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2.スイート・キング1

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 歌穂が買ってきてくれたお菓子と、うちにあったお菓子をまぜて、座卓に持っていった。
 お茶も入れ直して、四人で話をした。
 最近のテレビのこととか、好きなお菓子のこととか。
 礼慈さんが、趣味の部屋からトランプを持ってきて、みんなで遊んだ。ポーカーとか、大貧民とか。
 楽しい時間だった。あっという間に、五時近くになっていた。

「祐奈。あたし、そろそろ」
「あっ。帰る?」
「うん」
「駅まで送るよ」
 沢野さんが立ち上がった。
「大丈夫です」
「そう?」
「はい。お気づかい、ありがとうございます。
 西東さん、お邪魔しました。カニ、おいしかったです」
「うん。また、おいで」
「……はい。またね。祐奈」
 わたしを見てから、リビングを出ていった。

「歌穂。まって……」
 廊下を進む背中を、あわてて追いかけた。
「うん? どした?」
「沢野さんと、知り合い? 会ったこと、ある……?」
「ううん。ない」
「でも、なんか。……歌穂のこと、すごく気にしてるみたい」
「そう? そうかな。わからない」
「そっか……」
「大丈夫だよ。もう、会うこともないし」
「う、ん」
「祐奈の方こそ。なにかあったら、電話して。ひとりで、泣いてちゃだめだよ」
「うん。ごめんね。ありがとう……」
「いいけど。鍵、かけといてね」
「うん。気をつけてね」

 リビングに戻った。
 礼慈さんが「鍵はかけた?」と聞いてきた。
「かけました。あの、ありがとうございました。いろいろ……」
「俺がしたくて、しただけだから。
 紘一も、もう帰るって」
「あ、そうなんですか」
「うん。お腹いっぱいになった。ごちそうさまでした」
「い、いえ。お菓子、ありがとうございました」
「ううん。気にしないで。じゃあね」
 にこっと笑った。人を、ほっとさせるような笑顔だった。

 沢野さんが帰ってから、礼慈さんに聞いてみた。
「沢野さんって、あの……」
「うん?」
「歌穂のお客さんだったり、しませんか」
「ないと思う。紘一は、ああいうサービスは、利用しない気がする」
「そうですか……」
 だったら、どうして? にぶいわたしにもわかるような、不自然な態度に見えたんだろう……。
「紘一の好みのタイプだと思う」
「えっ」
「つまり、歌穂さんのことが気になってるだけだと思う」
「えーっ……」
 意外でしかなかった。
 言葉を失うわたしを見て、礼慈さんが、まじめな顔になった。
「二人がつき合うようになったら、困る?」
「こまらないけど。だって、歌穂は、あなたと……。そのこと、沢野さんは、知らないわけですよね。あとから、トラブルになったり、しませんか」
「深く知り合っていくうちに、察しはするだろうけど。そうなったとしても、わざわざ、俺に言ってくるようなやつじゃないよ」
「そう……ですか」
 じゃあ、それは、それでいい。そうじゃなくて、問題は……。
「でも……。だって」
「何が心配?」
「あの。あのね……」
「うん?」
「歌穂は、わたしよりも年下です」
「えっ?!」
「見えませんよね……。三つ下です」
「二十一?!」
「うん……」
「それ、冗談じゃないよな」
「もちろん……」
 わたしと話してるうちに、礼慈さんの顔色が、どんどん悪くなっていった。
「どうしたの……?」
「いや。俺とした時に、まだ未成年だったのかもしれないな、と思って。気分が悪くなってるだけ」
「そんなの……。十八才以上なら、法律上は問題ないらしいですよ」
「そういう問題じゃない」
「あの。泣かないでください」
「泣きそうだよ」
 本当に、泣きそうな顔をしていた。
「歌穂さんの親は?」
「いません。いるのかもしれないけど、たぶん……会えてません。
 わたしと同じ施設にいました」
「どうなってるんだ」
「どうって……」
「仕事で来てくれてた時から、あの仕事で生計を立てて、自立してる女性なんだろうと思ってた。祐奈とは違って、プロのデリヘル嬢に見えた」
「……わたしとは、ちがったんですね」
「違ったよ。どうりで、自立してるように見えるわけだ。その年で、親も頼れなかったら、そりゃあ、そうなるよな」
「怒ってるんですか」
「怒ってる……のかな。俺は、歌穂さんには、祐奈に対してしたように、向こうの話を聞こうとはしなかった。そういうことは、失礼なことだと思っていたから。
 だけど……」
「歌穂は、あなたに救ってもらおうとは、思ってなかったと思います。わたしとは、ちがって」
「……うん」
「どこか、さめてるっていうか……。わたしよりも、ずっと、大人ですよ。歌穂は」
「そうなんだろうな」
「そうです」
 言いきったけど、わかっていた。
 さめてて、大人で、強いように見えるだけ。歌穂の……本当の歌穂のことは、きっと、わたしと歌穂しか知らない。
 大学には行かないと決めた後で、就職できなかったと言ってきた時の、弱々しい歌穂の姿を知ってるのは、きっと、わたしだけだった。
 一体、どれだけの覚悟をして、歌穂が、あの仕事を選んだのか……。
 歌穂以外の誰にも、わからない。もちろん、わたしにも。


 すごく、ショックだったみたい。
 礼慈さんは、一人でお風呂に入ってから、寝室に行った。
 わたしが寝室に行った時には、もう寝てしまっていた。
 悲しそうな寝顔だった。ちょっとだけ、したいなと思っていた自分が、はずかしくなった。
 夕ごはんの時間まで、寝かせてあげよう。
 それから、二人で、ゆっくり話ができたら……。でも、今日は、やめておいた方がいいかもしれない。
 明日の月曜から、年末まで、礼慈さんは仕事がある。負担になりたくなかった。

「おやすみなさい……」
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