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誤解 2

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「いいや。投資に噛ませるんだ。潰れそうな旅館を買い上げて改装後に転売するという事業をやっていてな。持ち込まれる案件が増えると捌く額も大きくなるから、纏まった資金を出せる投資家が必要なんだ」
「へえ……」

 晃久の事業に投資という形で参加するらしい。商売のことなど何も分からないので、晃久の話は別世界の領域だ。

「出資者の条件は信用の置ける者という点のみだ。投資させてくれと依頼してくる華族は多いが、そういった輩に限って持ち逃げするからな。鴇は俺に貸しがあるから、その心配をしなくて済む。儲からせてやるから安心しろ」
「貸しって……何の。鴇は晃久に金を借りてたのか?」

 聞き流しかけた台詞にふと引っかかる。
 そういえば、鴇の以前の雇い主は晃久だ。そのことについても話を伺いたかった。
 キユが静かに紅茶の入ったカップを円形の卓に置いていく。彼女が室内に去ってから、晃久は紅茶をひとくち含んで話し出した。

「そういうことじゃない。あいつの失態を、俺が許したということだ」
「何かあったのか」

 安珠に話してよいものか、晃久は逡巡している。視線をぶつけてくる安珠に、諦めたらしい嘆息が零れた。

「澪に手を出そうとしたんだ。未遂だが」

 澪というのは、大須賀伯爵家の庭師の名である。大須賀邸に赴いたときに見かけたことがあるが、楚々とした印象の美しい青年だった。特定の恋人を作らない晃久だが、彼の口から度々澪の名が出るので特別な人なのだろう。

「意外だな。鴇にそんな度胸があるとは思わなかった。僕が手を出しても臆していたのに」

 あっさりと返す安珠に、晃久はなぜか片眉を跳ね上げる。
 手を出す、という言葉を、無垢な安珠は暴力を振るうという意味に捉えた。
 鴇は暴力沙汰など一切起こしたことはないが、下男同士の揉め事は珍しいことではない。
 金の装飾が施されたカップの縁を紅い唇に触れさせ、安珠は涼しい面差しで薫り高い紅茶を嗜む。晃久は感嘆しながら助言してきた。

「さすが華の和音だな。鴇を上手く操縦しろ。椿小路公爵家の命運を握るのは、やはり安珠だ」
「そんなふうに励まされても嬉しくないよ。操縦って、何をすればいいんだ。僕はピアノを弾くしか能がないらしいからね」
「謙遜するな。夜の操縦は上手くいってるんだろう?」

 晃久と目を合わせる。閨事のことを指しているようだ。
 華の和音の手管で鴇を転がせと言いたいらしい。確かに鴇とは色事に関する契約を結んだ。
 けれど安珠の施した口淫はとても稚拙なもので、鴇を満足させられたのか怪しい。途中からは鴇の指示どおりに手淫を交えて愛撫し、機を失って顔に射精させてしまった。その上、終われば慌てて逃げ出すなんて熟練とは言えないだろう。初めてだと悟られなかったのは奇蹟的だ。
 溜息を吐いた安珠は物憂げに睫毛を伏せた。

「上手くいってないと思う。呑めなかったんだ」
「何を」
「精を。ふつうは呑めるんだろう?」

 晃久は一瞬硬直したが、ひとつ咳払いをした。

「ふつうと言っても、多数派の意見を考慮することは無意味だ。ふたりで相談して決めろ」
「晃久は呑ませてるのか?」

 急に黙り込んだ男は、居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
 他人の意見も参考にさせてほしいのだが。
 ピアノも同じで、上手な人からテクニックを伝授されてこそ上達につながるのだ。何事も考察や練習は欠かせない。次に鴇を口淫するときに失敗しないよう、晃久で練習させてもらえないだろうか。思いついた安珠は早速口にした。

「晃久の男根を、しゃぶらせてくれないか?」

 突如地響きのような大きな音が鳴り、背後を振り返る。伏せていたヒロも、びくりとして身を起こした。
 テラスに続く硝子戸が格子ごと外れていた。
 鴇は格子の把手を掴んだままの格好で呆然としている。
 いつからそこにいたのだろう。
 晃久は鞄を掴むと、素早く椅子から立ち上がった。

「喋りすぎたようだ。今日はこの辺で退散しよう」
「……晃久さま。俺は己の行いを返礼されて、晃久さまのお気持ちが痛いほど分かりました」

 なぜか憤りを滲ませている鴇を、晃久は鋭い眦でちらりと見遣る。

「勘違いするな。俺はまだ何もしていない。安珠とよく話し合っておけ」

 足早に去って行く晃久の背を眺めながら、首を捻る。鴇は黙然として外れた硝子戸を直していた。

「もっと丁寧に扱ってくれ。力任せに開けるから外れるんだ」
「……そうですね」
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