免れる方法でしょう?」
処刑と聞いて驚きに眸を見開く。儀式が終われば王宮にいられないとは思ったが、処刑されるなんて想像もしなかった。
「処刑!? まさか、そんな」
「おや……ご存じない? 王は何も仰らなかったのですね。儀式が終わり、子を産んでしまえば、神の贄は例外なく処刑される掟なのです」
予想もしなかったことを聞かされて茫然とする。なぜ処刑されなければならないのだろう。ラシードは殺したりしないと始めに言っていたのに。
マルドゥクは、私が話したということは王には秘密ですと前置きして語り出した。
「トルキア国の初代国王は弟を神の贄に定めました。それは一族の繁栄のためですが、同時に争いを生む結果になったのです。神の子を産んだ弟が王のように振る舞いだしたからです。国王は弟を処刑し、以後、神の贄は子を産んだのち処刑する掟が定められました」
「……でも、イルハーム神は争いを好みません。神の加護を受けたのに処刑するだなんて考えられない」
「哀しいことです。しかしそれが初代国王の定めた掟です。先代の贄は子を孕みませんでしたから、それはもうひどい処刑でしたよ。私は役目で見届けましたが、懐妊していないと医師が告げるや否や引っ立てられ、両手両足を切断されて首を吊らされました」
セナの唇が恐怖に戦慄く。とても聞くに堪えない、ひどい話だ。
ということは、セナも同じ運命を辿ることになる。
子を孕まなければ即刻処刑され、孕んでいれば産んだのちに処刑される。どちらにしろ殺される。
題名が気になり、ページを捲る。
内容は、トルキア国や初代国王に対して否定的な見解が述べられていた。
神の子と名乗る男は祈りで水を出現させたが、男は水脈の位置を正確に知っていた。それを利用して神の子を騙り、領主から国を奪ったのである。簒奪王である彼は自らの一族で富を独占するため、淫神の儀式なるものを考案する。イルハーム神の淫紋が刻まれた青年は、彼の弟であった。なぜなら、初代国王にも下腹に同じ淫紋があったのだから。
「えっ!? どういうこと……」
セナは続きを読み進めた。
その事実は当時の侍従が目にしている。産まれた子らを王と神の贄に分けて地位を与え、淫紋を持つ一族が王位を独占する仕組みである。あたかも神の加護を受けたかのように見せかけて臣下や民を欺いているのがトルキア王家なのだ。
だがその企みも、いずれ破綻を迎える。
第二四代国王は神の贄との間に子を成せず、異国の妃を娶った。外の血が入ったため、第二五代国王ラシードの下腹には淫紋がない。それだけ血が薄れたということである。簒奪王の淫紋を持つ血族は近い将来、砂漠から消え失せるであろう。
「簒奪王の淫紋を持つ血族……」
神の贄は偶然淫紋が付いていた者が選ばれるわけではなかった。淫紋は初代国王の血族が有していたものなのだ。
セナは背筋を震わせる。
僕は一体、何者なんだろう。
父の顔は知らない。覚えがあるのは優しい母と、赤子のセナを覗き込む兄の眸だけだ。
もう一度手にした書物を見下ろす。
神の贄のみに現れる紋様だとばかり思っていたが、この書物によれば歴代の王も淫紋があったという。確かに記述のとおり、ラシードにもハリルにも淫紋はない。先代が儀式で子が産まれず、異国の妃を娶ったという点はラシードの打ち明けた話と一致している。
書物にはラシードの名が明確に記載されているが、まだ新しい本なのだろうか。
セナは著者名を確認した。
「マルドゥク・ラフマン」
覚えのある名だ。確か王宮を初めて訪れた日に、ラシードの私室前で待機していた側近が同じ名だった。
「贄さま、わたくしの著書を読んでいただけましたか」
声をかけられて、びくりと身を竦ませる。
記憶の中のマルドゥクが、にこやかな笑みを浮かべて背後に立っていた。側近の証である水色のクーフィーヤを身につけている。いつのまに来ていたのか全く気がつかなかった。
「あ……マルドゥクさん。すみません。勝手に読んでしまって」
「良いのですよ。読んでいただくために書いたのですから。ただ内容が突出していますから、王の目に触れてお怒りを買ったことがありましてね。以来、棚の後ろに置いているのですよ。いかがでしたかな。感想をお聞かせいただければ幸いです」
感想と言われても、セナにとっては己の出生に関わる衝撃的な内容を含んでいたので気軽に答えられない。
「……とても、興味深い内容でした」
「そうでしょうとも。ただ、本に記載していない淫神の儀式に纏わる事柄があります。それを知りたいからこそ、贄さまはここを訪れたのではありませんか?」
なんだろう。考えることが多すぎて咄嗟に分からず、セナは眸を瞬かせた。
マルドゥクは同情を込めてセナを見返した。
「神の贄が処刑を免れる方法でしょう?」
処刑と聞いて驚きに眸を見開く。儀式が終われば王宮にいられないとは思ったが、処刑されるなんて想像もしなかった。
「処刑!? まさか、そんな」
「おや……ご存じない? 王は何も仰らなかったのですね。儀式が終わり、子を産んでしまえば、神の贄は例外なく処刑される掟なのです」
予想もしなかったことを聞かされて茫然とする。なぜ処刑されなければならないのだろう。ラシードは殺したりしないと始めに言っていたのに。
マルドゥクは、私が話したということは王には秘密ですと前置きして語り出した。
「トルキア国の初代国王は弟を神の贄に定めました。それは一族の繁栄のためですが、同時に争いを生む結果になったのです。神の子を産んだ弟が王のように振る舞いだしたからです。国王は弟を処刑し、以後、神の贄は子を産んだのち処刑する掟が定められました」
「……でも、イルハーム神は争いを好みません。神の加護を受けたのに処刑するだなんて考えられない」
「哀しいことです。しかしそれが初代国王の定めた掟です。先代の贄は子を孕みませんでしたから、それはもうひどい処刑でしたよ。私は役目で見届けましたが、懐妊していないと医師が告げるや否や引っ立てられ、両手両足を切断されて首を吊らされました」
セナの唇が恐怖に戦慄く。とても聞くに堪えない、ひどい話だ。
ということは、セナも同じ運命を辿ることになる。
子を孕まなければ即刻処刑され、孕んでいれば産んだのちに処刑される。どちらにしろ殺される。
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