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伯爵家の花嫁 5

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 華奢な左手を取り、薬指に輝く白銀の指輪を嵌めてくれた。澪の眦から一筋の涙が零れ落ちる。それは希望に満ち溢れた雫だった。

「旦那さまについていきます」

 澪も同じように指輪を手にする。晃久の大きな左手の薬指に、そっと嵌めた。
 ふたりは正式に夫婦となった。
今日の誓いを胸に、いかなる困難があろうとも、ふたりで乗り越えていく決意を新たにする。誰にでも祝福される婚姻ではないかもしれない。自分は大須賀家の伯爵夫人になんて相応しくないかもしれない。
 けれど愛する人を信じて付いていこう。晃久の傍に、生涯寄り添っていこう。生れてくる子のためにも。
 指輪が光る晃久の指が伸ばされて、澪の頬に流れる嬉し涙を優しく拭う。
 澪は涙を流しながらも、微笑みを愛する人にむけた。



 大須賀家の庭園は初夏の陽光が眩く撥ねている。薔薇園に囲まれた芝生の上を駆け回る小さな子どもたちの歓声が響き渡った。

「まーま、みて、みて! てんとーむし、いたの」

 屈んだ澪は笑顔で小さな指に乗せられた天道虫を見た。
 母子の笑顔には幸せが溢れている。

「ほんとだ。てんとうむしだね。葉に置いてあげようね」

 小さな虫にも命があることを、澪は子どもたちに教えている。素直に頷いた娘はそっと薔薇の葉に天道虫を戻してあげた。
 晃久と結婚した後、澪は無事に男の子を出産した。今は三人の子どもたちに囲まれている。現在は大須賀家の別邸で暮らしている藤子には、孫に会いに来てほしいと打診している。懲りない浩一郎は堂々と大須賀家を訪れて、親戚の叔父さんとして子どもたちに玩具を与えたりして晃久に睨まれている。毎日が賑やかで、とても幸せだ。
 大須賀伯爵夫人は謎の麗人であると社交界では囁かれているが、晃久は堂々と澪を妻だと紹介してくれる。あまり人前に出るのは得意ではないので、澪はパーティーでは挨拶だけを済ませてすぐに退出するから、そのような呼称が付けられてしまったのだろう。
 それに、お腹にはまた新たな命が宿っている。
 晃久は屈んでいた澪の体を抱え起こすと、子どもたちに声をかけた。

「おまえたち、ママのお腹には赤ちゃんがいるんだ。無理させるんじゃないぞ」

 一番上の息子が妹たちに向き直り、父親の真似をして諭す。

「そうだぞ。赤ちゃんが生れるんだぞ。おまえたちはお兄ちゃんが遊んでやる」

 鋭い目つきも少し偉ぶった口調も、幼い頃の晃久に瓜二つだ。澪は晃久に手を取られて藤椅子に腰掛けながら、くすりと笑みを零した。

「どうした」
「ううん。お兄ちゃんは子どもの頃の晃久さまにそっくりだなと思って」
「……俺はあんな風だったのか」
「そうだね。とても頼もしかったよ」

 お腹をさすりながら、澪は愛する旦那さまに微笑みかけた。晃久も苦笑しながら、澪に愛しい眼差しをむける。庭園では子どもたちが虫探しに興じている。ふたりでその光景を目を眇めて眺めながら、穏やかな時間が流れた。 

「あの子たちが、大須賀家を継いでくれるのかな」

 澪が過酷な運命の果てに幸せを手に入れたように、子どもたちも乗り越えてくれるだろうか。彼らも生れながらにしてアルファやオメガであるのだ。
 ぽつりと心配そうに呟いた澪の肩に、晃久は腕を回した。

「継がなくてもいいさ。好きに生きればいい。やりたい仕事をして好きな人と結婚して、子を成せばいい。俺がそうしたんだからな。許さないのは好きな人を哀しませることだ」

 逞しい肩に凭れて、澪は晃久と結ばれるまでのことを思い返す。彼はいつでも澪を守ってくれた。哀しみから救ってくれた。

「僕が笑顔でいられるのも、晃久さまのおかげです。……ありがとう、旦那さま」
「俺も幸せな家庭を得られたのは澪のおかげだ。愛している、永遠に」

 重ねられた唇は甘く優しく、光溢れる庭園に溶けていった。
 大須賀伯爵夫人が育てる「澪」という名の薔薇の花は、不思議なことにひとつの棘もないという。
 幸福な家族の姿を、艶やかに咲き誇る棘のない薔薇たちは末永く見守っていた。
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