また、恋をする

沖田弥子

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奇妙な挿絵

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 次の日曜日、私は西河くんと市立図書館へ出かけるために家を出る。
 今日までに西河くんと幾度もメールのやり取りをしたけれど、その内容には夕飯に何を食べたのかなど、とてもくだらないことが多分に含まれていた。
 私はそのやり取りを、とても楽しんだことに気がついていた。
 暗号の解読は未だにできていない。
 けれど、解読できなくてもいいかなという思いがあった。
 だって暗号を解読できたら、西河くんとの接点も途切れてしまいそうな気がして。
 そのようなことを考えていると、待ち合わせ場所である学校近くの駅に到着する。
 今日は休日なので私服だ。
 何を着ようかとクローゼットの中を掻き出して悩んだ末、デニムのスキニーパンツにグレーのロングカーディガンという、限りなく部屋着に近い服装に落ち着いてしまった。もっとお洒落な格好をしたかったけれど、スカートに似合う靴がなかった。
 ノートや筆記用具など荷物が結構多いので、生成りのトートバッグを肩から提げている。これもお洒落なバッグがなかったせいで、実用性重視になってしまった。
 うろうろと視線を彷徨わせながら、改札の正面にある銅像の前に立つ。
 トートバッグからスマホを取り出して、メールが来ていないかチェックする。ついでに時間も。
 待ち合わせの二十分前だ。少し早く来すぎたかな……。
 西河くんからのメールは来ていない。最後のメールは昨夜届いた『明日、楽しみにしてる。おやすみ』だった。
 よく漫画なんかで、クラスのイケメン男子からデートに誘われた根暗な女子が、お洒落をして待ち合わせ場所に行ったらみんなに笑われる、っていうネタがあるよね。もしくは、すっぽかされて待ちぼうけになるとか……。
 私の胸は急に不安に占められる。
 というより、今日の約束のメールを交わしてからずっと不安だった。
 本当に、西河くんは来てくれるのかな?

「おはよう」 
「ひっ」

 液晶を凝視しながら物思いに耽っていた私は、突如声をかけられて奇妙な悲鳴を上げてしまう。
 いつのまにか、眼前には笑顔の西河くんが立っていた。
 ブルーのシャツにジーンズ、それに黒のリュックを背負っている。いつも詰め襟の制服姿しか見たことがなかったので新鮮な印象を与えた。

「西河……くん?」
「そうだよ? 私服だと別人みたいに見えるかな。あ、もう到着するってメール入れなくてごめん。うち、この駅から近いから徒歩なんだよね。走って五分くらいなんだ」

 予想していた漫画のような展開はなくて、西河くんはごく当たり前のように現れてくれた。
 私は、西河くんの人格を疑ったことをひっそりと恥じた。
 そもそも、これはデートなどではなく、部活動で使用する資料を調べるための課外活動なのだ。私は何を勘違いしていたんだろう。
 あれこれと考えすぎてしまい、もはや彼にどう対応すれば良いのかわからなくなり、私は唇を噛んで俯いた。
 西河くんは心配げに私の顔を覗き込んでくる。

「相原さん? もしかして、具合悪い?」
「あっ、ううん! そういうわけじゃないよ」
「そっか。顔色は良いみたいだけど、でも具合悪くなったら遠慮なく言ってね」
「うん……わかった」

 西河くんは優しくて気遣いのできる人だ。
 なんだか急に、彼の隣に並んで歩くには、私は不釣り合いなのではないかという思いが込み上げる。校外だからいつもとは違う状況なので、そんなことが気になってしまうのかもしれない。

「じゃあ、行こうか」

 西河くんは至っていつもと変わらない気さくさで、私を促した。
 頷いた私は、バス停へ向かった西河くんの少し斜め後ろを歩く。
 ここからは路線バスで図書館へ向かう。
 バス停へ辿り着くと、ほどなくしてバスはやってきた。
 日曜の午前中のためか、バスの車内は空いている。西河くんはふたり掛けの座席の窓側に座ったので、私は空いている彼の隣に腰を下ろした。ふたり連れなのに別々の席に座るのも、なんだか妙な気がするので。
 バスの振動が伝わるたびに、わずかに互いの肩が触れ合う。
 私は緊張を滲ませながら、ただ前方を見つめていた。
 ふいに西河くんは口を開く。

「朝ごはんは食べてきた?」
「もちろん。朝は必ず食べるよ。西河くんは?」
「俺も。じゃあ午前中は図書館にいて大丈夫だな」

 午前中は……って、どういうことだろう。まるで、そのあともあるというような口ぶりだ。
 やがてバスは図書館前の停留所へ着いた。バスを降りて眼前に広がる並木道を通れば、煉瓦造りの古めかしい市立図書館が見えてくる。
 入口をくぐれば、独特の本の香りが漂う。向かって右の奥には児童書のコーナーがあるので、子どもたちのさざめきが伝わってきた。
 ずらりと並ぶ書架に収められた膨大な蔵書に圧倒される。郷土史のコーナーは奥の書棚だ。

「あそこだな」
「たくさんあるね。えっと……」

 私たちは目的の書棚へ足をむけた。数多くの書籍が郷土史の棚に並んでいる。
 ひとつひとつを手にとって捲り、水害の歴史や水池村について書かれたものがないか確認する。
 しばらく、静謐な時間が私たちを取り巻いた。
 西河くんと私が奏でる、さらりとした紙を捲る音だけが辺りに響く。

「あ……これ」

 手にした書籍に、気になる記述を見つけた。
『竜神信仰の村』と見出しがついている。著者のイラストが添えられていたので目に留める。
緩やかな山の稜線が描かれ、山間に小さな村の集落がある。神社らしき建造物が、村から離れた山際にあるのだけれど、そのイラストには奇妙さを感じた。
 神社の前に、一本の太い縦線が入れられている。
 なんだろう、これ……。
 墨絵風のイラストなので判然としない。神社を強調したようにも見えるけれど……神社の前に何かがある?
 本のタイトルは『竜宮神社の成り立ち』というもので、一見知りたいことが記載されているようには見えなかったけれど、斜め読みしたところ、どうやら竜宮神社のある村で竜神が信仰されていたようだ。
 竜宮神社には聞き覚えがある。乙姫様はいるのかなどと都市伝説に取り上げられることがあるけれど、浦島太郎の竜宮城とは関係がないのだとか。
 西河くんが私の手許を覗き込んできた。

「竜宮神社か。市内にあるね」
「竜宮神社のある村で竜神が信仰されていたって……でも、このイラストは山奥みたいだよね? 私たちの調べてる竜神伝説と関係あるのかな」

 イラストに描かれた村は深い山の中のようだ。市内は昔から平地なので、このような地形ではない。

「この本、借りてみよう」

 西河くんが、自分は竜だと言っていたことが脳裏を過ぎる。
 けれど、あれは単なる冗談なのだろう。
 私たちは他にも数冊の資料となる書籍を選び、カウンターで借りた。
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