バージン・クイーン －強面のイケメンのところに、性欲解消目的で呼ばれるデリヘル嬢の話－

４．スイート・キング２

１－３

　電話したら、「そこで、待ってて」と言われたので、大人しく待つことにした。
「明日も、会うの？　今日は？」
「んー。わかんない。
　『終わったら、教えて』って、言われてる。さっき、ＬＩＮＥはした」
「じゃあ……。沢野さんも、こっちに向かってるってこと？」
「たぶん。そうかも」
「それ、ちゃんと聞いて？　ここで、みんなで夕ごはんとか。どうかな」
「ここで？！　無理だよ。こんな、ぼっろい部屋……」
「見てもらった方が、いいと思う。ずっと、隠しておけないでしょ？」
「隠してるわけじゃ……」
「あと、わたし。歌穂が本当にやりたいこと、聞いてない。教えて、もらえないの？」
「あー。はずかしい夢だよ。ぜんぜん。叶うかどうかも、わかんないような……」
「だからね。その話を、礼慈さんもいるところで、聞きたいの。
　わたしたちで、手伝えることが、あるかも……」
「それは、助けてもらえたら、うれしいけど。西東さんの意見とかも、聞きたいっちゃ、聞きたいけど……」
「だったら、して？　その話。
　もちろん、受験が終わってからでも、かまわないし……」
「うん。するのは、いいんだけど。
　沢野さんがここにくるのかとか、わかってないし」
「呼んで？」
「わかった。電話する……」


　礼慈さんは、近くのスーパーの駐車場に車を停めて、アパートの部屋まで来てくれた。
「ごめんなさい。迎えに、来てもらって」
「いいよ。気にしなくて。もう、帰って大丈夫？」
「そのことなんだけど。これから、沢野さんが来るの」
「ここに？」
「そう。わたし、夕ごはんを作るから、みんなで、ここで食べませんか？」
「いいけど……。歌穂さんは、それでいいの？」
「いいです。あー、もう。なんで、こんなことになっちゃったんだろ……」
「嫌だった？」
「いやとかじゃ、ないですけど。いろんなこと、沢野さんや、西東さんに、ばれちゃって、はずかしいっていう感じです。
　あっ、あたし。仕事は、仕事だって、わりきってますから。同情とか、しないでください……」
　両手で、目のあたりを隠して、歌穂が言った。頬が、すごく赤くなっていた。
　礼慈さんを見た。赤くなってた。それと、困ってるみたいだった。
「ごめんなさい」
「謝らないでください！　お客さんが、そんなふうに感じるのは、あたしのプライドが許さないです。
　祐奈も、祐奈だよ。自分の彼氏が、あたしと、仕事とはいえ、いろいろあったのに。なんで、あたしのことを、ぜんぜん、悪く思わないでいられんの？」
「えっ……。わたしと礼慈さんを出会わせてくれたのは、歌穂でしょ？
　歌穂が、あの仕事をしてなかったら、出会ってないのに……。歌穂は、なにも悪くないよ」
「もー、やだ。祐奈も、西東さんも、人間ができすぎてるんだよ。
　自分が、ちっさいなーって、思う……」
「ちっちゃくないよ！　背も、わたしより、ちょっとだけ高いし」
「そういう話は、してない」
　笑い声が聞こえた。礼慈さんだった。

「楽しそうだね」
　アパートのドアが、気づかないうちに開いていて、玄関に沢野さんが立っていた。少し、こわかった。
「こんばんは……」
　歌穂が、沢野さんの方に向かって、歩いていった。
「ここが、歌穂ちゃんの部屋なんだね。あのねえ……」
「は、はい」
「まじで、泣きそうなんだけど。今日から、僕の部屋に来てよ。
　なんで、こんな、震度４で崩壊しそうなところに住んでるの？」
「あ……。あの。なるべく、お金を使いたくなくて」
「限度があるでしょ。ここ、家賃いくら？」
「三万五千です」
「都内に、あるんだね。そんなに安いところが、まだ」
「長く住んでるので。大家さんが、安くは、してくれてます」
「そうなんだ……」
　沢野さんは、本当に泣きそうに見えた。
「ごめんなさい。あたしは、こういう人間なんです。
　あなたとは、つり合わない……」
　言葉の途中で、歌穂の体が、沢野さんの腕にとらえられて、持ち上がった。歌穂が「ぎゃっ」と言うのが聞こえた。
「なっ、なんで？　やだ。おろして」
「僕と暮らそうよー。まじで」
「ないですから！　あんな高いところじゃ、息ができないです。あたしは」
「引っ越すからー」
「ばかじゃないの？！　その引っ越しに、いくらかかるんですか」
「大した額じゃないよ」
「ふざけないでください。お金を大事にしない人は、きらいです」
「えぇ……」
　沢野さんが、ショックを受けたような声で言った。その間も、歌穂は抱え上げられていた。
「悲惨だな」
　わたしの後ろから、礼慈さんがしみじみと言った。
「ほんと、ですね」
「考えられない。女の子が住むようなところじゃないよ」
「そうですか？　わたしの部屋も、こんな感じでしたけど」
　本当のことを言ったら、涙目になってしまった。
「……ごめんね。言わなきゃ、よかった」
「俺は、どうして、君に誘われた時に行かなかったんだろう」
「聞いてもいい？　どうして、来てくれなかったの……？」
「あの時は、行ったら、君をめちゃくちゃにしてしまうと思ったから」
「めっ……。それって」
「言った方がいい？」
「い、いいです。だめ」
「だよな」