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第壱章──出逢いと別れ──
死せる君と。
しおりを挟む───もう全て終わりにしよう。
勧められた縁談を断ってから豹変し首を絞める幼馴染。私の頬を引っぱたく父様。涙を浮かべ穀潰しだと罵る母様。挙句の果てにはいつも味方だった姉さんは家を開けて、その場には居ない。
驚きと怒りで疲労困憊に至った私は段々と意識が遠のいていく感じがして、このまま死んでも良いと思った。
不運なことに、目が覚めるとそこは極楽でも何でも無く住家の寝間だった。窓から差し込む旭光は夢うつつだった私の網膜をゆっくりと現実へ引き戻す。
「死ねなかった」
悔い気味にボソッと言うと、鉛のような身体を持ち上げ、先程まで私を挟んでいた夜具を丁寧に畳んでゆく。
適当に着替えしばらくすると、父様の私を呼ぶ声が聞こえたため、居間へ向かった。
襖を開けると、父様と母様、何時戻ってきたのか姉さんが卓を囲んで居り、私も座るよう催促された。
空いている位置に座るや否や、父様は『お前には円谷家と見切りをつけてもらおうと思う。用意が出来たら、直ちに此処から立ち去るのだ』と言った。
この事は頭の鈍い私でも予想は出来たため心は決めていたが、更に言葉を発しようとした父様を遮り
「舞子は何も悪くありません。自分の考えを行動に移しただけです」
私の姉さん──鳴子はそう訴えた。
私の味方をしてくれていた姉さんは何時も頼もしく見えていたが、この時ばかりは軽蔑した。すると、今まで口を開かなかった母様はこれは仕方がないことだ。もうどうしようもならないのだと赤子をあやす様に姉さんに説得した。
私はそのまま何も言わずに居間を後にし、引き止める姉さんの声は、何も聞かなかった。
支度を終えて、玄関へ向かう私に姉さんはバタバタと音を立てて私を呼び止めた。
「円谷家の次期当主がはしたないですよ。今更姉さんに引き止められたところで、もうこの家の敷居を跨ぐことは無いでしょう」
自分でも驚く程低い声で姉さんに告げたが、姉さんは予想した事とは違うことを口にした。
「舞子は頑固な子だから、何を言っても変わらない事は知ってるわ。その代わり、これだけは覚えていて欲しいの。私と舞子はどこに居ても、どんなに離れていても血の繋がった姉妹だってこと。互いが互いを忘れないように持っていて」
そう言って私の掌に被せるようにして乗せてきた姉さんの手の中には竜胆を模した控えめな髪飾りがあった。
竜胆は姉さんの好きな花である。庭にある花壇に植えては毎日の様に世話をしていた程に。
予想外の出来事に目頭が熱くなったが、私の気持ちは変わらない。髪飾りと今までのことに感謝を述べ、玄関を後にしたが、両親は居なかった。
これは私元円谷家次女の舞子が、第一次世界大戦から数年後、乃ち昭和初期の寒露に近づく頃に起きた話である。
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