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第一章 カマクラコモリ
それぞれの思惑 1
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明くる朝、銀山温泉街は微睡むような冬の陽射しに包まれていた。
まろやかな太陽が鈍色の雲間から覗き、きらきらと降り積もった雪の結晶を輝かせているさまは、まるで宝石の粒を撒いたように美しい。
そんな清々しい冬の朝、私はどんよりとした顔つきで給仕をしていた。
おひつからごはんをよそう私に、ヨミじいさんが苦言を呈する。
「……若女将よ。どこまで山盛りにするつもりじゃ? 白米が零れ落ちてしまうぞ」
「はっ」
瞬きをすると、手にした茶碗には白いごはんが特盛りにされていた。ぼんやりしていたので、無意識に何度もしゃもじを往復させてしまったようだ。
「す、すみません。少し寝不足なんです……」
「うむ。昨夜は大変だったからのう」
寝不足の原因は深夜に外出して、カマクラコモリに遭遇したことだけではなかった。夜食のあと、私はほとんど布団に入らずに、とある作業を行っていたのだ。
光希君は今夜もキツネの母親に呼ばれて、カマクラコモリに入ってしまうだろう。最悪の事態にならないためにも、必要なことだと思ったので徹夜したのである。
今日のあやかし食堂には光希君とヨミじいさんもいて、とても賑やかだ。相変わらず耳と尻尾が生えている光希君は昨夜のことなどまるで覚えていないようで、子鬼の茜と蒼龍が世話を焼いてくれるのを嬉々として応えている。
「光希、ヨーグルトのふたを開けてあげるね」
「ごはんがこぼれたぞ。ほら、スプーンを口に持っていくんだ」
「おいち」
「おいしいね、よかったね」
「オレたちも、光希と食べる朝ごはんはおいしいぞ」
きゃっきゃと光希君は軽やかな笑い声を上げた。ごはん粒が飛び散ったので、それを拾い上げた蒼龍が自分の口に入れている。
私は楽しそうに食事する彼らの様子を、目を細めて見守った。
子鬼たちが光希君の面倒を見てくれるので、とても助かっている。
なぜか圭史郎さんは食堂に現れず、コロさんの姿もないことが気になったので、呼びに行こうかと思ったとき。
ふたりは珍しく連れ立って食堂に入ってきた。
「おはようございます、コロさん、圭史郎さん。遅かったですね。何かあったんですか?」
声をかけると、コロさんは無垢な笑顔を見せつつ、さらりと重大な発言をした。
「圭史郎さんとお話ししてたんだ。僕も今夜、みんなと一緒に不思議なかまくらに行くね」
ごくりと唾を呑み込んだ私は、圭史郎さんに横目を投げる。
まさか……ごちそうが出る不思議なかまくらがあるだとか言って、それを信じた純粋なコロさんをカマクラコモリの生贄にするという算段だろうか。
平然としている圭史郎さんは食堂を一瞥すると、踵を返した。
「光希をもう一晩預かると、高橋に電話をかけてくる」
「わかりました……」
去って行く圭史郎さんの背を見送ったあと、さりげなくヨミじいさんに視線を移す。ヨミじいさんも強張った顔つきをして、私と目を合わせてきた。
やはり、ヨミじいさんも同じ考えを抱いたようだ。
コロさんは爽やかな笑みで席に着く。
「遅れちゃってごめんね。わあ、今日のごはんもおいしそう。いただきます」
「わんわん!」
「光希君、ごはんを食べたら僕とも遊んでね」
「あそびゅ!」
楽しそうにやり取りを交わす光希君とコロさんを、私は困惑した想いで見つめた。
朝食のあと、光希君はコロさんの背中を延々と撫でていた。ふわふわの毛並みはとても心地好い手触りで、気に入ったらしい。その様子を見届けた私は、談話室の扉をそっと閉めた。茜と蒼龍も傍についていてくれるので、彼らに任せて大丈夫だろう。
小走りで廊下を駆けると、ヨミじいさんが羽ばたいて追いかけてくる。
「圭史郎に事の次第を訊ねるのじゃな?」
「そのとおりです。コロさんを身代わりになんてさせられませんよ」
「ふむ……。あやつは確かに口が悪く、ひねくれておるが、コロを騙して犠牲にすれば皆の信用を失ってしまうじゃろう。悪知恵が働くゆえ、それは避けるのではないかと思うがのう」
私の頭に飛びのったヨミじいさんは首を傾げる。重みで私の首も、がくりと前へ傾いた。
ヨミじいさんの推測は圭史郎さんを庇っているようで、全く褒めていない……
「ひどい言われようだな」
「圭史郎さん!」
厨房から出てきた圭史郎さんは、冷めた目線をこちらに投げる。
私は周囲を気にしながら、小声で訊ねた。
「まさか、コロさんをカマクラコモリの生贄にするつもりじゃありませんよね?」
コロさんはカマクラコモリの恐ろしさを全く理解していない様子だった。昨夜のできごとを目にしていないので、なおさら状況がイメージできないせいかもしれない。私だって、『かまくらの中にキツネのお母さんがいて、料理をごちそうしてもらえる』とだけ聞いたなら、楽しいことしか思い浮かばないだろう。
「俺とコロに任せておけ。おまえたちは邪魔だから、ついてこなくていいぞ」
圭史郎さんは私たちに一切の説明をしないつもりだ。しかも邪魔だという。
憤慨した私は思わず大きな声を出した。
「絶対についていきますからね! コロさんを犠牲にはできません。この子を身代わりにすればいいんです」
まろやかな太陽が鈍色の雲間から覗き、きらきらと降り積もった雪の結晶を輝かせているさまは、まるで宝石の粒を撒いたように美しい。
そんな清々しい冬の朝、私はどんよりとした顔つきで給仕をしていた。
おひつからごはんをよそう私に、ヨミじいさんが苦言を呈する。
「……若女将よ。どこまで山盛りにするつもりじゃ? 白米が零れ落ちてしまうぞ」
「はっ」
瞬きをすると、手にした茶碗には白いごはんが特盛りにされていた。ぼんやりしていたので、無意識に何度もしゃもじを往復させてしまったようだ。
「す、すみません。少し寝不足なんです……」
「うむ。昨夜は大変だったからのう」
寝不足の原因は深夜に外出して、カマクラコモリに遭遇したことだけではなかった。夜食のあと、私はほとんど布団に入らずに、とある作業を行っていたのだ。
光希君は今夜もキツネの母親に呼ばれて、カマクラコモリに入ってしまうだろう。最悪の事態にならないためにも、必要なことだと思ったので徹夜したのである。
今日のあやかし食堂には光希君とヨミじいさんもいて、とても賑やかだ。相変わらず耳と尻尾が生えている光希君は昨夜のことなどまるで覚えていないようで、子鬼の茜と蒼龍が世話を焼いてくれるのを嬉々として応えている。
「光希、ヨーグルトのふたを開けてあげるね」
「ごはんがこぼれたぞ。ほら、スプーンを口に持っていくんだ」
「おいち」
「おいしいね、よかったね」
「オレたちも、光希と食べる朝ごはんはおいしいぞ」
きゃっきゃと光希君は軽やかな笑い声を上げた。ごはん粒が飛び散ったので、それを拾い上げた蒼龍が自分の口に入れている。
私は楽しそうに食事する彼らの様子を、目を細めて見守った。
子鬼たちが光希君の面倒を見てくれるので、とても助かっている。
なぜか圭史郎さんは食堂に現れず、コロさんの姿もないことが気になったので、呼びに行こうかと思ったとき。
ふたりは珍しく連れ立って食堂に入ってきた。
「おはようございます、コロさん、圭史郎さん。遅かったですね。何かあったんですか?」
声をかけると、コロさんは無垢な笑顔を見せつつ、さらりと重大な発言をした。
「圭史郎さんとお話ししてたんだ。僕も今夜、みんなと一緒に不思議なかまくらに行くね」
ごくりと唾を呑み込んだ私は、圭史郎さんに横目を投げる。
まさか……ごちそうが出る不思議なかまくらがあるだとか言って、それを信じた純粋なコロさんをカマクラコモリの生贄にするという算段だろうか。
平然としている圭史郎さんは食堂を一瞥すると、踵を返した。
「光希をもう一晩預かると、高橋に電話をかけてくる」
「わかりました……」
去って行く圭史郎さんの背を見送ったあと、さりげなくヨミじいさんに視線を移す。ヨミじいさんも強張った顔つきをして、私と目を合わせてきた。
やはり、ヨミじいさんも同じ考えを抱いたようだ。
コロさんは爽やかな笑みで席に着く。
「遅れちゃってごめんね。わあ、今日のごはんもおいしそう。いただきます」
「わんわん!」
「光希君、ごはんを食べたら僕とも遊んでね」
「あそびゅ!」
楽しそうにやり取りを交わす光希君とコロさんを、私は困惑した想いで見つめた。
朝食のあと、光希君はコロさんの背中を延々と撫でていた。ふわふわの毛並みはとても心地好い手触りで、気に入ったらしい。その様子を見届けた私は、談話室の扉をそっと閉めた。茜と蒼龍も傍についていてくれるので、彼らに任せて大丈夫だろう。
小走りで廊下を駆けると、ヨミじいさんが羽ばたいて追いかけてくる。
「圭史郎に事の次第を訊ねるのじゃな?」
「そのとおりです。コロさんを身代わりになんてさせられませんよ」
「ふむ……。あやつは確かに口が悪く、ひねくれておるが、コロを騙して犠牲にすれば皆の信用を失ってしまうじゃろう。悪知恵が働くゆえ、それは避けるのではないかと思うがのう」
私の頭に飛びのったヨミじいさんは首を傾げる。重みで私の首も、がくりと前へ傾いた。
ヨミじいさんの推測は圭史郎さんを庇っているようで、全く褒めていない……
「ひどい言われようだな」
「圭史郎さん!」
厨房から出てきた圭史郎さんは、冷めた目線をこちらに投げる。
私は周囲を気にしながら、小声で訊ねた。
「まさか、コロさんをカマクラコモリの生贄にするつもりじゃありませんよね?」
コロさんはカマクラコモリの恐ろしさを全く理解していない様子だった。昨夜のできごとを目にしていないので、なおさら状況がイメージできないせいかもしれない。私だって、『かまくらの中にキツネのお母さんがいて、料理をごちそうしてもらえる』とだけ聞いたなら、楽しいことしか思い浮かばないだろう。
「俺とコロに任せておけ。おまえたちは邪魔だから、ついてこなくていいぞ」
圭史郎さんは私たちに一切の説明をしないつもりだ。しかも邪魔だという。
憤慨した私は思わず大きな声を出した。
「絶対についていきますからね! コロさんを犠牲にはできません。この子を身代わりにすればいいんです」
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