死せる君と。

木蔦空

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第壱章──出逢いと別れ──

死せる君と。捌話

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 姉との月に一回の文通が私の楽しみになっていた。私の書いた手紙は彼が買い出しに行くついでにと、街まで届けてもらっている。姉と再会して数ヶ月、木々を彩る紅葉もみじは舞い散るさくらへと移り変わっている。彼と出逢ったあの日から半年が過ぎ、私は何時しか彼の事を知りたいと思い始めていた。考えてみれば彼の事なんて、殆ど知らないに等しい。私ばかり情けない所を見せているのに、彼は何も語らない。思い切って今日の夜、過去の事について聞いてみようと、彼に話を持ちかけた。

 彼は意外にも、素直にれに応じた。てっきり断られるとばかり思っていた為に少し驚く。
「茶を入れたから、飲みながら話そう」
雲はなく澄み切った空には、満月と鼓星つづみぼしきらめいている。二人分の湯呑みを持った彼は、欠けていない綺麗きれいな方を私の前に置いた。安く手に入ったと、独特な芳香ほうこうを放つ黄金こがね色の液体の入った湯呑みに口を付けた彼は、らすように、でも淡々と話し始める。

 彼の話は実に興味深かった。幼少期は家族の為に働いていた事、其処で彼の配偶者と出逢った事。戦争に傭兵ようへいとして家を空けている間に、其の人は流行病はやりやまいで亡くなってしまった事。何れも私が経験し得なかった事だった。

 また、彼は熱心なプロテスタントである。仏教の様に偶像崇拝ぐうぞうすうはいはせず、聖書のみを信じるというものだ。彼が常に分厚い本を持っていたのもその為だろう。中に書いてある字は全て異邦語いほうごで何も読め無いが、其れでも興味を示す私に、彼はある一節だけを私に教えてくれた。

『For his anger is but for a moment, and his favor is for a lifetime. Weeping may tarry for the night, but joy comes with the morning.』

 流暢りゅうちょうな異邦語でつむがれる其の言葉は、意味は分からずとも、何故か心に響くものがあった。彼は此の一節は『怒りは一瞬、一晩中泣いても、朝が来れば喜びが訪れる』という意味だと言った。

 茶も冷めた頃、私は異常な眠気を感じていたが、彼は其の原因は茶の所為だと言った。時が経つにつれ、眠さで段々と視界がぼやけてゆく。立つこともままならない私に彼は肩を貸してくれた。薄れ行く意識の中で、彼の優しさが身に染みて感じ、胸の奥が熱くなるのと同時に、大きな無力感に苛まれる。寝間のふすまを捉えた其の時、とうとう私の意識は途絶えた。
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