上 下
17 / 206
2.スイート・キング1

1-5

しおりを挟む
 沢野さんのコーヒーフロートがきた。
「どーも」
「こちらで、おそろいでしょうか?」
「はい」
 礼慈さんが、店員さんに答えた。

「礼慈から、ざっくり聞いただけなんだけど。祐奈ちゃんは、訴える気はないの?」
「えっ?」
「変態社長を、だよ」
「えー……」
 ココアのカップをテーブルに置いて、沢野さんを見た。アイスコーヒーの上にのってるバニラアイスを、スプーンですくって、おいしそうに食べている。
「もう幸せだから、どうでもいい?」
「うーん。わたしみたいに、被害にあう人がいたら、申しわけないとは、思いますけど……。
 関わりたくない、です」
「なるほどね」
「あと、人に話したり、したくないの……。裁判になったら、証人として、話さないといけないんですよね」
「そうだね。加害者が、祐奈ちゃんの訴えをもとにして作る供述調書の内容を認めずに、反論してきた場合は」
「……あの。沢野さんって」
「弁護士だよ。見えないと思うけど」
「え、えー……」
「正直に言っていいから」
 横から、礼慈さんが口をはさんだ。
「ごっ、ごめんなさい。意外でした」
「だよね。
 くやしいけどなあー。明らかな性犯罪なのに」
「そうだな」
「社員の人たちは、認識してた?」
「してた……と思います。社長室は、オフィスのすぐ横にあって、パーテーションで、くぎられてるだけですから」
「まじで、胸くそ悪いなー。……あっ、ごめんね」
「わたしの方こそ、ごめんなさい。この話は、やめませんか」
「そうだね。やめよう」
 沢野さんの手が、グラスを持ち上げた。ストローで、コーヒーを吸っている。
 わたしは、うれしかった。訴える気は、もちろんなかったけど。まったく考えたことがないわけじゃなかった。

「あの……」
「うん?」
「沢野さんは、独身ですか?」
「うん。あ、彼女は募集中だよ。いい人がいたら、紹介してください」
「はあ……」
 いい人と聞いて、まっ先に浮かんだのは、歌穂の顔だった。でも、すぐに、よくないなと思い直した。
 歌穂に、今、彼氏がいるのかどうかを、わたしは知らない。そういう話は、歌穂から聞いたことがなかった。
 でも、もしかしたら、わたしが知らないだけで、いろんな人と、つき合っていたのかもしれない……。
「どうかした?」
「ううん……。いいえ。なんでもない、です」


 沢野さんと別れてから、街をぶらっと歩いて、デートすることになった。
「どこに行きたい?」
「駅ビル……。ケーキ屋さんを、先に見たいの」
「うん。いいよ」

 駅ビルの中にあるケーキ屋さんで、クリスマスのケーキを見た。
 いろんなケーキが置いてあったけれど……。昨日、商店街のケーキ屋さんで見たケーキの方が、おいしそうだなと思ってしまった。
「買っていく?」
「うーん……。帰る前に、商店街に寄っていきたい、です」
「分かった。そうしようか」
「礼慈さんは、見たいものとか、ないですか?」
「本屋くらいかな。行っていい?」
「うん」

 駅ビルの三階にある本屋さんまで、エスカレーターで上がっていくことになった。
「リビングの本棚には、ほとんど漫画がないですよね。
 読みますか? 漫画って」
「実家にある」
「え、ほんとですか」
「読みたいの?」
「うん……。どんなのですか」
「男性向けのやつ。青年漫画っていうのかな。あれは」
「あー。そっちですか」
「どういうのが好き?」
「やっぱり、女の人向けのが好きです。あとはー、少女漫画も」
「施設には、漫画とかあるの?」
「ありますよー。寄付してもらったものだと思いますけど。あとは、職員さんが、好意で、持ってきてくれたり……」

 本屋さんに入った。女性向けの雑誌が置いてある棚を見てから、文芸の新刊のコーナーを見た。
 買いたいと思うような本はなかった。雑誌も。

 しばらく、いろんな棚を見てから、礼慈さんの姿を探した。
 本屋さんの中にある、子供向けのおもちゃのコーナーの前にいた。
 礼慈さんが、わたしを見る。すぐに、視線をはずされたような気がした。なぜかは、わからなかった。
「なに、見てるの?」
「パズル。大して、数がないな」
「あっ……」
「クリスマスのプレゼント。この中に、欲しいのある?」
「買ってくださるんですか」
「うん」
「ここにあるものは……あんまり。パズルだったら、おもちゃ屋さんで、ちゃんと探したいです」
「分かった。今日、行ってみる?」
「ううん。また、べつの時に……。
 ありがとう。ごめんね。わたしが、プレゼントを用意したって、言ったから?」
「それは、まあ。俺だけ用意してなかったんだなと思って」
「先週は、後半に出張があって、忙しかったでしょ? わたしは、ぜんぜん、気にしてないです。あの……ちゃんと、相談してからに、すればよかった」
「ああ……。そうだな。俺も、悪かったよ。
 どんなものをあげたら、君が喜ぶのか、分からなくて……。てきとうに、何かを用意するのは嫌だったから」
「うん。うれしいです。そういう風に、思ってもらえて。
 あのね……。あの、もし、プレゼントしてもらえるんだったらね……」
「うん?」
「クリスマスコフレがほしいです」
「なに? それ」
「化粧品です。クリスマスの、限定のパッケージになってる……」
「そういうのがあるの?」
「うん。パズルよりも、高いかも……ですけど」
「値段のことはいいよ。百貨店とかにあるの?」
「そうです。あとは、通販とか……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

処理中です...