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第二章 ムゾウ
ククルへの質問
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でも、大切なこととは、いったい何だろう。
口端を吊り上げた圭史郎さんは、したり顔で発した。
「凜子の正体は、男だな」
「それ、ぼくも予想しましたよ。男性だから、『綾小路輝彦』の想いには応えられないというわけですよね。でもこれまで凜子さんからいただいた手紙を読み返すと、彼女が性別を偽っているようには見えないんですよね……。思いやりがあって親切ですし、女友達のことなんかも書いてあるし、それに恋人にフラれた昔の話とか、すごくリアルなんですよ」
「そう思い込まされているだけだ。おまえだって、性別どころかすべてを偽ってるわけだろ」
「ぼくが偽っているのは本当に申し訳ないと思ってますけどね。でも自分が偽っているからこそ、凜子さんの手紙が嘘かどうか敏感に察知できるんですよ。凜子さんは本人の言うとおり、二五歳の女性ですよ」
自信を持って告げるムゾウを、圭史郎さんは半眼で見据える。彼はちらりと隣のククルに目を向けた。
「ククルが手紙を届けているんだから、こいつは凜子本人に会っているわけだよな?」
「そうですね。ただ、ククルは言葉を喋れないのです。だから八咫烏のグループに入れず、ひとりぼっちだったのでしょう。ククルという名前も、知り合ってからぼくがつけてあげました」
「ポー……」
ククルは寂しげに鳴いた。鳩と八咫烏の混血のためか、どちらにも仲間入りできなかったのだろう。孤独だったククルは親切にしてくれたムゾウに尽くしているのだ。
圭史郎さんは私のポケットを無造作に探ると、おはじきを取り出した。
「口はきけなくても確かめる方法がある。いいか、ククル。ここにふたつのおはじきがある。凜子が女なら赤、男なら青のおはじきを取れ」
ククルの前に、ふたつのおはじきが置かれた。息を呑んだムゾウは止めようとしたが、ククルは素早く赤のおはじきを嘴に咥える。
あまりの速さに、私たちは目を見開いた。
「えっ……凜子さんは女性……ですか。ククル、間違いないんですね?」
「おい、おまえ話を聞いてたか? 赤のおはじきは女だぞ」
怪訝な顔をした圭史郎さんが咥えたおはじきを取ろうとするが、ククルはしっかりと掴んで離さない。ほっとしたムゾウは体を弾ませて喜んでいる。
「ほらね、ぼくの言ったとおりでしょう。凜子さんは女性なんですよ!」
「ようし。次の質問だ。ククル、おはじきを置け」
圭史郎さんがそう言うと、ククルはあっさりとおはじきを離した。ふたたび赤と青のおはじきがククルの足元に並ぶ。
「凜子の年齢は、二五歳か? もしそのとおりの外見なら青、そうではなく老女や幼女であるなど年齢を偽っている場合は赤の……おい、早いな」
言い終わらないうちに、ククルは素早く青のおはじきを咥えた。
まるで初めから答えが決まっているかのようだ。凜子さんに何度も会っているククルにとっては至極簡単な問いなので、迷う必要がないわけである。つまり、凜子さんは性別と年齢を偽っておらず、大切なこととは、そういった内容ではないということになる。
ムゾウは小躍りして喜んだ。
「ほらね、ほらね! 凜子さんは誠実な人なんですよ、手紙のとおりですよ!」
歯噛みした圭史郎さんは、疑惑の眼差しをククルに向ける。彼はククルが偽っているとでも言いたそうだ。
「なるほどな……。ところで、ククルはメスか、オスか?」
唐突な問いに虚を突かれた私とムゾウは、目を瞬かせる。ククルの性別がこの件にどう関係するのだろうか。
「さあ……ぼくは気にしたことありませんけど……なんとなくですけど、オスなのかな。まあ、どちらでもいいじゃないですか。ククルはククルなんですから」
「確かめてみようじゃないか。まさか、自分の性別がわからないということはないよな。おい、ククル。おまえがオスなら俺の持っているこの赤のおはじき、そして……」
出入口の扉を開けた圭史郎さんは外に向かって振りかぶった。小さな青のおはじきがきらりと光ったかと思うと、白い雪の中に放られて見えなくなる。
「メスなら、青のおはじきだ。さあ、どちらを取る?」
圭史郎さんはククルの前に赤のおはじきを差し出した。これを取ればオスということになるが、なぜ青のほうを遠くに放ったのだろうか。
ぷい、と顔を背けたククルは羽ばたき、外へ出て行った。
青のおはじきが落ちた辺りをうろうろと歩いて、地面を探している。やがて戻ってきたククルは、嘴に青のおはじきを咥えていた。
私の掌におはじきを落としたククルは、どすんと丸い体を私の膝にのせる。圭史郎さんに対して嘴を突き出し、威嚇するように鳴いた。
「グルルルル……」
「圭史郎さんが意地悪するからですよ。どうして青のほうだけ、あんなに遠くに投げたんですか?」
フッと笑った圭史郎さんは、まるで勝者のような優越を滲ませている。
ムゾウは驚いたようにククルを見た。
「ククル……女の子だったんだな。まあ、ぼくは泥だからそもそも性別がないですし、たとえ凜子さんが男だったとしても気にしませんけどね。性別なんて些細なことですよ。それで……凜子さんがぼくに話したい『大切なこと』って、何でしょうね?」
そこが問題なのだ。
私は唐突に閃いた。好意を告げられて困る状況のひとつに、よくあるケースだ。
「引っ越しじゃないですか⁉ 手紙に引っ越しを考えているだとか、書いてません?」
口端を吊り上げた圭史郎さんは、したり顔で発した。
「凜子の正体は、男だな」
「それ、ぼくも予想しましたよ。男性だから、『綾小路輝彦』の想いには応えられないというわけですよね。でもこれまで凜子さんからいただいた手紙を読み返すと、彼女が性別を偽っているようには見えないんですよね……。思いやりがあって親切ですし、女友達のことなんかも書いてあるし、それに恋人にフラれた昔の話とか、すごくリアルなんですよ」
「そう思い込まされているだけだ。おまえだって、性別どころかすべてを偽ってるわけだろ」
「ぼくが偽っているのは本当に申し訳ないと思ってますけどね。でも自分が偽っているからこそ、凜子さんの手紙が嘘かどうか敏感に察知できるんですよ。凜子さんは本人の言うとおり、二五歳の女性ですよ」
自信を持って告げるムゾウを、圭史郎さんは半眼で見据える。彼はちらりと隣のククルに目を向けた。
「ククルが手紙を届けているんだから、こいつは凜子本人に会っているわけだよな?」
「そうですね。ただ、ククルは言葉を喋れないのです。だから八咫烏のグループに入れず、ひとりぼっちだったのでしょう。ククルという名前も、知り合ってからぼくがつけてあげました」
「ポー……」
ククルは寂しげに鳴いた。鳩と八咫烏の混血のためか、どちらにも仲間入りできなかったのだろう。孤独だったククルは親切にしてくれたムゾウに尽くしているのだ。
圭史郎さんは私のポケットを無造作に探ると、おはじきを取り出した。
「口はきけなくても確かめる方法がある。いいか、ククル。ここにふたつのおはじきがある。凜子が女なら赤、男なら青のおはじきを取れ」
ククルの前に、ふたつのおはじきが置かれた。息を呑んだムゾウは止めようとしたが、ククルは素早く赤のおはじきを嘴に咥える。
あまりの速さに、私たちは目を見開いた。
「えっ……凜子さんは女性……ですか。ククル、間違いないんですね?」
「おい、おまえ話を聞いてたか? 赤のおはじきは女だぞ」
怪訝な顔をした圭史郎さんが咥えたおはじきを取ろうとするが、ククルはしっかりと掴んで離さない。ほっとしたムゾウは体を弾ませて喜んでいる。
「ほらね、ぼくの言ったとおりでしょう。凜子さんは女性なんですよ!」
「ようし。次の質問だ。ククル、おはじきを置け」
圭史郎さんがそう言うと、ククルはあっさりとおはじきを離した。ふたたび赤と青のおはじきがククルの足元に並ぶ。
「凜子の年齢は、二五歳か? もしそのとおりの外見なら青、そうではなく老女や幼女であるなど年齢を偽っている場合は赤の……おい、早いな」
言い終わらないうちに、ククルは素早く青のおはじきを咥えた。
まるで初めから答えが決まっているかのようだ。凜子さんに何度も会っているククルにとっては至極簡単な問いなので、迷う必要がないわけである。つまり、凜子さんは性別と年齢を偽っておらず、大切なこととは、そういった内容ではないということになる。
ムゾウは小躍りして喜んだ。
「ほらね、ほらね! 凜子さんは誠実な人なんですよ、手紙のとおりですよ!」
歯噛みした圭史郎さんは、疑惑の眼差しをククルに向ける。彼はククルが偽っているとでも言いたそうだ。
「なるほどな……。ところで、ククルはメスか、オスか?」
唐突な問いに虚を突かれた私とムゾウは、目を瞬かせる。ククルの性別がこの件にどう関係するのだろうか。
「さあ……ぼくは気にしたことありませんけど……なんとなくですけど、オスなのかな。まあ、どちらでもいいじゃないですか。ククルはククルなんですから」
「確かめてみようじゃないか。まさか、自分の性別がわからないということはないよな。おい、ククル。おまえがオスなら俺の持っているこの赤のおはじき、そして……」
出入口の扉を開けた圭史郎さんは外に向かって振りかぶった。小さな青のおはじきがきらりと光ったかと思うと、白い雪の中に放られて見えなくなる。
「メスなら、青のおはじきだ。さあ、どちらを取る?」
圭史郎さんはククルの前に赤のおはじきを差し出した。これを取ればオスということになるが、なぜ青のほうを遠くに放ったのだろうか。
ぷい、と顔を背けたククルは羽ばたき、外へ出て行った。
青のおはじきが落ちた辺りをうろうろと歩いて、地面を探している。やがて戻ってきたククルは、嘴に青のおはじきを咥えていた。
私の掌におはじきを落としたククルは、どすんと丸い体を私の膝にのせる。圭史郎さんに対して嘴を突き出し、威嚇するように鳴いた。
「グルルルル……」
「圭史郎さんが意地悪するからですよ。どうして青のほうだけ、あんなに遠くに投げたんですか?」
フッと笑った圭史郎さんは、まるで勝者のような優越を滲ませている。
ムゾウは驚いたようにククルを見た。
「ククル……女の子だったんだな。まあ、ぼくは泥だからそもそも性別がないですし、たとえ凜子さんが男だったとしても気にしませんけどね。性別なんて些細なことですよ。それで……凜子さんがぼくに話したい『大切なこと』って、何でしょうね?」
そこが問題なのだ。
私は唐突に閃いた。好意を告げられて困る状況のひとつに、よくあるケースだ。
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