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18.アズ・ポーン5
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「ごめんなさい。その話は、したくないです」
「……ごめんね」
「あなたが、悪いんじゃないです。あたしの問題です。
そっとしておいてほしい部分が、あたしにも、ある。
いくら沢野さんでも、そこには、さわってほしくない……」
「うん。わかった。ごめんね」
「ううん。あたしの方こそ、誤解させてしまって、ごめんなさい」
「わかってたの? 僕が、誤解してたこと」
「わかって……たかな。わかんない。
あなたを追いだしたから、怒ってるんだと思ってました」
「いやいや。LINEの返事は、したよね?
『よかった』って」
「それっきり、なしのつぶてでしたよ。
だから、……あとから、怒ったのかなって」
「怒ってたんじゃないよ。
歌穂ちゃんのことは、ずっと考えてた」
「あたしも、そう思いたかったけど……。
連絡がとれなかったから。どんどん、不安になった」
「僕のこと、どこかであきらめた?」
「それは、ないです。
でも、切りかえました。
あなたのことばっかり考えてるのも、なんだか、いやだったし。
いい年して、祐奈に泣きついてるのも、どうなんだろうなって。
だから、いったん忘れることにした。……忘れられなかったけど。
忘れたつもりになって、大学の子たちと遊んだりしてた。
終わってないなら、いつか、連絡してくれるだろうって、思ってた」
「そうなんだ……」
歌穂ちゃんは、僕のことを、ちゃんと好きでいてくれてたんだ。
だから、LINEや電話をくれた……。
僕に謝りたいと思ってくれていたのかもしれない。
LINEや電話をくれなくなってからも、僕を待っていてくれた。
たまらなかった。
なんて、いい子なんだろう。
「あたし、わかってなかった。
まさか、祐奈が、そんなことになってるなんて……」
「うん。大変みたいだよ」
「ぜんぜん、わからなかったです。
祐奈は、やっぱり強いですよ」
「そうだね……」
「かなしい。なきそう」
「泣かないでー。お願いだから」
夕方になった。
泊まる用意はしてなかったけれど、泊まらせてもらえるとわかったから、遠慮なく泊まることにした。
明日は土曜日だから、仕事のことを考える必要もない。
順番に、お風呂に入った。
僕の後で入った歌穂ちゃんは、猫耳のフードがついたトレーナーを着ていた。
これはトレーナーであって、パジャマではないらしい。歌穂ちゃんが教えてくれた。
僕は、歌穂ちゃんから借りたルームウェアを着ていた。
「これ、かぶせていい?」
「いいですよ」
フードを、歌穂ちゃんの頭にかぶせた。
猫耳の女の子になった。
「かわいい」
否定されなかった。満足そうな顔をしていた。
猫耳に対する評価だと思ったのかもしれない。
「歌穂ちゃんは、猫になりたいの?」
「かも。好きなの」
「僕も、猫は好きだよ。でも、飼いたくはないなー」
「どうして?」
「亡くなったら、泣くから。いやなんだ。
悲しむことになるのがわかってるのに、飼いたくない」
「あー。あたしも、そうかも……。
飼ったこと、あるの?」
「あるよ。実家で。
大往生でね。十才は、こえてたから。
火葬とかも、行ったけど。号泣しちゃって、だめだったね」
「そうなんだ……」
「飼いたい?」
「ううん……。わかんない。
大学に通ってるのに、飼えるわけないし」
「まあ、そうだね」
夕ごはんを食べてから、歯を磨いた。
二人で寝室に行った。
僕の分の布団を出して、床に敷いていった。
敷きおわると、歌穂ちゃんが、掛け布団の下半分に上半分を重ねた。
敷き布団の上に、ちょこんと座って、僕を見上げてくる。
ぐらっとした。
なんだ。これ。誘われてるのかな……。
「どういうこと?」
「べつに。……すこし、いちゃいちゃ、したくて」
「うん。いや、いいんだけどね」
ぼうっとしたような感じで、立ちつくしていた。
どうしよう。
猫耳の歌穂ちゃんは、すごくかわいかった。
わからない。こんなにかわいい子を、どうして、歌穂ちゃんの母親は、置きざりにできたんだろうか。
「きて。はやく」
じれたように言ってくる。
「ああ……。うん」
敷き布団に足を乗せて、歌穂ちゃんの前に座った。
「キスしていい?」
「……うん」
歌穂ちゃんの体に、両手でふれていった。
キスをした。唇だけじゃなくて、頬や首にも。
胸にふれないぎりぎりのところを、手のひらで撫でた。細い体が、びくっとした。
歌穂ちゃんの息が、甘くなっていく。
「さ、さわの……さん」
「ごめんね。ちょっと、気持ちが盛り上がっちゃって」
「いい、けど。どうせ、しないんでしょ……?」
「うーん。うん。そうだね」
「あたし、あたしだって、なにも感じないわけじゃ、ないです」
「うん。そうだよね」
「もてあそばれてるみたいな気分に、なることもある……」
「ごめんね。そういうつもりじゃないよ。
そう思われても、しょうがないなとは思うけど」
「……いつまで、こんなふうなの?」
「いつまでだろうね。歌穂ちゃんが決めていいよ」
「なんか、卑怯な感じがする……」
「かもね。ごめんね。
僕には、僕の事情があるんだよ。
歌穂ちゃんに無理強いしたりは、絶対にしない」
「あたしを……尊重、してくれてるんだ。そう思っても、いい?」
「うん。誰よりも、大事な人だから」
歌穂ちゃんの顔が、真っ赤になった。
「どうしたの?」
「うれしい……」
「かわいいなー」
「かわいくないです」
ぎゅうーっとしてくれた。
だから僕も、それ以上の強さで、歌穂ちゃんを抱きしめた。
猫耳が、僕の耳をかすめた。くすぐったかった。
あたたかかった。それに、やわらかい。
たぶん、もう離れられない。
僕の中には、歌穂ちゃんが生きている。
きっと、歌穂ちゃんの中には、僕が。
それでいいんだ、と心から思えた。
「……ごめんね」
「あなたが、悪いんじゃないです。あたしの問題です。
そっとしておいてほしい部分が、あたしにも、ある。
いくら沢野さんでも、そこには、さわってほしくない……」
「うん。わかった。ごめんね」
「ううん。あたしの方こそ、誤解させてしまって、ごめんなさい」
「わかってたの? 僕が、誤解してたこと」
「わかって……たかな。わかんない。
あなたを追いだしたから、怒ってるんだと思ってました」
「いやいや。LINEの返事は、したよね?
『よかった』って」
「それっきり、なしのつぶてでしたよ。
だから、……あとから、怒ったのかなって」
「怒ってたんじゃないよ。
歌穂ちゃんのことは、ずっと考えてた」
「あたしも、そう思いたかったけど……。
連絡がとれなかったから。どんどん、不安になった」
「僕のこと、どこかであきらめた?」
「それは、ないです。
でも、切りかえました。
あなたのことばっかり考えてるのも、なんだか、いやだったし。
いい年して、祐奈に泣きついてるのも、どうなんだろうなって。
だから、いったん忘れることにした。……忘れられなかったけど。
忘れたつもりになって、大学の子たちと遊んだりしてた。
終わってないなら、いつか、連絡してくれるだろうって、思ってた」
「そうなんだ……」
歌穂ちゃんは、僕のことを、ちゃんと好きでいてくれてたんだ。
だから、LINEや電話をくれた……。
僕に謝りたいと思ってくれていたのかもしれない。
LINEや電話をくれなくなってからも、僕を待っていてくれた。
たまらなかった。
なんて、いい子なんだろう。
「あたし、わかってなかった。
まさか、祐奈が、そんなことになってるなんて……」
「うん。大変みたいだよ」
「ぜんぜん、わからなかったです。
祐奈は、やっぱり強いですよ」
「そうだね……」
「かなしい。なきそう」
「泣かないでー。お願いだから」
夕方になった。
泊まる用意はしてなかったけれど、泊まらせてもらえるとわかったから、遠慮なく泊まることにした。
明日は土曜日だから、仕事のことを考える必要もない。
順番に、お風呂に入った。
僕の後で入った歌穂ちゃんは、猫耳のフードがついたトレーナーを着ていた。
これはトレーナーであって、パジャマではないらしい。歌穂ちゃんが教えてくれた。
僕は、歌穂ちゃんから借りたルームウェアを着ていた。
「これ、かぶせていい?」
「いいですよ」
フードを、歌穂ちゃんの頭にかぶせた。
猫耳の女の子になった。
「かわいい」
否定されなかった。満足そうな顔をしていた。
猫耳に対する評価だと思ったのかもしれない。
「歌穂ちゃんは、猫になりたいの?」
「かも。好きなの」
「僕も、猫は好きだよ。でも、飼いたくはないなー」
「どうして?」
「亡くなったら、泣くから。いやなんだ。
悲しむことになるのがわかってるのに、飼いたくない」
「あー。あたしも、そうかも……。
飼ったこと、あるの?」
「あるよ。実家で。
大往生でね。十才は、こえてたから。
火葬とかも、行ったけど。号泣しちゃって、だめだったね」
「そうなんだ……」
「飼いたい?」
「ううん……。わかんない。
大学に通ってるのに、飼えるわけないし」
「まあ、そうだね」
夕ごはんを食べてから、歯を磨いた。
二人で寝室に行った。
僕の分の布団を出して、床に敷いていった。
敷きおわると、歌穂ちゃんが、掛け布団の下半分に上半分を重ねた。
敷き布団の上に、ちょこんと座って、僕を見上げてくる。
ぐらっとした。
なんだ。これ。誘われてるのかな……。
「どういうこと?」
「べつに。……すこし、いちゃいちゃ、したくて」
「うん。いや、いいんだけどね」
ぼうっとしたような感じで、立ちつくしていた。
どうしよう。
猫耳の歌穂ちゃんは、すごくかわいかった。
わからない。こんなにかわいい子を、どうして、歌穂ちゃんの母親は、置きざりにできたんだろうか。
「きて。はやく」
じれたように言ってくる。
「ああ……。うん」
敷き布団に足を乗せて、歌穂ちゃんの前に座った。
「キスしていい?」
「……うん」
歌穂ちゃんの体に、両手でふれていった。
キスをした。唇だけじゃなくて、頬や首にも。
胸にふれないぎりぎりのところを、手のひらで撫でた。細い体が、びくっとした。
歌穂ちゃんの息が、甘くなっていく。
「さ、さわの……さん」
「ごめんね。ちょっと、気持ちが盛り上がっちゃって」
「いい、けど。どうせ、しないんでしょ……?」
「うーん。うん。そうだね」
「あたし、あたしだって、なにも感じないわけじゃ、ないです」
「うん。そうだよね」
「もてあそばれてるみたいな気分に、なることもある……」
「ごめんね。そういうつもりじゃないよ。
そう思われても、しょうがないなとは思うけど」
「……いつまで、こんなふうなの?」
「いつまでだろうね。歌穂ちゃんが決めていいよ」
「なんか、卑怯な感じがする……」
「かもね。ごめんね。
僕には、僕の事情があるんだよ。
歌穂ちゃんに無理強いしたりは、絶対にしない」
「あたしを……尊重、してくれてるんだ。そう思っても、いい?」
「うん。誰よりも、大事な人だから」
歌穂ちゃんの顔が、真っ赤になった。
「どうしたの?」
「うれしい……」
「かわいいなー」
「かわいくないです」
ぎゅうーっとしてくれた。
だから僕も、それ以上の強さで、歌穂ちゃんを抱きしめた。
猫耳が、僕の耳をかすめた。くすぐったかった。
あたたかかった。それに、やわらかい。
たぶん、もう離れられない。
僕の中には、歌穂ちゃんが生きている。
きっと、歌穂ちゃんの中には、僕が。
それでいいんだ、と心から思えた。
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