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耽溺の別荘 8

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 別荘に籠もり続ける生活をして、ひと月ほどが経過した。
 ある日、晃久は用事があると言い置いて、常に澪と居る主寝室を後にした。
 ひとり部屋に残されて、風呂場で湯を使ったあと浴衣を羽織り、一息つく。カーテンを開けて窓の外を久しぶりに覗けば、別荘の庭は褐色に染まっていた。いつの間にか夏は過ぎ去っていたようだ。
 コツコツと扉をノックする音が鳴り、ふと振り返る。
 晃久がノックをするわけはないので、下男だろうか。彼は食事を運んだり、掃除やリネン交換を行ってくれるので毎日部屋を訪れるが、晃久の言いつけどおりふたりは顔を合わせることはない。ノックが鳴れば、いつも晃久が応じている。
 けれど今は澪しか部屋にいない。
 扉に近づいた澪は、「はい」と返事をした。

「澪様。開けてください。若旦那様から許可はいただいています」
「分かりました」

 下男の声に、部屋の扉を開ける。元より鍵は掛かっていない。
 澪と目を合わせないようにして入室した下男は、手にしていた盆に乗せられた食事を黙々とテーブルに並べた。主寝室はベッドの他に食事用のテーブルやソファが置かれているが、それでも余裕のある広さだ。
 食事はすべて彼が調理しており、この別荘に他に使用人はいないらしかった。
 口数少なく愛想もない下男は仕事が済むと澪に向かって一礼する。

「では、失礼します」
「あ、あの、若さまは?」
「若旦那様は会社の方とお電話中です。すぐにいらっしゃいます」
「この別荘にはあなたしかいないようですが、ひとりで管理してるんですか?」

 下男は目線を合わせて、初めて澪の顔を見た。澪より背が高いせいか、威圧的に見下ろされるような格好になる。陰気そうな、昏い眸だ。

「庭師の爺さんがたまに来ますが、基本的にひとりです」

 庭師と聞いて、澪は希望を見出した。
 澪もここで働かせてもらえないだろうか。
 大須賀家には帰れない。けれど別荘で働くということなら、大須賀家の人々に許してもらえるかもしれない。

「あの、僕も庭師なんです。それに前の職場で掃除や洗濯に料理もやってました。どうか、ここで雇っていただけないでしょうか?」
「私に言われましても。私は若旦那様に雇われている身分ですので」

 なおも言い募ろうとした澪だが、ふいに扉が開け放たれた。
 秋らしい濃茶のスーツを纏った晃久は双眸を眇めて下男を一瞥した。

「トキ、何を話している。澪と話すことを許してはいないぞ」

 彼の名はトキというらしい。
 トキはすぐさま澪と距離を取り、頭を下げた。

「申し訳ございません。お許しを」
「僕が話しかけたんです。別荘で僕を雇ってもらえないかと思ったんです」

 澪の言い分に、晃久は眉を跳ね上げた。手を振ってトキを退出させると、澪を促して食卓に導く。
 共に着いたテーブルには、色とりどりの料理が並べられていた。数種類のパンと新鮮なサラダ、前菜のチーズとハム、メインは肉厚のステーキ。毎日食べきれないほどの豪華な食事をいただいている。
 娼館にいた頃は栄養失調寸前だったが、ここに来て栄養のある食事を食べさせてもらってからは健康状態は改善している。
 晃久は山麓の湧き水が入ったグラスを傾けながら、向かいの席で膝に置いた拳を握りしめて座る澪を見遣る。晃久に別荘で働かせてもらうことを真摯に頼むつもりだった。

「おまえはまた奇抜なことを言い出す。今度は別荘の使用人に志願か?」
「ここで働くなら大旦那様や奥様が許してくださるんじゃないかと思うんです。僕を別荘の使用人として雇ってください。そして得たお給料を一生をかけて若さまにお返しします」
「返すだと? 何の金……ああ、落札した三万か」

 三万円もの大金を使わせて素知らぬ顔はできない。澪は今後得た給料で晃久に返済していくつもりだった。
 晃久はつまらなそうにカトラリーを手にして、ステーキを切り分ける。澪にも食べるように促されたので、パンを千切り口に運ぶ。

「澪の論理は破綻しているぞ。この別荘の持ち主は俺だ。大須賀家が以前、売却しようとしたときに会社の金で買い取った。つまり俺が澪を雇って給金を払い、その金を俺に返すというのは、ただ金をすり減らすだけの無駄な作業だ。娼館の主人がやったことと変わらない、貧民の発想だな」

 晃久の話は時々難しくて理解できない。事業を展開している晃久には、お金の流れがどのように動くかといったことを重視しているらしい。
 貧民と言われて、澪は首を竦めた。

「すみません。でも僕は、若さまに大金を払わせたことが申し訳ないんです」
「もう返しただろう。体で」
「え……ええっ!?」
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