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5.トリッキー・ナイト2

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 大学受験をした。
 自信はなかったけど、とにかく、三つ受けた。
 受験料は、沢野さんが出してくれた。ありがたかった。

 三つ目の大学の試験が終わった日の、午後七時。
 沢野さんに電話をした。
「南です。今、大丈夫ですか?」
「うん」
「ひととおり、試験は終わりました」
「お疲れさま。どうだった?」
「うーん……。自信は、あんまりないです。
 あたしが全部落ちたら、ほんとに……引っ越しますか?」
「うん。いいよ」
「あの……。どのくらいお金を貯めたら、あたしの夢の家を、あたしが死ぬくらいまでの間、運営できるんでしょうか?」
「答えたくないなー。その質問には。
 僕には、わからない。わかったとしても、もう、自分を売る仕事はしてほしくない」
「そう、ですよね」
「合格することを祈ってるよ。今日は、会いに行っても平気?」
「えっ。こっちに、来てくれるんですか?」
「うん」
「いいですけど……。仕事の方は、大丈夫ですか。前に、忙しくなるって」
「まあ、それなりに、忙しくはしてるけど。それと、歌穂ちゃんのことは、また別の話だよ」
 それは、そうなんだろうけど。
 声が疲れてる。そう感じた。
「あの。あたしが、そちらに……沢野さんの部屋に、行ってもいいですか」
「いいけど。こわいんじゃなかった?」
「そりゃあ、こわいですけど。外を見ないようにすることぐらいは、できます」
「来てもらっても、いいの?」
「いいですよ。そんなに、遠くないし。電車で行けます」
「うーん。だけど、もう、時間が遅いから」
「じゃあ、泊まりますよ」
「えっ……」
「余分な布団とか、ありますか?」
「あるけど。妹たちの……。でも」
「びびってるんですか」
「うん」
「行きます。沢野さんと、話がしたい」
「……わかった。来てください」


 部屋に入れてもらって、顔を見たら、全身から力が抜けるような感じがした。
 変だな、と思った。あたし、沢野さんに会えて、安心してるんだ。
「少し、疲れてる……みたい」
「うん。正直、そうかも」
「夕ごはんは? 食べました?」
「まだ。一緒に、食べに行こうかと思って」
「そうですか。もし、仕事とか、あるんでしたら、しててください。
 あたしは、夕ごはんを作るんで」
「えっ」
「迷惑ですか?」
「ぜんぜん! ぜんぜん……。いいの? そんなこと、してもらって」
「いいですよ。たまには、料理しないと。やり方を忘れそうだから。
 台所、勝手に借りますよ」
「うん。ありがとう」

 かんたんなものしか、作れなかった。こう言ったら、あれだけど。食材がしょぼい。肉も野菜も、少なすぎる。魚は、なかった。
 次に、ここに来る時は、食材を買ってこなきゃいけないなと思った。
「できました。食べられますか?」
「うん」
「チャーハンとサラダです」
「おいしそー。歌穂ちゃんも、一緒に食べて」
「はい」

 味は、悪くはなかった。祐奈が作ってくれる料理みたいに、ほっとするような味には、なってなかったけど。
「どうですか」
「おいしい……。泣きそうだよ」
「泣かないでください」
「うん」
「仕事、大変……なんですか」
「大変? 大変じゃー、ないな。抱えてる案件が、多いだけで。
 弁護士っていっても、必ず裁判に関わるわけじゃなくて……」
「そうなんですか?」
「うん。話し合いだけで、終わることもある。
 僕の場合は、会社の契約に関する仕事が八割くらい。弁護士っていう響きから、歌穂ちゃんが想像する仕事とは、たぶん、だいぶ違ってると思う」
「そうなんですね」
「試験も終わったし。また、デートしない?」
「あ、はい。したい、です」
 言ってから、はずかしくなった。それに、不安だった。べつの意味に、とられなかったかなって。
 沢野さんは、チャーハンをゆっくり食べていた。
 あたしは、沢野さんを、自分の心のどのへんに置いたらいいのか、まだ、よくわかっていなかった。
 お兄さんみたいにも思える。それこそ、親……みたいにも。
 でも、きっと、沢野さんが望んでいるあたしは、妹とか、子供じゃない。そのことは、わかっていた。
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