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終章:エピローグ
戦う理由
しおりを挟むかつての戦いで左腕を消し飛ばしたエリクに対して、狼獣族エアハルトはその因縁を決着させる本気の戦いを望む。
それに応えるエリクは、老騎士ログウェルとの戦いで見せた黒く染まる右拳を見せた。
それは五百年以上前の魔大陸において、【最強の戦士】と呼ばれた者が用いた業。
エリクの魂に宿る生前の【鬼神】さえ殺す一撃となった技術でもあった。
この業をエリクが自分自身の意思で使えるようになった経緯は、それを実際に受けた【鬼神】にある。
『大樹事変』から四年間の間、エリクは就寝中にも魂内部でフォウルとの精神訓練を続けていた中で聞いた話だった。
『――……老騎士の時にやった技を使いたいだぁ?』
『ああ。アレがどういう技なのか、お前は知っているんだろう? 教えてくれないか』
『……』
真面目な表情で問い掛ける精神体のエリクに、フォウルは表情で嫌であるという意思を見せる。
そしてエリクから視線を逸らすと、そのまま白い地面に胡坐を掻いて座りながら言い放った。
『テメェ。自分を殺した技を俺に教えろってのは、どういう頭してんだ?』
『……そういえば、そうだったな。すまない』
『ケッ。……あの赤い坊主と一緒だ』
『!』
『確か、生命の火だったか? 原理はアレと一緒だろ』
『原理が一緒……?』
『自分の生命力に、自分の魂……その適正を合わせる。すると生命力に、魔力と同じ属性を合わせて合体できる』
『!』
『赤い坊主の場合、あの生命の火は生命力と魂から抽出した火属性魔力を合わせた業だ。だがそれを肉体に纏わせたり、肉体そのものを炎に変えちまうなんてのは、火の到達者の血を継いでるからこそ出来るんだろうがな』
『……じゃあ、俺のアレは……?』
『テメェの魂が適合してるのは、土と闇の魔力属性だろ。火は俺の魔力適正だから使えてるだけだしな。だったらそれと生命力を合わせて身体に纏わせりゃ、出来るんじゃねぇか』
『……そうか、分かった。ありがとう』
『フンッ』
フォウルからその助言を受けたエリクは、それから四年の月日でその技法を使えるように鍛錬を行う。
それを覚える助けとなったのは、『生命の火』を扱えるユグナリスと実際に戦い、ローゼン公爵領に留まった時だった。
ウォーリスからドルフの影魔法を習得する為に学ぶエリクは、その間にユグナリスとも話して『生命の火』を使う為の感覚を教わる。
『――……俺が使ってる、生命の火ですか?』
『ああ。お前は、どうやって使えるようになった?』
『どうやってと言われると……俺自身、よく分からないまま使えるようになったので……』
『じゃあ、今は? 自分の意思で出来ているんだろ』
『ええ、まぁ。……そうですね。今は生命力と魔法を一緒に発動させて、使っている感覚でやってます』
『生命力と魔法を、一緒に?』
『はい。あと、自分の心を激しく燃やすようなイメージも。それで、自分の意思で使えるようになりました』
『心を燃やすイメージか……。……そうすれば、誰でもお前と同じ事が出来るのか?』
『いえ、それは……。どうやら俺の血筋は、少し特殊みたいで。誰でもってわけじゃないと思います』
『……そうか』
ユグナリスと実際に話し、『生命の火』の扱う感覚についてエリクは聞く。
しかしその話を聞いても自分には出来ず、数多の知識を持つウォーリスにも相談を持ち掛けた。
『――……ルクソードの一族は、火の属性を支配する到達者の末裔だと言われている。皇子が扱う生命の火も、その末裔が受け継ぐ特殊能力の一つだとゲルガルドの研究記録には記載されていた』
『そうなのか。……じゃあ、他の者では同じ事は出来ないか?』
『……完全に再現は不可能だろうが、似た事なら出来る』
『なに?』
『そうだな。――……この木剣を、お前の土魔法で剣の形を保ったまま覆ってみてくれ』
『ああ』
ウォーリスは何かを考えてから提案し、それを受けたエリクは右手に持つ木剣に魔力で生み出した土塊を纏わせる。
それが成功した事を確認したウォーリスは、ある方法を続けて述べた。
『次はその土塊ごと、木剣に生命力を込めてくれ』
『分かった。――……こうか?』
『そうだ。そのまま、そこの地面に軽く突き刺してくれ』
『あ、ああ?』
続けられる提案にエリクは首を傾げながらも、生命力と土塊で覆われる木剣を地面に刺す。
すると木剣は地面に刺さりながらも、それを覆う土塊は刺した地面の周囲で先端が崩れながら砕けた。
それを見たエリクは、その現象に首を傾げながら疑問を呟く。
『これは……』
『どうやら魔力で作り出した土塊は、生命力に覆われることで逆に脆くなったようだな』
『……魔力と生命力の、相性という奴か?』
『その通りだ。基本的に魔力で作り出した物体は、魔力を継続的に流動させ維持しなければすぐに崩れてしまう。そして流動させている魔力より強いエネルギーに弱いという特性がある。生命力もその弱点だ。……その二つを合わせて用いるのは、本来ならば至難の技だ。特殊な技能を持つ種族以外は、はっきり言って併用して使うのは無理だろう』
『……なら、王子の生命の火は?』
『アレは恐らく、生命力の性質そのものを火のように変化させているのだろう』
『生命力の性質を、変化させる?』
『それはアズマ国の武芸者達が用いる技法だが。自身の生命力を様々な形に変化させ、様々な技に用いている。忍者と呼ばれる者ならば、それを利用して魔力を用いた分身と似た分身も作り出せるらしい』
『!』
『生命力の形を自在に変化させる技術は、アズマ国でも一握りの聖人が幼い頃から修練を行い習得するそうだ。皇子がやっている生命の火も、それと似通った使い方なのかもしれないな』
『……生命力の、性質変化……』
ウォーリスはユグナリスやアズマ国で用いられる生命力の技術について、そうした性質変化の存在も教える。
様々な知識を得たエリクは、影魔法を習得してから帝国領を出てからも三年の時を経て生命力の性質変化を我流で学び続けた。
そしてついに、エリクは生命力を用いた性質変化を自分の意思で使えるようになる。
それが反映された証明として、膨大な生命力を収束した右拳を黒く染め上げられるようになった。
実際にその光景を目にするエアハルトは、エリクの黒い右拳が危険であることを野生の勘で察知する。
更に肉体に反映される程の莫大な生命力を嗅覚と肌身で感じ取りながら、鋭い眼光で見据えながら身構えた。
「――……その手は……ッ!!」
「……行くぞ」
「!」
魔人化して身構えたエアハルトに対して、エリクは初めて先制となる踏み込みを見せる。
そしてその場から駆け跳び、エアハルトの眼前まで迫った。
すると黒く染め上げられた右拳を力強く握ったまま、凄まじい剛腕で上段から真下へ振り下げる。
エアハルトは単純にも見えるその攻撃が最小限の回避だけでは危険である事を察知し、電撃を纏わせ身体能力を向上させた速度で飛び退いた。
しかし次の瞬間、エアハルトの眼前は大量の地面に覆われる。
それは振り下ろしたエリクの右拳が、地面に直撃しないまま拳圧だけで地面を容易く抉り飛ばした影響だった。
「ッ!!」
「うぉっ!?」
大量の土が宙を舞いながら地面を大きく揺らすと、避けたエアハルトや観戦しているケイルにも飛び散る砂利が浴びせられる。
そうして地響きや舞っていた土や草が全て落下し終えると、エリクにも幾らか土が被り、更にその周囲に半径二十メートル以上にも及ぶ巨大な陥没が出来上がっているのを二人は視認した。
「……!?」
「まさか、あの右拳だけで……!?」
「――……やはり、調整が難しい」
陥没の中から足を進めて出て来るエリクは、一息を零しながら頭や身体に掛かった土を左手で払う。
すると黒く染まっていた右手も元の肌色に戻っており、エアハルトはそれを確認しながら呟いた。
「……奴のアレは、一発でも放てば消える。そして溜めるのも時間が掛かる……なら、その前に斬り殺すッ!!」
「!」
エリクの強力な必殺技を即座に見切ったエアハルトは、今の隙を逃さず一気に駆け出す。
電撃を纏わせ向上させた速度は瞬く間に距離を詰め、エリクの眼前に迫りながら伸ばした右爪に電撃を纏わせて切り裂いた。
しかしエリクの顔を両断しようとした瞬間、凄まじい速さでエアハルトの爪は右手ごと何かに払われる。
すると金属同士が衝突したような音が鳴り響き、エアハルトの左手の爪は砕かれながら驚愕と痛みの表情を露にさせた。
「!?」
その時にエアハルトが見たのはエリクの左手であり、爪を受けた左手の内側は黒く染められている。
既に相手の左手が黒く変化し始めていた事に気付いたエアハルトは、爪に纏わせた電撃が効いていない事に驚き、着地した右足を跳ねて再び後退の跳躍を見せた。
しかしエリクはそれを追撃せずに、開いた左手を構えながらエアハルトが飛び退く前方へ突き出すように左腕を押し伸ばす。
すると次の瞬間、後退して僅かに宙に浮くエアハルトに対して視えざる衝撃波が直撃した。
「ガ、ハァ――……ッ!!」
その衝撃波はエアハルトの胴体に諸に直撃し、その口から大量の吐血を引き起こさせる。
更に二人の間にある地面を大きく吹き飛ばすと、そのままとエアハルト自身も土埃の中に巻き込まれて消えた。
この状況を観戦していたケイルは、自身を覆う外套で舞い散る土埃を払う。
そしてエリクの新技を改めて確認し、自身の推察を述べた。
「ありゃ、圧縮した生命力を放ってるのか……。要領は、気力斬撃と一緒だろうけど……」
「……また、失敗した」
「え――……!?」
エリクが行っている新技を生命力を圧縮した砲撃だと考えたケイルだったが、それを否定するようにエリクは微妙な面持ちを浮かべる。
その口の動きを見て今のがエリクの行おうとした新技ではない事を理解したケイルは、別の意味で驚きを見せた。
すると土煙の中から、口から吐血し魔人化が解けて人間の姿に戻ったエアハルトが現れる。
しかし右腕は逆方向へ折れ曲がり、左足も引きずるような状態で辛うじて立っているのがやっとに見えた。
そんなエアハルトに対して、エリクは歩み寄りながら呼び掛ける。
「これ以上は止めておけ、本当に死ぬぞ」
「ハァ……ハァ……。……ま、まだ……だ……っ!!」
「さっき使った技は、二つとも失敗だった」
「……!?」
「成功した技を撃てば、お前は確実に死ぬ。……もう止めておけ」
「……それが、侮辱だと言っている……ッ!!」
諭すように伝えるエリクに、エアハルトは無事な右足を微かに前へ歩ませる。
しかし攻撃を受けた肉体の損傷は深く、そのまま前へ傾きながら抉られている地面へ倒れた。
それでも僅かに顔を上げて闘志を衰えさせぬ視線は、エリクを捉えながら右足を漕ぐように地面を這う。
するとエリクは、そんなエアハルトに更に歩み寄りながら問い掛けた。
「お前は、死ぬのが怖くないのか?」
「……当たり前……だ……っ!!」
「そうか。……俺は、死ぬのが怖い」
「……なん、だと……?」
「俺は戦う時、いつもその相手に殺されるのが怖い。……だから俺は、戦っている時に死にたくないと思える」
「……それは、貴様が……臆病者だからだ……!!」
「そうだ、俺は臆病だ。だから死なない為に、そして周りに居る者達を死なせない為に、俺は強くなった」
「……そんな、もの……」
「お前は、何の為に強くなった?」
「……俺は……俺の、矜持を……守る為に……!」
「それは本当に、命を失ってでも守りたいモノなのか?」
「……何が、言いたい……!?」
「お前しか持たない矜持は、お前の命が失われた時点で無くなる。……だが俺が守りたいモノは、俺が命を失っても生き続ける」
「……!」
エリクはそう言いながら、見下ろしていた視線を別方向へ移す。
それを睨みながら見ていたエアハルトは、同じ方向へ視線を向けた。
するとそこには、二人の戦いを見届けるケイルが居る。
そしてエリクは改めて、自分が守りたい者を教えた。
「俺は、戦うのが嫌いだ。だが俺を大事にしてくれる者の為なら、幾らでも戦える。……最後の時まで」
「……ッ!!」
「もう一度だけ言う。……俺にはもう、今のお前と戦う理由は無い」
「……ク、ク……ソ……ッ!!」
エリクはそう言い残し、そのまま倒れるエアハルトから離れる。
それを伏したまま見送るしかないエアハルトは、表情を歪めながら立ち上がれぬ自身の無力を嘆くように涙を流した。
するとエリクはケイルの傍まで歩み寄り、声を掛けながら伝える。
「行こう」
「……あの野郎、放っておいていいのか?」
「ああ。……俺と奴は、戦う理由が違う。だからきっと、今は御互いを理解できない」
「……そりゃ、違うのは当たり前だろ」
「そうかもしれない。だがあの時……ログウェルと戦った時は、あの男の気持ちが少しだけ理解できた」
「!」
「あの男も、自分以外の大事なモノの為に戦っていた。そしてあの男の一撃一撃が、俺にまだ死ぬなと、最後まで足掻いて諦めるなと言い続けているように思えた」
「……エリク……」
「俺とあの男は、きっと同類だった。……さっき奴と戦って、それが改めて再認識できた」
「……そっか」
二人はそう話しながら歩み、その場から離れて元の場所に戻っていく。
そして残されている瀕死のエアハルトは、再び敗北を喫したことに涙しながら地面に顔を埋めるしか無かった。
こうして二人の二戦目は、エリクの圧勝で終わる。
しかし互いの戦う理由から決着は果たせず、因縁は切れないまま残り続けるのだった。
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