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淫蕩な水際 1
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リヤドへ戻ると、テラスでお茶をしたいと願い出た。室内にいれば高鳴る熱を持て余してしまいそうなので、風に当たりたかったからだ。
ガゼボのソファはゆったりとしていて、体を休めながらプールの水面を眺めていると心が落ち着く。吹き抜けていく風に頬を撫でられながら嗜むお茶も香りが高く、優しく鼻孔をくすぐる。
蒼穹の空に筆で刷いたような白練の雲を見上げていると、階段を上る靴音が耳に届いた。
重量感のある音なので召使いではない。
「よう」
にやりと口端に笑みを刻んでいるハリルは鍛錬を行っていたときに装着していた鎧は既に脱いでいた。水浴びして汗を流してきたらしく、髪から水滴を滴らせている。腰布のみを腰に巻き、足は脛まで隠れているが上半身は裸だ。雫を纏う逞しい褐色の肌を陽の光が煌めかせている。
「こんにちは、ハリルさま」
瑞々しい雄の色香を目の当たりにして、どきりと鼓動が跳ねてしまう。目を逸らしながら挨拶すると、ハリルは片眉を跳ね上げた。
「鍛錬を見てただろう。惚れ直したか?」
「ほ、惚れ……始めから惚れてなんかいませんから!」
槍を振るう姿は初めて見る勇猛さで、確かに格好良いと思ってしまったけれど。
いつでも自信に満ち溢れたハリルの小憎らしさには素直に頷けないのだ。
「よく言う。夜はあんあん言いながら、おねだりするくせにな」
無遠慮に晒されて、羞恥に塗れたセナは顔を両手で覆う。
夜は儀式のため、ハリルに毎晩抱かれている。行為の始めは自我を保っているのだが、彼に貫かれて激しく揺さぶられると、わけがわからなくなってしまうのだ。
「……ハリルさまのそういうところ、嫌いです」
唇を尖らせて顔を背ける。セナの傍らに立っていたハリルは、つと腕組みをして水面を眺めた。
「嫌いか。おまえに言われると堪えるな。始めの出会いが、まずかったよな」
食堂で初めて出会ったとき、セナを呼び止めたハリルは残り物を床に落として、食えと命令したのだった。彼は傲慢なので、常に自分の領域に相手を引き込もうとする。だからこそハリルが悔恨めいたことを口にするのを意外に思った。
「あれを根に持ってるんだろ?」
「そんなことありません。実は、あの野菜は、あの日の僕の唯一の食事だったんです。だから感謝しています」
確かに情けなさや惨めさは感じたが、ハリルが貴重な食べ物を与えてくれたことに変わりはない。根に持っているなんて、恨むような気持ちは微塵もなかった。
ハリルは訝るような半眼をむけてきた。けれど口元は綻んでいる。
「そうか? そのわりには、おまえからの好意を感じないな」
「好意といいますと……」
感謝することと好意は別物ではないだろうか。セナが瞬いていると、ハリルはするりと足下に跪いた。彼の喉元を風に揺れるローブの裾がくすぐる。真摯な双眸で見上げられ、鼓動がとくりと甘く刻む。
「俺はもっと、おまえから好かれたい。だからこれで犬食いの一件は水に流せよ」
セナの細い足首を持ち上げられる。繊細な模様で編まれたサンダルを脱がせると、足の甲をひと撫でされた。
優しい刺激に、ぴくりと肩が跳ねてしまう。
好かれたいなんて、どうして……。
神の末裔と贄の間には好意など介在する必要はないはずなのに、なぜハリルはそんなことを言うのだろう。
けれど疑問は足先に生じた快楽に封じられる。
「ひゃ……! あっ、ハリルさま、そんなこと……」
片手で踵を支えたハリルの舌が、ねっとりと足の指を舐めていく。
親指を口に含み、まるで花芯にそうするように唇で扱く。足の指を舐められたことはない。そこを舐めるものだとも思わなかった。神の末裔であるハリルがそのような不浄ともいえることをするなんて。
「や、やめてください。汚いです……」
ハリルの意図することに気づき、はっとする。
彼は床に落とした食べ物を、セナに這わせて舐めさせた。つまり同じことをするから許せという意味なのだ。
根に持っていないと言ったのに。
やめさせようとして足を引こうとするが、強い力で踵を掴まれ叶わない。ハリルは挑むような上目でセナを見ると、指の股を尖った舌先で突く。
「ふぁ……っ!? あっ、だめ、それ、だめです」
そこは自分でも触れないような場所なのだが、舌で舐られると強烈な快感が背筋を駆け抜けた。途端に体を硬直させて、背を撓らせる。
「そうか。だめか」
ガゼボのソファはゆったりとしていて、体を休めながらプールの水面を眺めていると心が落ち着く。吹き抜けていく風に頬を撫でられながら嗜むお茶も香りが高く、優しく鼻孔をくすぐる。
蒼穹の空に筆で刷いたような白練の雲を見上げていると、階段を上る靴音が耳に届いた。
重量感のある音なので召使いではない。
「よう」
にやりと口端に笑みを刻んでいるハリルは鍛錬を行っていたときに装着していた鎧は既に脱いでいた。水浴びして汗を流してきたらしく、髪から水滴を滴らせている。腰布のみを腰に巻き、足は脛まで隠れているが上半身は裸だ。雫を纏う逞しい褐色の肌を陽の光が煌めかせている。
「こんにちは、ハリルさま」
瑞々しい雄の色香を目の当たりにして、どきりと鼓動が跳ねてしまう。目を逸らしながら挨拶すると、ハリルは片眉を跳ね上げた。
「鍛錬を見てただろう。惚れ直したか?」
「ほ、惚れ……始めから惚れてなんかいませんから!」
槍を振るう姿は初めて見る勇猛さで、確かに格好良いと思ってしまったけれど。
いつでも自信に満ち溢れたハリルの小憎らしさには素直に頷けないのだ。
「よく言う。夜はあんあん言いながら、おねだりするくせにな」
無遠慮に晒されて、羞恥に塗れたセナは顔を両手で覆う。
夜は儀式のため、ハリルに毎晩抱かれている。行為の始めは自我を保っているのだが、彼に貫かれて激しく揺さぶられると、わけがわからなくなってしまうのだ。
「……ハリルさまのそういうところ、嫌いです」
唇を尖らせて顔を背ける。セナの傍らに立っていたハリルは、つと腕組みをして水面を眺めた。
「嫌いか。おまえに言われると堪えるな。始めの出会いが、まずかったよな」
食堂で初めて出会ったとき、セナを呼び止めたハリルは残り物を床に落として、食えと命令したのだった。彼は傲慢なので、常に自分の領域に相手を引き込もうとする。だからこそハリルが悔恨めいたことを口にするのを意外に思った。
「あれを根に持ってるんだろ?」
「そんなことありません。実は、あの野菜は、あの日の僕の唯一の食事だったんです。だから感謝しています」
確かに情けなさや惨めさは感じたが、ハリルが貴重な食べ物を与えてくれたことに変わりはない。根に持っているなんて、恨むような気持ちは微塵もなかった。
ハリルは訝るような半眼をむけてきた。けれど口元は綻んでいる。
「そうか? そのわりには、おまえからの好意を感じないな」
「好意といいますと……」
感謝することと好意は別物ではないだろうか。セナが瞬いていると、ハリルはするりと足下に跪いた。彼の喉元を風に揺れるローブの裾がくすぐる。真摯な双眸で見上げられ、鼓動がとくりと甘く刻む。
「俺はもっと、おまえから好かれたい。だからこれで犬食いの一件は水に流せよ」
セナの細い足首を持ち上げられる。繊細な模様で編まれたサンダルを脱がせると、足の甲をひと撫でされた。
優しい刺激に、ぴくりと肩が跳ねてしまう。
好かれたいなんて、どうして……。
神の末裔と贄の間には好意など介在する必要はないはずなのに、なぜハリルはそんなことを言うのだろう。
けれど疑問は足先に生じた快楽に封じられる。
「ひゃ……! あっ、ハリルさま、そんなこと……」
片手で踵を支えたハリルの舌が、ねっとりと足の指を舐めていく。
親指を口に含み、まるで花芯にそうするように唇で扱く。足の指を舐められたことはない。そこを舐めるものだとも思わなかった。神の末裔であるハリルがそのような不浄ともいえることをするなんて。
「や、やめてください。汚いです……」
ハリルの意図することに気づき、はっとする。
彼は床に落とした食べ物を、セナに這わせて舐めさせた。つまり同じことをするから許せという意味なのだ。
根に持っていないと言ったのに。
やめさせようとして足を引こうとするが、強い力で踵を掴まれ叶わない。ハリルは挑むような上目でセナを見ると、指の股を尖った舌先で突く。
「ふぁ……っ!? あっ、だめ、それ、だめです」
そこは自分でも触れないような場所なのだが、舌で舐られると強烈な快感が背筋を駆け抜けた。途端に体を硬直させて、背を撓らせる。
「そうか。だめか」
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