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第壱章──出逢いと別れ──
死せる君と。番外編①
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〈舞子とウィーリの日常〉
朝は掃除から始まる。お金が無いので、使えなくなったタオルや使用済みの茶葉を利用して畳を拭いたり、大根の汁を使って窓ガラスを磨く。此処に来る前は掃除なんてあまり自分ですることが無かった為になかなか重労働だが、やはり自分で綺麗にすると心地が良い。粗方済ませると、次は朝餉を拵える。野菜を切ったり炒めたり等の作業は苦手なので其れは彼に任せて、小さな鍋に入った味噌汁を混ぜたり卓の準備をしたりする。湯気の立つ二つのお椀と小鉢、箸を並べて席に着く。「いただきます」と手を合わせると、お互い無言で食べる。だが不思議と居心地は悪くない。偶に円谷家で出ていたコロッケが恋しくなる時があるが、今はこれで満足している。
朝餉の後片付けを済ませると彼は畑の管理や薪の用意に追われるので、私は食べ物の買い出しや手紙を書いたりする。とは言っても、買い出しは三日に一回行くか行かないか程度で、手紙も一ヶ月に一回なので大抵はすることが無い。一度畑仕事を手伝う為に鍬を持ち上げようとしたが、なかなか持ち上げられないどころか暫く腕が使い物にならなかった。彼に「舞子に力仕事は向いていないな」とはっきり言われたその日は一晩中口を聞かずに彼を困らせたものだ。
昼餉は野菜を売る為に村に寄った為、村の安価な大衆食堂で食べる事にした。お品書きにある料理にはコロッケは無かったので少し気落ちはしたが、意外と料理の種類は豊富だった。彼は焼き鮭の定食を、私は野菜の煮付の定食を頼み少し待つ。麦飯、味噌汁、南瓜と馬鈴薯の煮付、そして梅干しが運ばれてきた。特に煮付の醤油の匂いが鼻腔を刺激し、空っぽの胃がきりきりと痛む。彼の焼き鮭もとても良い匂いがして、思わず目移りしてしまう。「食べるか」と聞かれたが丁重にお断りした。どうやら自分が思うほど釘付けだったらしい。
帰路に着くと太陽は南西方面くらいで、日が沈む前にと彼はテキパキと湯浴みと夕餉の準備を始めた。湯浴みの為の薪をくべている時の彼は冬なのに玉の様な汗をかいている。其れが如何しようもなく凛々しく見え、見つからないように用心して見ていたつもりが、気づくと彼が此方を向いていた。思わず顔を赤くした私は逃げるように立ち去った。勿論夕餉の時に聞かれ、早く仕事を覚える為だと誤魔化したが、彼は人一倍勘が鋭いのと少し微笑んでいたので恐らくそうでは無いと分かっていたと思う。夕餉は変わらず美味しかった。
冬であるせいか、湯浴みを済ませる頃には辺りはもう暗くなり始めていた。藁を編んだ寝具に半襦袢と上着を羽織った状態で横たわり、円谷家から持ってきていた袴を被って寝るのが、私の冬場で寒さを凌ぐ方法である。彼とは横並びで寝るのだが、生きているのを疑う程静かに寝入る。一方私は寝付きが悪く、気がつくと朝を迎えることもあるのだが、村に行った疲労で今日はとても寝付きが良かった。
彼と過ごす中で、円谷家には無かった雰囲気や言動で私は魅了されていた事に気付くものの、この感情が何なのかは未だ分からない。だが間違いなく言えるのは、此れは姉に対する気持ちとは違うものであるという事。姉と再会したあの日から私の心の居場所は既に決まっている。生きる意味とは何なのか、此処に来て漸く見つけたのだ。だからこそ私は、出来るだけ永く此処に居たいと思った。
朝は掃除から始まる。お金が無いので、使えなくなったタオルや使用済みの茶葉を利用して畳を拭いたり、大根の汁を使って窓ガラスを磨く。此処に来る前は掃除なんてあまり自分ですることが無かった為になかなか重労働だが、やはり自分で綺麗にすると心地が良い。粗方済ませると、次は朝餉を拵える。野菜を切ったり炒めたり等の作業は苦手なので其れは彼に任せて、小さな鍋に入った味噌汁を混ぜたり卓の準備をしたりする。湯気の立つ二つのお椀と小鉢、箸を並べて席に着く。「いただきます」と手を合わせると、お互い無言で食べる。だが不思議と居心地は悪くない。偶に円谷家で出ていたコロッケが恋しくなる時があるが、今はこれで満足している。
朝餉の後片付けを済ませると彼は畑の管理や薪の用意に追われるので、私は食べ物の買い出しや手紙を書いたりする。とは言っても、買い出しは三日に一回行くか行かないか程度で、手紙も一ヶ月に一回なので大抵はすることが無い。一度畑仕事を手伝う為に鍬を持ち上げようとしたが、なかなか持ち上げられないどころか暫く腕が使い物にならなかった。彼に「舞子に力仕事は向いていないな」とはっきり言われたその日は一晩中口を聞かずに彼を困らせたものだ。
昼餉は野菜を売る為に村に寄った為、村の安価な大衆食堂で食べる事にした。お品書きにある料理にはコロッケは無かったので少し気落ちはしたが、意外と料理の種類は豊富だった。彼は焼き鮭の定食を、私は野菜の煮付の定食を頼み少し待つ。麦飯、味噌汁、南瓜と馬鈴薯の煮付、そして梅干しが運ばれてきた。特に煮付の醤油の匂いが鼻腔を刺激し、空っぽの胃がきりきりと痛む。彼の焼き鮭もとても良い匂いがして、思わず目移りしてしまう。「食べるか」と聞かれたが丁重にお断りした。どうやら自分が思うほど釘付けだったらしい。
帰路に着くと太陽は南西方面くらいで、日が沈む前にと彼はテキパキと湯浴みと夕餉の準備を始めた。湯浴みの為の薪をくべている時の彼は冬なのに玉の様な汗をかいている。其れが如何しようもなく凛々しく見え、見つからないように用心して見ていたつもりが、気づくと彼が此方を向いていた。思わず顔を赤くした私は逃げるように立ち去った。勿論夕餉の時に聞かれ、早く仕事を覚える為だと誤魔化したが、彼は人一倍勘が鋭いのと少し微笑んでいたので恐らくそうでは無いと分かっていたと思う。夕餉は変わらず美味しかった。
冬であるせいか、湯浴みを済ませる頃には辺りはもう暗くなり始めていた。藁を編んだ寝具に半襦袢と上着を羽織った状態で横たわり、円谷家から持ってきていた袴を被って寝るのが、私の冬場で寒さを凌ぐ方法である。彼とは横並びで寝るのだが、生きているのを疑う程静かに寝入る。一方私は寝付きが悪く、気がつくと朝を迎えることもあるのだが、村に行った疲労で今日はとても寝付きが良かった。
彼と過ごす中で、円谷家には無かった雰囲気や言動で私は魅了されていた事に気付くものの、この感情が何なのかは未だ分からない。だが間違いなく言えるのは、此れは姉に対する気持ちとは違うものであるという事。姉と再会したあの日から私の心の居場所は既に決まっている。生きる意味とは何なのか、此処に来て漸く見つけたのだ。だからこそ私は、出来るだけ永く此処に居たいと思った。
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