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オメガの宿命 2

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「ええ、それで」

 ごくりと息を呑む。知らず鼓動が妙なふうに脈打った。高野は目を伏せて、安珠が中身を確認するのを待っている。
 厳密に封緘された封書に、金細工が施されたペーパーナイフを通す。封入されていた数枚の用紙を開いてみると、そこには無数の数字と記号が羅列されていた。詳細な血液検査の結果の欄には、見慣れない記号がある。

『Ω』

 安珠は硬直しながら声を絞り出した。

「え……オメガ……?」

 まさか。
 動揺しながら見上げると、高野は硬い面持ちで唇を引き結んでいた。専属医師の表情に、この結果が紛れもない真実であるのだと、じわりと胸の裡へ滲んでいく。まるで黒い染みのように。

「嘘だ。僕が……オメガのわけがない。僕は椿小路公爵家の跡取りだ。アルファだ。この結果は何かの間違いだ。そうなんだろう、先生」

 激しい動悸と共に否定の言葉が己の口から紡がれる。用紙を持つ手がひとりでに震える。何度目を凝らして見ても、提示された文字は変わらなかった。
 高野はいつもと変わらない落ち着いた口調で話し出す。

「ご覧になった結果のとおりでございます。両親がアルファでも、産まれた子がオメガということも充分有り得ます。またそれは悲劇ではなく、オメガであることは大変稀少な価値のある存在であると、我々医師は認識しております」

 慰めのような言葉を吐かれて、徐々に心が冷えていく。
 つまり安珠は、慰められるべき哀れな存在なのだ。
 父の危惧したとおりだった。愛らしい容姿で人を誘惑して子を孕む、忌むべきオメガ。それが安珠の持って生まれた性だった。
 崩壊の序曲が耳奥から鳴り響く。
 高野のオメガについての説明が耳を素通りしていく。

「……ですので、発情期が訪れますと体から発せられるフェロモンにより、アルファやベータを誘惑してしまいます。ですがこの抑制剤を服用していれば、発情を抑制できるのです」

 発情だなんて、まるで動物だ。性に淡泊な安珠は一度もそのような気分になったことはない。鞄から取り出された薬袋を疑惑を込めて見返す。高野は安珠のためを思って処方してくれたわけなので、一応は受け取っておくことにした。
 今はそんなことよりも、もっと大事なことがある。

「分かった。それで、このことは、お父さまには……」
「まだ、何も。……私から旦那さまにお伝えしましょうか?」
「いや。折を見て僕から伝えるから、先生は黙っていてほしい」

 高野は深く頭を下げた。
 もし父が、安珠はオメガだったと知れば相当な衝撃を受けるだろうと容易に予想できた。いつ、どのように打ち明ければ良いのだろうか。
 胸が痞えたような重苦しさに、安珠は嘆息した。



 後日、父の病状は回復した。晴れ晴れとした顔で庭園を散歩したり、会食に参加したりと精力的に動き回る公爵の姿に周りは安堵の息を吐いた。
 具合が良いと襲爵のことは先の話という雰囲気になり、安珠は必然的に事実を告げることを後回しにした。
 自分がオメガだなんて、まだ信じられない。
 夢か幻かと疑ったが、検査結果の用紙は歴然とした事実として、机の抽斗の奥に残されている。何度取り出して眺めてみても、そこにあるデータは安珠がオメガであると冷徹に示していた。
 ランプが翳す橙色の灯りに照らされた『Ω』の文字を見つめていた安珠は、弾かれたように用紙を畳んで抽斗に仕舞い込んだ。隣には処方された抑制剤入りの薬袋もある。
 抑制剤には一切手を着けていなかった。こんなものを服用したら、まるで自分がオメガだと認めるようで怖かった。
 その怖れに呼応するかのように、じわりと体の奥から疼きが込み上げてくる。

「ん……」

 ここ数日、体調がおかしい。昼夜問わず性欲に似た衝動に襲われるのだ。こんなことは今までになかった。
 淡泊なので自慰もたまにしかしない。誰かと体をつなげたいという欲望もなかった。
 それなのに今は、耐えがたいほどの情動に突き動かされている。ささやかな花芯はきつく頭を擡げていた。
 深夜の屋敷は静まり返っている。安珠は椅子から立ち上がり、ベッドへ向かった。寝衣の上に纏う絹のローブが、歩を進めるたびにさらりと優しい衣擦れの音を立てる。
 ベッドの端に腰を下ろし、ローブを紐解いて下衣を引き下げた。
 自慰を行うときはいつも罪悪感に苛まれる。
 だからあまりしたくなかった。
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