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15.スイート・キング7

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 この人は、わたしのもの。
 こんなふうに思うのは、いけないこと?
 罪の意識みたいなものが、ある。
 わたし、心のどこかで、わかっていたような気がする……。
 礼慈さんは、わたしを救ってくれる人だって。
 わかっていたから、礼慈さんのやさしさにつけこもうとした。
 甘えて、誘った。
 でも、すぐにはしてもらえなくて、ひとりでもがいていた。
 わたしは、礼慈さんにふさわしい人間なんだろうか。
 今、この瞬間も、礼慈さんのことを好きな人がいる……かもしれない。
 いるのかな。いない?
 いないわけ、ない……。
 みどりさんは?
 どこにいて、どんなふうに生きてるの?
「祐奈。どうして、泣くの? いやだった?」
「ううん……。わたしから、さそったのに。
 いやなわけ、ない」
「でも、泣いてる」
 困ったような顔をしていた。
「きゅうに、かなしくなっちゃったの」
「理由を教えて」
「わかんない……。わかんないの」
 あなたのものになりたい。
 深く、深く、あなたの心にくいこんで、抜けないようなものになりたい。
 あなたの奥さんになりたい。
 言えなかった。
 両手で涙をぬぐった。
 顔をこわばらせた礼慈さんが、わたしを見つめている。
「泣かないで。俺も、泣きそうになる」
「わかりました。もう、泣かないです」
 笑いかけた。いびつで、ゆがんでいても、かまわなかった。
 礼慈さんが、なにかをこらえるように、顔をゆがませた。
「ごめんね……。なんでも、ないの」
「本当に?」
「うん」

 愛してるって、思う。
 でも、そのことと、わたしが礼慈さんと結婚したがってることは、ぜんぜんべつのことのような気がした。
 生活を安定させたいから、結婚したいの?
 そうじゃない……。
 そうじゃない、はずなのに。
 そうなんじゃないかって、わたし自身が思ってる。
 週に三日のバイトだけして、礼慈さんに生活費を負担してもらってる。
 なんにもしてない。
 去年の五月までは、こんなふうじゃなかった。
 貧乏だったけど、ちゃんと働いていた。
 どうして、こんなことになったの?
 ぜんぶ、ぜんぶ、あの、悪夢みたいなできごとに行きついてしまう。
 あのことがなかったら、礼慈さんとも、きっと、出会うこともなかった……。
 こんなに大事な人と出会えたことさえも、あのことと結びついてる。
 そのことを、心の底から、いやだと思った。
 消えない。一生、消えないかもしれない。
 わたしの心にくいこんでるのは、望んだこともなかったキスと、愛撫だった。

 心が破裂しそう。
 みどりさんは、どうやって、耐えていたの?
 礼慈さんを遠ざけて。たったひとりで。
 わたしの痛みと、みどりさんの痛みが重なる。
 ……ううん。
 わたしがされていたことよりも、もっと、ひどいことがあったのかもしれなかった。
 それでも、わたしみたいに、礼慈さんにすがったりはしなかった。
 強い人だったんだ。わたしとは、ちがって……。
 礼慈さんの手の届かないところに、行ってしまった。礼慈さんの心を、持っていってしまった。
 だから、こんなに不安なの?
 礼慈さんの心は、本当に、わたしに向いてるの?
 わたしをとおして、みどりさんを愛していたりはしない?
 それは、恐ろしい考えだった。
 そうだったとしても、なんにも、不思議じゃなかった。

 うぅーって、泣き声が出てしまった。泣きやむどころじゃなかった。
「祐奈……」
 礼慈さんの声も、泣いてるみたいだった。
 顔を見たら、ほんとに泣いてた。ちょっと、笑ってしまった。
「笑うなよ」
「……だって。あなたがなく、りゆうが、ない」
「あるよ。祐奈が泣くと悲しい」
「そうなの。ごめんね」
「人ごとみたいに言うなよ。もっと悲しくなる」
「いわないで……。ただ、なきたいときが、あるの」
「そうなの?」
「うん」
 うなずいたら、「分かった」と言ってくれた。
 ぎゅうぎゅうとだっこされて、息が止まりそうになった。
 幸せすぎて……。

 ぐすんぐすんと泣いていた。
 そのうちに、ふっと、涙が止まった。

「もう、だいじょうぶ」
「本当?」
「うん。せいりがくるから。こころの、ばらんすが」
「全部の言葉がひらがなで聞こえる」
「それは、なきごえだから」
「だろうな。……すっかり、元気になったと思ってた」
「わたしも、そんなふうに、おもいかけてました」
「俺が、みどりの話をしたから?」
「ちがいます。
 ただ、きずついたんだってことを、ときどき、おもいだすだけ」
「だったら、俺と同じだな」
「あなたも?」
「ああ。引きつれるみたいに、傷が痛む時がある。
 だけど、この傷ごと、俺だから。こうならなかったら、分からなかったこともある。
 時間は巻き戻せない。このままで、生きていくしかない」
「うん……」
 わたしは、あなたと生きていきたい。
 いつか、そんなふうに言える時が、くるんだろうか……。
 今のわたしには、わからなかった。
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