46 / 206
5.トリッキー・ナイト2
1-1
しおりを挟む
大学受験をした。
自信はなかったけど、とにかく、三つ受けた。
受験料は、沢野さんが出してくれた。ありがたかった。
三つ目の大学の試験が終わった日の、午後七時。
沢野さんに電話をした。
「南です。今、大丈夫ですか?」
「うん」
「ひととおり、試験は終わりました」
「お疲れさま。どうだった?」
「うーん……。自信は、あんまりないです。
あたしが全部落ちたら、ほんとに……引っ越しますか?」
「うん。いいよ」
「あの……。どのくらいお金を貯めたら、あたしの夢の家を、あたしが死ぬくらいまでの間、運営できるんでしょうか?」
「答えたくないなー。その質問には。
僕には、わからない。わかったとしても、もう、自分を売る仕事はしてほしくない」
「そう、ですよね」
「合格することを祈ってるよ。今日は、会いに行っても平気?」
「えっ。こっちに、来てくれるんですか?」
「うん」
「いいですけど……。仕事の方は、大丈夫ですか。前に、忙しくなるって」
「まあ、それなりに、忙しくはしてるけど。それと、歌穂ちゃんのことは、また別の話だよ」
それは、そうなんだろうけど。
声が疲れてる。そう感じた。
「あの。あたしが、そちらに……沢野さんの部屋に、行ってもいいですか」
「いいけど。こわいんじゃなかった?」
「そりゃあ、こわいですけど。外を見ないようにすることぐらいは、できます」
「来てもらっても、いいの?」
「いいですよ。そんなに、遠くないし。電車で行けます」
「うーん。だけど、もう、時間が遅いから」
「じゃあ、泊まりますよ」
「えっ……」
「余分な布団とか、ありますか?」
「あるけど。妹たちの……。でも」
「びびってるんですか」
「うん」
「行きます。沢野さんと、話がしたい」
「……わかった。来てください」
部屋に入れてもらって、顔を見たら、全身から力が抜けるような感じがした。
変だな、と思った。あたし、沢野さんに会えて、安心してるんだ。
「少し、疲れてる……みたい」
「うん。正直、そうかも」
「夕ごはんは? 食べました?」
「まだ。一緒に、食べに行こうかと思って」
「そうですか。もし、仕事とか、あるんでしたら、しててください。
あたしは、夕ごはんを作るんで」
「えっ」
「迷惑ですか?」
「ぜんぜん! ぜんぜん……。いいの? そんなこと、してもらって」
「いいですよ。たまには、料理しないと。やり方を忘れそうだから。
台所、勝手に借りますよ」
「うん。ありがとう」
かんたんなものしか、作れなかった。こう言ったら、あれだけど。食材がしょぼい。肉も野菜も、少なすぎる。魚は、なかった。
次に、ここに来る時は、食材を買ってこなきゃいけないなと思った。
「できました。食べられますか?」
「うん」
「チャーハンとサラダです」
「おいしそー。歌穂ちゃんも、一緒に食べて」
「はい」
味は、悪くはなかった。祐奈が作ってくれる料理みたいに、ほっとするような味には、なってなかったけど。
「どうですか」
「おいしい……。泣きそうだよ」
「泣かないでください」
「うん」
「仕事、大変……なんですか」
「大変? 大変じゃー、ないな。抱えてる案件が、多いだけで。
弁護士っていっても、必ず裁判に関わるわけじゃなくて……」
「そうなんですか?」
「うん。話し合いだけで、終わることもある。
僕の場合は、会社の契約に関する仕事が八割くらい。弁護士っていう響きから、歌穂ちゃんが想像する仕事とは、たぶん、だいぶ違ってると思う」
「そうなんですね」
「試験も終わったし。また、デートしない?」
「あ、はい。したい、です」
言ってから、はずかしくなった。それに、不安だった。べつの意味に、とられなかったかなって。
沢野さんは、チャーハンをゆっくり食べていた。
あたしは、沢野さんを、自分の心のどのへんに置いたらいいのか、まだ、よくわかっていなかった。
お兄さんみたいにも思える。それこそ、親……みたいにも。
でも、きっと、沢野さんが望んでいるあたしは、妹とか、子供じゃない。そのことは、わかっていた。
自信はなかったけど、とにかく、三つ受けた。
受験料は、沢野さんが出してくれた。ありがたかった。
三つ目の大学の試験が終わった日の、午後七時。
沢野さんに電話をした。
「南です。今、大丈夫ですか?」
「うん」
「ひととおり、試験は終わりました」
「お疲れさま。どうだった?」
「うーん……。自信は、あんまりないです。
あたしが全部落ちたら、ほんとに……引っ越しますか?」
「うん。いいよ」
「あの……。どのくらいお金を貯めたら、あたしの夢の家を、あたしが死ぬくらいまでの間、運営できるんでしょうか?」
「答えたくないなー。その質問には。
僕には、わからない。わかったとしても、もう、自分を売る仕事はしてほしくない」
「そう、ですよね」
「合格することを祈ってるよ。今日は、会いに行っても平気?」
「えっ。こっちに、来てくれるんですか?」
「うん」
「いいですけど……。仕事の方は、大丈夫ですか。前に、忙しくなるって」
「まあ、それなりに、忙しくはしてるけど。それと、歌穂ちゃんのことは、また別の話だよ」
それは、そうなんだろうけど。
声が疲れてる。そう感じた。
「あの。あたしが、そちらに……沢野さんの部屋に、行ってもいいですか」
「いいけど。こわいんじゃなかった?」
「そりゃあ、こわいですけど。外を見ないようにすることぐらいは、できます」
「来てもらっても、いいの?」
「いいですよ。そんなに、遠くないし。電車で行けます」
「うーん。だけど、もう、時間が遅いから」
「じゃあ、泊まりますよ」
「えっ……」
「余分な布団とか、ありますか?」
「あるけど。妹たちの……。でも」
「びびってるんですか」
「うん」
「行きます。沢野さんと、話がしたい」
「……わかった。来てください」
部屋に入れてもらって、顔を見たら、全身から力が抜けるような感じがした。
変だな、と思った。あたし、沢野さんに会えて、安心してるんだ。
「少し、疲れてる……みたい」
「うん。正直、そうかも」
「夕ごはんは? 食べました?」
「まだ。一緒に、食べに行こうかと思って」
「そうですか。もし、仕事とか、あるんでしたら、しててください。
あたしは、夕ごはんを作るんで」
「えっ」
「迷惑ですか?」
「ぜんぜん! ぜんぜん……。いいの? そんなこと、してもらって」
「いいですよ。たまには、料理しないと。やり方を忘れそうだから。
台所、勝手に借りますよ」
「うん。ありがとう」
かんたんなものしか、作れなかった。こう言ったら、あれだけど。食材がしょぼい。肉も野菜も、少なすぎる。魚は、なかった。
次に、ここに来る時は、食材を買ってこなきゃいけないなと思った。
「できました。食べられますか?」
「うん」
「チャーハンとサラダです」
「おいしそー。歌穂ちゃんも、一緒に食べて」
「はい」
味は、悪くはなかった。祐奈が作ってくれる料理みたいに、ほっとするような味には、なってなかったけど。
「どうですか」
「おいしい……。泣きそうだよ」
「泣かないでください」
「うん」
「仕事、大変……なんですか」
「大変? 大変じゃー、ないな。抱えてる案件が、多いだけで。
弁護士っていっても、必ず裁判に関わるわけじゃなくて……」
「そうなんですか?」
「うん。話し合いだけで、終わることもある。
僕の場合は、会社の契約に関する仕事が八割くらい。弁護士っていう響きから、歌穂ちゃんが想像する仕事とは、たぶん、だいぶ違ってると思う」
「そうなんですね」
「試験も終わったし。また、デートしない?」
「あ、はい。したい、です」
言ってから、はずかしくなった。それに、不安だった。べつの意味に、とられなかったかなって。
沢野さんは、チャーハンをゆっくり食べていた。
あたしは、沢野さんを、自分の心のどのへんに置いたらいいのか、まだ、よくわかっていなかった。
お兄さんみたいにも思える。それこそ、親……みたいにも。
でも、きっと、沢野さんが望んでいるあたしは、妹とか、子供じゃない。そのことは、わかっていた。
0
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
魔族転生~どうやら私は希少魔族に転生したようで~
厠之花子
ファンタジー
『昔人間、今魔族──見た目幼女の異世界生活』
360°全て緑──森の中で目を覚ました女性は、自身が見知らぬ場所にいることに気づく。しかも記憶すら曖昧で、自分がアラサー独身女しか思い出せないという悲しさ。その上丸腰、衣服すらない状態である。
それでも何とかしようと歩き回っていると一体のドラゴンに出会う。絶望した彼女だったが、そのドラゴンに告げられた言葉で自身が転生したことを知る。
そう、人間族ではない──謎の絶滅を遂げたはずの希少魔族に。だが、彼女は魔法が全く使えなかった。その代わり、手に入れたのはチート能力『魔素変換』。
段々と同族も現れ、溺愛されたり拝められたりと忙しい毎日を送る羽目に。
これは見た目幼女中身アラサーの異世界記である。
※エブリスタで連載している自作品の改訂版となっております(見切り発車なので所々矛盾点があるかもしれません・・・)
誤字脱字や表現、構成等々まだまだ未熟ではありますが、少しでも読んでいただければ幸いです
ヤクザと私と。~養子じゃなく嫁でした
瀬名。
恋愛
大学1年生の冬。母子家庭の私は、母に逃げられました。
家も取り押さえられ、帰る場所もない。
まず、借金返済をしてないから、私も逃げないとやばい。
…そんな時、借金取りにきた私を買ってくれたのは。
ヤクザの若頭でした。
*この話はフィクションです
現実ではあり得ませんが、物語の過程としてむちゃくちゃしてます
ツッコミたくてイラつく人はお帰りください
またこの話を鵜呑みにする読者がいたとしても私は一切の責任を負いませんのでご了承ください*
心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉
詩海猫
恋愛
侯爵令嬢フィオナ・ナスタチアムは五歳の時に初めて出会った皇弟フェアルドに見初められ、婚約を結ぶ。
侯爵家でもフェアルドからも溺愛され、幸せな子供時代を経たフィオナはやがて誰もが見惚れる美少女に成長した。
フェアルドとの婚姻も、そのまま恙無く行われるだろうと誰もが信じていた。
だが違った。
ーーー自分は、愛されてなどいなかった。
☆エールくださった方ありがとうございます!
*後宮生活 5 より閲覧注意報発令中
*前世話「心の鍵は壊せない」完結済み、R18にあたる為こちらとは別の作品ページとなっています。
*感想大歓迎ですが、先の予測書き込みは出来るだけ避けてくださると有り難いです。
*ハッピーエンドを目指していますが人によって受け止めかたは違うかもしれません。
*作者の適当な世界観で書いています、史実は関係ありません*
【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!
なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」
信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。
私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。
「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」
「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」
「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」
妹と両親が、好き勝手に私を責める。
昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。
まるで、妹の召使のような半生だった。
ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。
彼を愛して、支え続けてきたのに……
「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」
夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。
もう、いいです。
「それなら、私が出て行きます」
……
「「「……え?」」」
予想をしていなかったのか、皆が固まっている。
でも、もう私の考えは変わらない。
撤回はしない、決意は固めた。
私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。
だから皆さん、もう関わらないでくださいね。
◇◇◇◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです。
天上院時久の推理~役者は舞台で踊れるか~
巴雪夜
ミステリー
高校生である天上院時久はある事件を解決してからというのも、警察の協力者となっていた。そんな時久の同級生の皇由香奈に「演劇部の手伝いをしてほしい」と頼まれる。顔合わせのために演劇部の部室である多目的ホールへと向かった時久たちの目の前には――部長の白鳥葵の死体がぶら下がっていた。事件の容疑者として幼馴染の新垣飛鷹が疑われしまい、時久は彼女の無実を証明するために推理することに。
これは役者になれるわけもなく踊り続けた道化にもなれなかった者の、亡き彼女へ向けた想いの結末。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる