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終章
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北尾塾の塾長・北尾洋二郎は塾長室の机に座り、先生や生徒たちが消えてしまったことについて悩みに悩んでいた。
さっきまで鳴りっぱなしだった机上の固定電話は受話器を外して横に転がしてある。窓のブラインドはすべて下げてあった。
失踪した先生や生徒の家族、マスコミなどの対応に追われ、心身ともにくたくたになっていた。
いったいどうなっているのか北尾にもわからない。説明したくともしようがないのだ。
私が悪いのではない。
まるで犯罪者かのように全国民に糾弾されているが北尾は何もしていない。もし罪があるというなら、あの日出張と偽って、不倫旅行に行っていたことだろう。それはこの事件にはなんら関係ない。
今のところ解決策はなく、前に進むこともできない。
何もかもなかったことにして、一から先生と生徒を集めるか――いや、そんなこと世間が許すはずがない。このままここを手放さなければならないのか。
若かりし頃、北尾は親友の森下と共同経営で塾を始めた。『夢塾』という名の小さな学習塾。
安くて古い小さな一軒家を借り、アットホームな雰囲気でスタートした塾は人気が出てみるみる成長した。
やがて、一等地に三階建ての城を持つことができた。講師を増やし、予備校まで増設した。
生徒たちの夢をかなえるというモットーを森下は何年たっても守っていた。
しかし、北尾は利益に重きを置き始め、塾を独り占めしたくなった。
森下をどうにかして陥れてやろうと画策している中、成績を上げようと叱咤激励した森下に逆恨みした女子生徒がいることを知った。
その生徒は森下から性的ないたずらをされたと警察に通報した。
苦労を共にした相棒がそんな男でないことは北尾が一番知っている。だが、世間から非難を受けた森下を解雇し追い出して、塾を自分のものにした。
社会的に抹殺されたも同然の森下は姿を消した。今もどこにいるのか――生きているのか、死んでいるのか――北尾は知らない。
そんなことをしてまで手に入れた塾をわけのわからない事でつぶしたくない。北尾は目を閉じて頭を抱えた。
軽い地鳴りを感じて顔を上げる。
「地震か――」
震度1か2か。にしては揺れが少し違うような――
ああ、そんなこたぁどうでもいい。いったいこれからどうすればいいんだ――
ドアの開く軋んだ音が聞こえ、閉めたはずのドアが少し開いているのに気付いた。
ここには誰もいないし、誰か来る予定もない。マスコミ関係者が無断で入ってきたのだろうか。
だが、玄関に鍵をかけたことを北尾は思い出した。
おいおい、まさかガラスを割って入ってきたとかじゃないだろうな。訴えるぞ。
北尾が立ち上がろうとした時、ドアがゆっくりと開き始めた。
廊下に大男が立っている。
うつむき加減の顔はぼさぼさの長髪に隠れていて見えない。
臭うほどのひどく汚れた衣服を見て、ここを寝泊りに利用しようとしている侵入者だと北尾は判断した。
「おい、ここは空き家じゃないぞ。早く出ていけ。でないと警察に通報するぞ」
受話器を持ち上げ、ボタンを押す真似をする。
しかし、男は動かない。
「おいっ」
その声で男がゆっくりと顔を上げた。血の塊のような眼球で北尾を見る。半開きの口からは厚ぼったい舌が見え、口の端から涎が糸を引いていた。
荒れた唇を奇妙に歪めて薄笑いを浮かべ、一歩一歩中に入ってくる。手には血に濡れた鉈を持っていた。それが音を立て北尾めがけて振り下ろされた。
2
佑子はあの日からずっと自責の念に駆られていた。
健夫の言う通り塾にさえ行かせていなければこんなことになっていなかったかもしれない。
「きっと帰ってくる」
健夫は祐子にそう言い続けていた。
佑子は涙を拭ってうなずく。
「そうね。
いつかきっと私たちのもとに帰ってくるわよね」
あれから何十回と繰り返されている同じ会話。
佑子は夫の言葉を信じようとしていた。
だが、文也の最後の絶叫は頭の中から消えることはなく、いまだに繰り返し繰り返し聞こえていた。
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