上 下
85 / 206
7.スイート・キング3

しおりを挟む
 二月十四日。バレンタインの日。
 礼慈さんに渡すために、チョコレートを用意してあった。
 昨日、歌穂と一緒に銀座に行った。百貨店の催事場で探して、買ってきた。
 恐竜の形をしたチョコレート。それと、テレビにも出てる、有名なパティシエの人のお店の、値段が高めのチョコレート。
 喜んでくれるといいな……。

 定時で、帰ってきてくれた。
「おかえりなさい」
 廊下を玄関まで歩いて、抱きつきにいった。
「ただいま」
 礼慈さんが笑う。足が浮いちゃう高さまで、抱き上げられた。
「高いです……」
「ごめん」

 夕ごはんは、洋風にした。
 ビーフシチューと、バゲット。アボカドとブロッコリーのサラダ。
 ビールも出そうとしたけど、それはいいって。
 わたしは、ワイン気分で、ぶどうジュースを入れた。

「おいしい?」
「うん」
「あのね、あとで……」
「うん?」
 言いかけた言葉を飲みこんだ。渡す前に、「チョコがあるの」なんて言うのは、へんかなって、思ったから。
「ううん。なんでもない」
 礼慈さんは、ふしぎそうな顔をしていた。

 夕ごはんの片づけをしてから、わたしの部屋に、チョコレートを取りにいった。
 紙袋を持って、リビングに戻った。
「礼慈さん。これ……」
「チョコレート?」
「うん。会社でも、もらいました?」
「いくつか。義理っぽいやつを」
「……ふうん」
「心配だったら、見せるよ。カードとかは、ついてない」
「見たいです。ああでも、よくないのかな……」
「なんで? 同じ部署の人たちとか、清掃の人たちからだよ」
「でも、礼慈さんあてのものです。わたしは、関係ない……」
 礼慈さんの顔が、くもってしまった。
「ご、ごめんなさい。これ、受けとって……」
「うん。ありがとう」
「礼慈さんがもらったもの、見てもいい?」
「もちろん」

 見せてもらって、よかった。コンビニとか、スーパーで売ってるような、あんまり高くないチョコレートだった。本気だったら、たぶん、こういうものは選ばないような気がした。
「二人で食べよう」
「はい」

 恐竜のチョコレートを見て、礼慈さんが、「うわー」と言った。
「うれしい?」
「うん。こんなの、あるんだな」
「もらったこと、ない?」
「ない。俺が恐竜マニアだと知ってるのは、家族の他は、数人だけだし」
「そうなの……」
「あ、小学校が同じだった人は、除いて」
「卒業文集のせいですよね」
「そう」
「わたし、それ、読みたいです。読ませて」
「うーん。考えておく。実家にある」


 礼慈さんよりも先に、お風呂に入った。歯みがきもした。
 その後は、趣味の部屋に行って、猫のパズルをしていた。
「歌穂は、あげられたのかな……」
 つぶやいた。
 昨日、わたしと別れてから、歌穂がどう過ごしたのかはわからない。
 沢野さんに、会いに行ったのかもしれない。

 引き戸は開けっぱなしにしていたから、礼慈さんが近づいてきてるのは、わかっていた。パズルの手を止めて、体ごとふり返った。
 廊下に、礼慈さんの姿が見えた。
「祐奈」
 廊下を向いてるわたしを見て、びっくりしたような顔をしていた。
「もう、寝ますか?」
「いや。祐奈を探してた」
「ごめんなさい。お風呂の後から、ここにいたの」
「いいよ。ここにいていい?」
「うん」

 礼慈さんが、足を広げて、わたしの後ろに座った。
 両手が、胸の下にきた。後ろから、だっこされてる感じ。
 どきどきしてしまった。
「れ、れいじさん」
「さわっても、いい?」
「えっ……」
「いやだったら、しない」
「あの、でも」
「うん」
「ここじゃ、いや……。するんだったら、寝室で」
「一緒に、来てくれる?」
「うん……。今?」
「パズルが終わるまで、待っててもいい」
「後ろからだっこされながら、したことなんて、ないです……」
「集中できない?」
「できないです……」
 持っていたピースを、こたつのテーブルの上に置いた。
 礼慈さんに向き直る。
「もう、つれていって」
 首に腕を回すようにして、抱きついた。
 礼慈さんが、わたしを抱えたまま、立ち上がった。


 寝室のベッドの上で、まどろんでいた。
 ちょうど、十日前に、礼慈さんと遊園地に行った。
 帰ってきてから、セックスをした。その後で、わたしが泣いてしまって……。
 あの日から、前よりもっと、甘やかしてもらってる気がする。

「きもちよかった、です」
「よかった」
「こんなにゆっくりじゃなくても、だいじょうぶです」
「うん。でも、祐奈の感じ方は、俺には分からないから。
 様子を見ながら、させて」
「ありがとうー。
 チョコ、うれしかった?」
「うん」
「よかった……」
「ホワイトデーは、何か、欲しいものある?」
「えー? もらってばっかり、です」
「そうでもないよ」
「なんだろ……。考えておきます」
「うん。そうして」
「ねむたい。ねます」
「おやすみ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

【R-18】残業後の上司が甘すぎて困る

熊野
恋愛
マイペースでつかみどころのない上司とその部下の話。【R18】

処理中です...