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14.アズ・ポーン3
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駒の音が聞こえることがある。
チェスのじゃなくて、将棋の。もちろん幻聴だ。
奨励会にいた頃に知り合った友達のうちの一人は、今はプロの棋士だ。
山賀博。年は、ひとつ上。
たまに連絡をくれる。
昼の休憩時間にかかってきた電話を取ったら、終業後に会うことになった。
僕の部屋まで、わざわざ来てくれるらしい。
午後七時になる前に、山賀が来た。僕が帰ってきてから、十分も経ってなかった。
左手に、大きめの鞄をさげていた。何が入ってるんだろうと不思議に思った。
「いらっしゃい」
「悪かったな。いきなりで」
「いいよ。明日は、予定があるけど」
「明日? 祝日だっけ」
「うん。山の日」
「チェスの大会?」
「ちがう。デート」
「充実してるな」
山賀が、半袖の開襟シャツの胸ポケットから、黒い扇子を出した。ぱたぱたと、自分の首をあおぐ。
「暑い?」
「暑かった」
「エアコンは入れたから。もう少し、待ってくれれば」
「ああ」
「ごはん、食べる?」
「いいのか」
「うん。そっちのソファーで、待ってて」
「わかった」
うなずいた山賀が、僕の横を通りぬけて、ソファーに向かっていった。
半年前に会った時よりも髪が短くなっていて、さっぱりしていた。
山賀の黒い髪と黒い目は、僕が手に入れられなかったものだ。今後も、手に入れる機会はないだろう。目を黒く見せられるコンタクトをつけても、髪の色までは変えられない。
もっと若い時に、髪を黒く染めたことがあった。美容院から帰ってきた僕を見て、家族全員が微妙な顔をしたので、二度としないでおこうと決めた。妹の奈々が「お兄ちゃん。眉毛も染めないと……」と、おずおずと言ってきた。そういう問題なんだろうか? もうひとりの妹の瑚々は「眉毛を染めても、おかしいと思う。まつ毛の色までは、変えられないんだから」と、あきれたように言っていた。
ひき肉のかたまりをキャベツで包んだ、大きなロールキャベツを解凍して、キッチンばさみで切りわけて出すことにした。これは、歌穂ちゃんが作ってくれた料理だ。
白いごはんを二人分解凍した。それと、スーパーで買ったカット野菜をお皿に移しただけのサラダを作った。
ソファーの前のテーブルに並べた。山賀が、「えっ?!」と大声で叫んだ。
「なんだ、これ。沢野が作ったのか」
「ちがうよ。僕の恋人が作ってくれてる」
「うらやましい話だな」
「これね、ロールキャベツなんだって」
「俺の知ってるロールキャベツと、大きさが違うぞ」
「いいじゃん。大きくても。サラダは、スーパーで買ったカット野菜だよ」
「それは、わかったけど」
「山賀は結婚しないの?」
礼慈みたいに、下の名前で呼んだりはしない。そこまで親しくはない。
親友よりは、戦友に近い。
駒の音しか聞こえない畳敷きの部屋で、正座をして、同じ空気を吸っていた。
「しない。今のところは」
「彼女は?」
「いない」
「そっか」
「いただきます」
「うん。どうぞ」
ロールキャベツを一口食べて、山賀が「うまいな」と、ぼそっと言った。
「おいしいでしょ」
「どんな彼女? 年上?」
「下だよ」
「意外だな」
「えー? なんで?」
「甘えたいタイプじゃなかったか」
「なにそれ。そんなつもりで、生きてないけど」
「そう見えるんだよ」
「ふーん。そうなんだね」
山賀は空腹だったみたいだ。僕が食べおわる前に、お茶碗とお皿がからっぽになった。
「足りない?」
「いや。充分だよ」
僕が食べてる間に、キッチンにお皿を下げてくれた。
水音がしだしたから、洗ってくれてるんだなとわかった。
「そのままでいいよ」
「すぐに終わる」
少しして、ソファーに戻ってきた。携帯の画面に指でふれて、何かを調べてるみたいだった。
僕は、ゆっくり味わいながら食べていた。おいしかった。
歌穂ちゃんが作ってくれた料理を食べてると、歌穂ちゃんからの愛情を食べてるような気分になることがある。今もそうだった。
*作者からのお知らせ*
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
再開します。
今後は、毎日更新は難しいかもしれませんが、なるべくがんばります。
これまでは投稿する時間が固定でしたが、今後は、日によって変えていくかもしれません。(いろんな方の目にとまるようにしたいので)
もしよかったら、お気に入りに入れてやってください。更新の度に、お知らせが届くようになると思います。
「財閥」としていた友也の台詞を、「富豪」に変えました。
コンツェルンっていう意味合いが出るといいなと思って、財閥にしてたんですけど、現代日本では使わない表現のようなので、直しました。やっぱり、ファンタジーじゃなくて、現代日本の話だと思ってもらいたいので……。ファンタジーも書いてるけど。
チェスのじゃなくて、将棋の。もちろん幻聴だ。
奨励会にいた頃に知り合った友達のうちの一人は、今はプロの棋士だ。
山賀博。年は、ひとつ上。
たまに連絡をくれる。
昼の休憩時間にかかってきた電話を取ったら、終業後に会うことになった。
僕の部屋まで、わざわざ来てくれるらしい。
午後七時になる前に、山賀が来た。僕が帰ってきてから、十分も経ってなかった。
左手に、大きめの鞄をさげていた。何が入ってるんだろうと不思議に思った。
「いらっしゃい」
「悪かったな。いきなりで」
「いいよ。明日は、予定があるけど」
「明日? 祝日だっけ」
「うん。山の日」
「チェスの大会?」
「ちがう。デート」
「充実してるな」
山賀が、半袖の開襟シャツの胸ポケットから、黒い扇子を出した。ぱたぱたと、自分の首をあおぐ。
「暑い?」
「暑かった」
「エアコンは入れたから。もう少し、待ってくれれば」
「ああ」
「ごはん、食べる?」
「いいのか」
「うん。そっちのソファーで、待ってて」
「わかった」
うなずいた山賀が、僕の横を通りぬけて、ソファーに向かっていった。
半年前に会った時よりも髪が短くなっていて、さっぱりしていた。
山賀の黒い髪と黒い目は、僕が手に入れられなかったものだ。今後も、手に入れる機会はないだろう。目を黒く見せられるコンタクトをつけても、髪の色までは変えられない。
もっと若い時に、髪を黒く染めたことがあった。美容院から帰ってきた僕を見て、家族全員が微妙な顔をしたので、二度としないでおこうと決めた。妹の奈々が「お兄ちゃん。眉毛も染めないと……」と、おずおずと言ってきた。そういう問題なんだろうか? もうひとりの妹の瑚々は「眉毛を染めても、おかしいと思う。まつ毛の色までは、変えられないんだから」と、あきれたように言っていた。
ひき肉のかたまりをキャベツで包んだ、大きなロールキャベツを解凍して、キッチンばさみで切りわけて出すことにした。これは、歌穂ちゃんが作ってくれた料理だ。
白いごはんを二人分解凍した。それと、スーパーで買ったカット野菜をお皿に移しただけのサラダを作った。
ソファーの前のテーブルに並べた。山賀が、「えっ?!」と大声で叫んだ。
「なんだ、これ。沢野が作ったのか」
「ちがうよ。僕の恋人が作ってくれてる」
「うらやましい話だな」
「これね、ロールキャベツなんだって」
「俺の知ってるロールキャベツと、大きさが違うぞ」
「いいじゃん。大きくても。サラダは、スーパーで買ったカット野菜だよ」
「それは、わかったけど」
「山賀は結婚しないの?」
礼慈みたいに、下の名前で呼んだりはしない。そこまで親しくはない。
親友よりは、戦友に近い。
駒の音しか聞こえない畳敷きの部屋で、正座をして、同じ空気を吸っていた。
「しない。今のところは」
「彼女は?」
「いない」
「そっか」
「いただきます」
「うん。どうぞ」
ロールキャベツを一口食べて、山賀が「うまいな」と、ぼそっと言った。
「おいしいでしょ」
「どんな彼女? 年上?」
「下だよ」
「意外だな」
「えー? なんで?」
「甘えたいタイプじゃなかったか」
「なにそれ。そんなつもりで、生きてないけど」
「そう見えるんだよ」
「ふーん。そうなんだね」
山賀は空腹だったみたいだ。僕が食べおわる前に、お茶碗とお皿がからっぽになった。
「足りない?」
「いや。充分だよ」
僕が食べてる間に、キッチンにお皿を下げてくれた。
水音がしだしたから、洗ってくれてるんだなとわかった。
「そのままでいいよ」
「すぐに終わる」
少しして、ソファーに戻ってきた。携帯の画面に指でふれて、何かを調べてるみたいだった。
僕は、ゆっくり味わいながら食べていた。おいしかった。
歌穂ちゃんが作ってくれた料理を食べてると、歌穂ちゃんからの愛情を食べてるような気分になることがある。今もそうだった。
*作者からのお知らせ*
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
再開します。
今後は、毎日更新は難しいかもしれませんが、なるべくがんばります。
これまでは投稿する時間が固定でしたが、今後は、日によって変えていくかもしれません。(いろんな方の目にとまるようにしたいので)
もしよかったら、お気に入りに入れてやってください。更新の度に、お知らせが届くようになると思います。
「財閥」としていた友也の台詞を、「富豪」に変えました。
コンツェルンっていう意味合いが出るといいなと思って、財閥にしてたんですけど、現代日本では使わない表現のようなので、直しました。やっぱり、ファンタジーじゃなくて、現代日本の話だと思ってもらいたいので……。ファンタジーも書いてるけど。
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