淫神の孕み贄

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
30 / 153

淫蕩な水際 1

しおりを挟む
リヤドへ戻ると、テラスでお茶をしたいと願い出た。室内にいれば高鳴る熱を持て余してしまいそうなので、風に当たりたかったからだ。
ガゼボのソファはゆったりとしていて、体を休めながらプールの水面を眺めていると心が落ち着く。吹き抜けていく風に頬を撫でられながら嗜むお茶も香りが高く、優しく鼻孔をくすぐる。
蒼穹の空に筆で刷いたような白練の雲を見上げていると、階段を上る靴音が耳に届いた。
重量感のある音なので召使いではない。

「よう」

にやりと口端に笑みを刻んでいるハリルは鍛錬を行っていたときに装着していた鎧は既に脱いでいた。水浴びして汗を流してきたらしく、髪から水滴を滴らせている。腰布のみを腰に巻き、足は脛まで隠れているが上半身は裸だ。雫を纏う逞しい褐色の肌を陽の光が煌めかせている。

「こんにちは、ハリルさま」

瑞々しい雄の色香を目の当たりにして、どきりと鼓動が跳ねてしまう。目を逸らしながら挨拶すると、ハリルは片眉を跳ね上げた。

「鍛錬を見てただろう。惚れ直したか?」
「ほ、惚れ……始めから惚れてなんかいませんから!」

槍を振るう姿は初めて見る勇猛さで、確かに格好良いと思ってしまったけれど。
いつでも自信に満ち溢れたハリルの小憎らしさには素直に頷けないのだ。

「よく言う。夜はあんあん言いながら、おねだりするくせにな」

無遠慮に晒されて、羞恥に塗れたセナは顔を両手で覆う。
夜は儀式のため、ハリルに毎晩抱かれている。行為の始めは自我を保っているのだが、彼に貫かれて激しく揺さぶられると、わけがわからなくなってしまうのだ。

「……ハリルさまのそういうところ、嫌いです」

唇を尖らせて顔を背ける。セナの傍らに立っていたハリルは、つと腕組みをして水面を眺めた。

「嫌いか。おまえに言われると堪えるな。始めの出会いが、まずかったよな」

食堂で初めて出会ったとき、セナを呼び止めたハリルは残り物を床に落として、食えと命令したのだった。彼は傲慢なので、常に自分の領域に相手を引き込もうとする。だからこそハリルが悔恨めいたことを口にするのを意外に思った。

「あれを根に持ってるんだろ?」
「そんなことありません。実は、あの野菜は、あの日の僕の唯一の食事だったんです。だから感謝しています」

確かに情けなさや惨めさは感じたが、ハリルが貴重な食べ物を与えてくれたことに変わりはない。根に持っているなんて、恨むような気持ちは微塵もなかった。
ハリルは訝るような半眼をむけてきた。けれど口元は綻んでいる。

「そうか? そのわりには、おまえからの好意を感じないな」
「好意といいますと……」

感謝することと好意は別物ではないだろうか。セナが瞬いていると、ハリルはするりと足下に跪いた。彼の喉元を風に揺れるローブの裾がくすぐる。真摯な双眸で見上げられ、鼓動がとくりと甘く刻む。

「俺はもっと、おまえから好かれたい。だからこれで犬食いの一件は水に流せよ」

セナの細い足首を持ち上げられる。繊細な模様で編まれたサンダルを脱がせると、足の甲をひと撫でされた。
優しい刺激に、ぴくりと肩が跳ねてしまう。
好かれたいなんて、どうして……。
神の末裔と贄の間には好意など介在する必要はないはずなのに、なぜハリルはそんなことを言うのだろう。
けれど疑問は足先に生じた快楽に封じられる。

「ひゃ……! あっ、ハリルさま、そんなこと……」

片手で踵を支えたハリルの舌が、ねっとりと足の指を舐めていく。
親指を口に含み、まるで花芯にそうするように唇で扱く。足の指を舐められたことはない。そこを舐めるものだとも思わなかった。神の末裔であるハリルがそのような不浄ともいえることをするなんて。

「や、やめてください。汚いです……」

ハリルの意図することに気づき、はっとする。
彼は床に落とした食べ物を、セナに這わせて舐めさせた。つまり同じことをするから許せという意味なのだ。
根に持っていないと言ったのに。
やめさせようとして足を引こうとするが、強い力で踵を掴まれ叶わない。ハリルは挑むような上目でセナを見ると、指の股を尖った舌先で突く。

「ふぁ……っ!? あっ、だめ、それ、だめです」

そこは自分でも触れないような場所なのだが、舌で舐られると強烈な快感が背筋を駆け抜けた。途端に体を硬直させて、背を撓らせる。

「そうか。だめか」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...