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伯爵家の花嫁 1

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「叔父さまとお話しをして、そういう考えに至りました」

 晃久は盛大な溜息を吐いて澪を抱き寄せた。黒髪にひとつ、口づけを落とす。

「おまえは本当に大馬鹿者だ。俺が大須賀家の血筋でないことを気に病んでいると、いつ言ったんだ。俺にとっては澪が傍にいないことがよほど傷を抉られる。お爺さまに正統な血筋を強調したのは、澪を認めてもらうためだ」
「そうだったんですね。馬鹿でごめんなさい……」
「いいや。俺の言葉が足りなかったんだな。澪を抱いたのは、大須賀家の正統な血筋を残すためじゃない。アルファとしてオメガに誘惑されたからでもない。おまえのことが好きでたまらなかったからだ。愛しているから、孕ませたい。ずっと好きだったから結婚したいんだ」

 澪を抱きしめながら耳元に囁かれた言葉が心に染み入る。
 晃久が、澪のことを好き。
 彼の口から告げられた真摯な想いは胸の中心に舞い降りた。温かな恋情は様々な戸惑いや憂慮をすべて打ち消す。

「僕は、子どもの頃から若さまに憧れてました。ずっとあなたが……好きでした」

 溢れるままに口にした想いは、とても長い時間、澪の心の中で温められ、育まれていたものだった。
 ぬるま湯が体から蕩々と溢れていくようだ。澪の眦を温かな雫が伝う。
 頬に流れる涙を唇で吸い上げた晃久は、困ったように眉尻を下げた。

「おまえは俺を振り回す本当に困ったやつだ。純粋で愚かで、すぐに騙されて犯されそうになっている。そんな危なっかしい澪を守れるのは俺しかいない」
「若さま……!」

 固く抱き合い、互いの体温を確かめ合う。
 好き、好き、好きだ。
 押さえ込んでいた想いは止められなくて。
 逞しい胸に縋りつき、大好きな人の腕に身を委ねる。

「ずっと大切にする。これからは俺だけを信じろ。俺も澪の言うことに耳を傾けて、おまえの気持ちを尊重する。俺と別れる以外の我儘はすべて聞いてやる」
「はい、若さま……。僕、若さまに自分の気持ちを伝えられるように頑張ります。何でも若さまに相談します」

 精悍な晃久の顔が傾けられ、唇をしっとりと塞がれる。
 花嫁にすると誓ってくれた雨の日の接吻とおなじ優しさだった。
 ちゅ、と唇を啄んで、少し離した晃久は低く囁く。

「もう若じゃない。名前で呼んでくれ、澪」
「あ……そうですよね。晃久……さま」

 初めて晃久を名で呼ぶ。口の中で晃久の名を転がすのは何だか恥ずかしくて、頬を朱に染めながら微笑が浮かんだ。
 大須賀邸に帰り着いた頃には体の痺れはすっかり消えて、四肢は動かせるようになっていた。媚薬はごく少量だったらしい。体の疼きは腰の奥に残っているが。
 澪は体を起こして車から降りようとした。

「もう大丈夫みたいなので、家に帰ります」
「家だと? どこのだ」
「え。どこって……僕が子どもの頃から住んでいる家ですが」

 黙した晃久に抱きかかえられて車外へ連れ出される。パーティーはもう終わったようだ。閑散とした屋敷内の階段を、澪を抱いた晃久は上っていく。二階には晃久の自室があった。

「おまえの家は、今日からここだ」

 寝室に入った晃久は、ベッドに澪の体を下ろした。
 広いベッドは清潔なリネンの香りに紛れて、晃久の匂いがした。
 濃密な、雄の匂いだ。晃久に触れられると、いつもこの香りがする。それは澪を昂ぶらせ、いっそう澪からもアルファを誘う濃厚な香りが発せられる。
 けれど大好きな人の香りを胸いっぱいに吸い込む余裕もなく、澪は眸を瞬かせる。

「え、あの……どういうことですか?」

 傍らに腰を下ろした晃久は、乱れた澪の前髪を掻き上げた。

「俺は今日、大須賀伯爵に就任した。だから澪を正式に花嫁にすることができる。おまえは今夜からここで俺と寝て、起きたら俺と食事をし、日が暮れたら俺と一緒に風呂に入り、またこのベッドに入って俺に抱かれて眠る。いいな?」

 まるで幼子に言い聞かせるように丁寧に告げられて、澪は茫然とする。
 つまり、澪は晃久と共に暮らすのだ。
 彼の花嫁として。

「それは……僕と若さまは、夫婦になるということですか?」
「そうだ」
「僕が若さまの奥様……ですか?」
「そうだ。式は後日挙げる」
「でも、そんなこと……」
「俺が許す。何か不満はあるか」

 まだ信じられなかった。
 本当に晃久の花嫁になれるなんて。
 彼と結婚できるなんて。
 密かに思い描いた未来が現実となったことに、澪は唖然とするしかなかった。
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