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鴇の正体 2

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「鳴海神父さまですね。よく慈善活動をされているんですよ。公演のあるときに寄付を呼びかけていらっしゃるので、こちらにも顔を出されます」
「その鳴海神父さまの教会はどちらにあるんですか?」

 教えてもらった教会の場所は、劇場からそう遠くない区画だった。孤児院と併設しているのですぐに分かるという。
 早速車に乗り込み、教会に向けて街路を走行する。見覚えのある車窓の景色に、安珠は身を乗り出した。

「ここは……この商店街は、むかし来たことがある」

 古い記憶が蘇る。老舗の呉服屋を目にしたとき、当時の光景が脳裏を駆け巡った。
 あの店に子どもの頃、母と姉らと訪れた。そして路地裏でヒロトと出会い、子犬と懐中時計を交換したのだ。
 路地裏のあった方向に首を巡らせたが、当時の建物は撤去されて、新設の店舗が建ち並んでいた。もう、あの路地裏はなくなっている。
 ほどなくして目的の教会に辿り着く。十字架が掲げられた教会の敷地内には、老朽化した平屋建ての施設が併設されていた。これが孤児院らしい。
 狭い庭を質素な身なりをした子どもたちが笑顔で駆け回っている。門前で窺う安珠に気づいた子どもたちは、満面の笑みではしゃぎだした。

「おうじさまだ! 月のおうじさまがきた!」
「こんにちは。鳴海神父さまに会いに来たよ」

 遠慮がちに門をくぐった安珠は、子どもたちに王子と囃し立てられながら教会へ赴く。こぢんまりした聖堂には、リサイタルの夜に会った鳴海神父が祈りを捧げていた。子どもたちに囲まれて現れた安珠を見て、微笑みをむける。

「しんぷさま、月のおうじさまがきたんだよ!」
「そうですね。私は月の王子とお話がありますから、みんなは良い子にしていましょう」

 はあい、と一斉に返事をした子どもたちは嵐のように去って行った。聖堂には鳴海神父と安珠のふたりきりになる。

「初めまして、椿小路安珠と申します。リサイタルの夜にお会いしたのですが、覚えていらっしゃいますか」
「ええ、もちろんです。私は鳴海と申します。この教会の神父と、孤児院の園長も兼ねております」

 事務室へ案内されて、簡素な椅子に腰を下ろす。茶を淹れながら、鳴海神父は朗らかに話をしてくれた。

「月の王子というのは、名も知らぬ寄付者のことなのです。毎月、孤児院にお金を振り込んでくださる方がいらっしゃるのですが、素性が不明なので遠い世界の御仁という意味で私が名付けました」
「そうなのですか。僕は、その月の王子ではないんです」

 身なりが良いので、子どもたちが月の王子と勘違いしてしまったようだ。名付けるくらいだから、月の王子という寄付者は結構な額を寄付しているのだろう。
 茶を卓に差し出した鳴海神父は人の良さそうな笑みを浮かべる。

「ええ。月の王子の正体は秘密なのです。寄付は善意ですから。椿小路さんがここを訪れたのは……廣人くんのことではありませんか?」

 鳴海神父の優しげな面差しに影が過ぎる。安珠は勢い込んで話し出した。

「そうなのです。ヒロトという少年に僕は一五年前、会いました。神父さまの仰る廣人はいかなる人物なのでしょうか。鴇とよく似ていると仰いましたよね。それに劇場で会ったとき、鴇の名を聞いて驚いたのはなぜですか」

 鳴海神父はひとつ頷くと席を立ち、壁に設置された書棚から書物を取り出した。それは古いアルバムで、子どもたちの集合写真を収めたものだった。
 アルバムを捲れば、園庭で撮影されたと思しき色褪せた写真が丁寧に貼られている。毎年記念写真を撮って記録に残しているらしい。

「孤児院には様々な事情を抱えた子がおります。生まれたときから親の顔を知らない子もいます。大きくなれば自立して孤児院を出て行きますが、突然いなくなり行方が知れなくなる子も後を絶ちません。廣人くんも、そのうちのひとりです。……この子が廣人くんです」

 指し示された写真の中の廣人は、昏い漆黒の双眸でこちらを睨み据えていた。眦が切れ上がり、唇を引き結んでいる。年齢は十歳くらいだろうか。
 間違いない。彼が、安珠と会ったヒロトだ。この孤児院で暮らしていた少年だったのだ。

「この写真は一五年前になります。彼は、今はもう二五歳くらいですね」

 鴇の年齢と合致する。鳴海神父が声をかけたのも頷けた。廣人と鴇は、目鼻立ちが瓜二つなのだ。
 安珠の視線が、廣人の斜め前に座る子どもを捉えた。見知らぬ少年が手にしているものに息を呑む。

「これは……!」

 金無垢の懐中時計だ。写真なので鮮明ではないが、蓋に彫られた椿の家紋が見える。なぜ廣人ではなく、彼が安珠の懐中時計を持っているのだろうか。少年はまるで宝物だと主張するように、懐中時計が目立つよう掲げていた。

「彼の名は、鴇くんです。この懐中時計は父親からの贈り物だそうです」
「……えっ!?」

 驚愕した安珠はもう一度写真を凝視した。
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