淫神の孕み贄

沖田弥子

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騎士団の訓練 2

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「腕が下がっているぞ! もっと気合いを入れろ!」

兵士たちに渇を入れる上官の声は、もはや耳に馴染んでいる。騎士団長のハリルだ。軍の頂点に立つ人物に相応しい鋭い双眸は、閨の中で見せる甘さを含んだものとは異なっていた。

「昼の顔は別人なんだな……」

セナは感嘆めいた息を吐いた。
兵士たちはハリルの怒号に、気合いの入った声で返している。よく見れば、兵士たちの中には見知った顔があった。
奉納の儀でセナに快楽を捧げたアルファたちだ。どうやら騎士団の中から選抜されていたらしい。儀式のことを思い返せば、自然と頬が朱に染まる。
ハリルは天幕に腰を下ろしている部下を横目で見た。

「貴様はいつまで休んでいるつもりだ。副団長として皆に示しがつかないだろう」

兵士たちに鍛錬をさせて悠々と休憩していた男は、奉納の儀でセナを一番に犯した副団長だ。上官であるハリルよりも年長で、騎士団の中では古参らしい。
けれど副団長なのであくまでもハリルの部下である。副団長は飛び起きるようにして席を立つ。

「はっ! ハリル様の仰るとおりでございます。しかし本日は腰の具合が優れないようでして……奉納の儀で頑張りすぎてしまったようです。いやはや、若い者には敵いませんなぁ」

奉納の儀を引き合いに出されて、セナは壁際で見学しながらも居たたまれず身を隠す。恥ずかしくて仕方ないので蒸し返さないでほしい。
ハリルは平静に副団長へむけて槍を放り投げた。心得たように青銅製の槍は副団長の腕に収まる。

「昨日は頭痛だったな。年長者の技巧を若い者に示してから好きなだけ休め」

自身も槍を手にしたハリルは鍛錬場の中央へ歩み出る。低い石垣で囲われた正方形の場所は、勝負を行うための闘技場のようだ。

「心得ました、ハリル様。若い者に見本をお見せ致しましょう」

意気揚々と進み出た副団長とハリルの勝負を見ようと、兵士たちは闘技場を取り囲む。槍は背丈を遙かに超える長さだ。きっと重量もかなりのものだろうが、ハリルは木の棒を持つかのように軽く身構えた。副団長も活を入れると両手で槍を構える。
間に立った審判らしき兵士が手を掲げる。踏み込んだハリルは穂先を繰り出し、先制攻撃を仕掛けた。副団長は斬撃を躱そうとして右に回り込む。
槍は長いので剣とは異なり、相手の間合いに入ることが容易いが、重量があるので機敏さには欠ける。操る腕力がなければ、ひと突きすらできないだろう。ハリルや副団長のように大柄で膂力のある男が得意とする武器だ。
穂先を交わしての様子見が続く。互いに必殺の一撃を繰り出す隙を窺っているのだ。
ハリルが大きく踏み出した。猛進する斬撃は空を切り裂く。
脇腹を掠めて飛び退いた副団長は素早く体勢を立て直して、反撃に出た。ハリルにむけて渾身の一撃を叩きつける。
だが槍が突き出された地点には既にハリルの残像しかなかった。

「遅いぞ!」

華麗に躱して身を屈めたハリルの豪腕が、両手槍を左右に大きく薙ぎ払う。
咄嗟に避けようと飛んだ副団長だったが間に合わず、槍に払われて無様に転んでしまった。喉元に穂先をぴたりと付けられ、審判がハリルに向かって高々と手を挙げる。この勝負はハリルが制したようだ。

「休憩ばかりしているとこうなる。皆は副団長を教訓にして鍛錬に励めよ」

騎士団長のありがたい訓示に、兵士たちが「はっ」と返事をする声が鍛錬場に轟く。副団長は埃に塗れた体を起こすと、豪快に笑った。

「完敗でございます。私も少しは鍛錬に励まないといけませんな。まだまだ若い者には負けられません」

楽しそうに笑う副団長は騎士団を明るくしてくれる存在のようだ。兵士たちは副団長の両脇を抱えて立ち上がらせようとしていた。「年寄り扱いか」と文句を言う副団長はとても嬉しそうだ。
勝負を見学していたセナの口元に微笑が浮かぶ。
ふいにアーチのむこうから、息を切らせた召使いが駆けてきた。セナの身の回りのことをしてくれる傍仕えの青年だ。

「贄さま、ここにいらっしゃいましたか。お捜ししました。このようなところに立っていてはお体に障ります。すぐにリヤドに戻ってお休みになってください」
「あ……」

鍛錬場に眸を巡らすと、召使いの声でこちらに気づいたハリルと目が合う。
こっそり見ていたことを知られてしまった。
気まずく俯くセナに、ハリルは片眼を瞑って軽く手を挙げていた。

「すぐに戻りますから」
「お伴いたします。おみ足は痛くありませんか? お手を取らせていただくことをお許しください」

ハリルと少し話したいと思ったが、召使いに手を取られて鍛錬場から連れ出されてしまう。元より騎士団は鍛錬の最中なので邪魔してはいけないのだ。セナは鍛錬場に背を向けて、大人しくアーチをくぐる。
閨ではいつも強引に抱かれるので苦手だと思っていたが、ハリルの騎士団長らしい雄々しくも頼もしい面を垣間見たセナの胸は甘く高鳴っていた。
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