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終章:エピローグ
化物の末路
しおりを挟むそれから革命軍は『解放の騎士』の指揮で小都市に籠城し、討伐軍を迎え撃つ。
実は革命軍の占拠する小都市とその周辺に集まった民の数は情報通り三万程であったが、戦力となれる人員は一万人にも満たない。
そして討伐軍は複数の領地から集められた兵の数を総合すると、その三倍である三万には届いていたようだ。
その中には騎士団や魔法師団も含まれており、その兵力こそが最初から定められていた正式な討伐軍である事を証明している。
それ等に包囲され補給線を経たれた小都市の革命軍達は、進軍の為に蓄えていた物資を使い潰しながら、討伐軍と相対する事に成った。
この戦局において、防衛側の革命軍は善戦したと言ってもいい。
魔法が使える者など少ない中で上手く人員を配置して要所を守り、防壁の外に迎撃する事はしなかった。
それでも各方角を完全に守り切る事は出来ず、北側の防壁が破城槌で破壊され一時は討伐軍が流れ込む事態となる。
革命軍の同志達はそれを抑え込み、辛うじて押し返した土壌で破壊された壁を埋め直すことに成功した。
しかしその被害は大きく、三日間の攻防において革命軍の死者は二千人以上に及ぶ。
負傷者は更にその倍で及び、日に日に減っていく物資によって革命軍は追い詰められていった。
そんな時、討伐軍から一人の使者が小都市の門前まで訪れる。
するとそこで待機している革命軍の兵士に対して、こうした内容の言葉を向けたそうだ。
『――……討伐軍の総指揮を務める、王太子の御言葉を伝える! 今回の動乱を扇動した首謀者と、その父親である逆賊の騎士の首を差し出せ!』
『!!』
『その二つの首を差し出せば、他の者達の罪は問わず許すことを王太子が約定しよう。――……それを受けられぬ場合、この小都市に居る者は全て殺す! 以上、他の者達にも伝えよっ!!』
使者はそう言いながら乗って来た馬と共に素早く立ち去り、その言葉は小都市内の多くの者達に伝わる。
補給線を断たれ負傷者を多く抱え込んだまま増援も見込めない現状において、革命に参加した民の多くは精神的な疲弊を強くしていた。
すると使者が訪れた後、再び革命軍と討伐軍の攻防が始まる。
しかし突き崩された防壁を重点的に攻められ、そちらに戦力を傾けると別方向の防壁へ仕掛けられ損害を受けるという連鎖が続き、革命軍は更に戦力を衰えさせた。
結果としてその使者の要求は、こうした絶望的な状況下において民達の心を一方に傾ける。
そしてその狂気が膨れ上がるのもまた、数日も掛からなかった。
『――……ウワァァアアアッ!!』
『!!』
『何をするっ!?』
『グァッ!!』
革命軍を陣頭で指揮していた彼の息子は、絶望で狂気した民の持つ一本の短剣で襲い掛かられる。
しかしそれは護衛をする同志によって阻まれ、短剣を弾かれながら地面へ圧し倒された。
それでもその民は、狂乱するように泣き喚きながら言い放つ。
『もう、こうするしか……俺達は助からないんだっ!!』
『!!』
『皆も聞いたろ、討伐軍の要求を! 解放の騎士とその父親の首を持っていけば、俺達は助かる――……うぐっ!!』
『黙れよ、オイッ!! ――……な、なんだ……!?』
叫ぶ民の顔を地面へ抑え込んだ革命軍の同志だったが、その言葉に触発された周囲の者達がその表情の色に変化を見せ始める。
そして彼等の視線は自然と動き、革命軍の指導者に向いた。
すると各々が自身の手に持つ武器を見ると、再び指導者に視線を向けながら歩み寄り始める。
それを見た息子の仲間達は、表情を強張らせながら言い放った。
『……逃げろっ!!』
『えっ!?』
『コイツ等、お前を殺る気だっ!! 親父さんと一緒に逃げろっ!!』
『で、でも――……』
『――……ウワアアアアアアアッ!!』
『!!』
『行けっ!!』
逃げるように促す仲間達の言葉と共に、武器を向ける周囲の民兵達が一斉に押し寄せる。
そして仲間達は息子を逃がす為に殿を務めながら、散り散りとなった。
その出来事が革命軍の内部決裂は決定的にし、首謀者とその父親の首を差し出す者達が大勢で現れる。
それに抗う者も居たが、そうした者達もその狂気に飲まれ、殺されるか従うかのどちらかとなった。
そうした状況になっている事を知らない彼は、革命軍によって倉庫に中で閉じ込められている。
自力で出ようと思えば出られたが、どちらに味方するべきか迷っていた彼にはそうした選択すら判断できずにいた。
しかしそれを知っている狂気の民兵達が、倉庫の扉を開け放つ。
そして武器を持ち、血走った眼を向けながら彼に告げた。
『――……アンタが、解放の騎士の父親だな?』
『……?』
『アンタ達の首を持っていけば、俺達は助かるんだ。――……だから、死んでくれよっ!!』
そう叫ぶ民兵に対して、彼はその言葉だけで外の状況を理解する。
すると向かって来る民兵達に対して左腰に提げている鉄剣を素早く引き抜きながら迫り、瞬く間にその身体を切り裂いた。
叫び声すら上げる暇も無かった民兵達は、そのまま死体となって血溜まりを生み出す。
そして息子を探す為に倉庫から出ると、次々と武器を持った民兵達が押し寄せて来る姿を目にした。
『――……居た! アイツだっ!!』
『アイツの首を獲るんだよっ!!』
『家族を生かす為にも、殺すしかないんだっ!!』
民兵達は武器を構えながら、彼の首を獲ろうと次々と襲い掛かる。
その中には非戦闘員のはずの老人や女の姿もあり、彼は僅かに表情を渋らせた。
それでも武器を向けて殺しに来る相手に、彼は冷徹な感情を浮き彫りする。
すると瞬く間に暴徒と化した者達に迫り、僅か二秒にも満たぬ時間で全員を切り裂いて殺した。
それを遅れて駆け付けた暴徒達が目撃し、血溜まりを生み出した彼に恐怖の表情を浮かべる。
『――……ば、化物……!』
『あ、あんなのを殺すなんて……無理だ……!』
『そ、それでも……やるしかないんだっ!!』
『……愚か者め』
惨殺された者達の光景を目にしながらも、恐怖より狂気が勝る暴徒達は彼に襲い掛かる。
それに対して冷淡な感情を言葉として呟く彼は、そんな彼等も瞬く間に殺した。
彼は殺した者の死体から使えそうな鉄剣を拾い、両手に剣を持ちながら周囲を囲む暴徒達に鋭い殺気を向ける。
それを感じ取り恐怖で震える暴徒達に対して、彼は容赦なく向かいながらその場に血を舞わせた。
彼はただ、自分を襲ってくる敵を排除しているだけ。
そこに特別な感情も無ければ、嫌悪感も抱いていない。
自分を殺そうとする者達を躊躇いなく殺すのは、子供の頃から持つ彼の本能と習性だった。
この時の事態で、彼は何百人を惨殺したか覚えていない。
彼が歩む道は死体と血溜まりで塗装され、武器を持って襲い掛かる者は老若男女に関わらず全て殺した。
欠けて使えなかった剣はすぐに捨てられ、落ちている死体から武器を拾って代用し手持ちが尽きる事はない。
そんな彼の前に、探していた息子が傷を負った姿で立っていた。
『――……無事だったか』
『……父上……。……なんて、ことを……』
彼は息子が生きていた事に安堵すると、僅かに微笑みを浮かべる。
しかし息子は逆に青褪めた表情を浮かべ、死体の山と血路を作り出した目の前に居る父親に対して嫌悪の言葉を向けた。
『どうして……彼等を……っ』
『……襲って来た者達だ。だから殺した』
『そんな……。……彼等はただ、家族と一緒に生きたいと……生き残れる道を、探してただけなのに……っ』
『他者の命を代価にして生きることを求めた時点で、この者達は愚かだ』
『!?』
『誰かを殺して生きるということは、自分も相手に殺されるという二つの選択に自ら進んでいるだけ。……お前が始めた革命も、そしてこの結果も、それと同じだろう?』
『……僕は……っ』
『確かに、お前は現実を見たのかもしれん。……だがお前が見た現実と、私の現実は違う』
『!』
『私は、お前達が化物と呼ぶ存在だ。……だからこそ人間である為に、大事にすべき者達を求めた。……それ以外は、どうでもいいのだよ』
『……あ……ぁ……』
『もう、お前の革命は終わりだ。――……帰ろう、父と共に。母の待つ場所へ。お前達だけは、必ず助けよう』
『……あ……ぁぁああ……っ』
父親の言葉を聞いた息子は、目の前に居る相手が『奴隷の騎士』でも同じ『人間』でもなく、理外から外れた『化物』である事を初めて理解する。
そして討伐軍が押し寄せ内部分裂を引き起こした革命軍の終わりを悟ると、顔を伏せたまま左腰に提げた長剣を引き抜きながら父親に身構えた。
それを見た彼は、父親として最後の説得を向ける。
『止めろ』
『……もっと、早く……気付くべきだった』
『?』
『僕が、倒すべきだったのは……貴方だったんだ……』
『!』
『騎士学校で貴方と比べられて……周りから、父親に劣る無能だと罵られて……。……それを見返したくて、虐めたアイツ等に、復讐してやりたくて……』
『……!!』
『でも、僕が本当に倒すべきは……乗り越えるべき相手は……。――……貴方だったんだ、父上』
顔を上げた息子は、その時に全ての憑き物が落ちた清々しい笑みを向ける。
そして自らの意思で走り出し、父親である彼に対して剣を放った。
剣を向けられた父親にとって、その動きは酷く遅く見える。
それでも必死に鍛錬したであろう綺麗な剣筋を見てから、彼は迎撃した。
二人の剣は交差し、互いにその刃先が胴体を狙う。
そして胴体を先に切り裂いたのは、父親の剣だった。
血が噴き出しながら正面へ倒れる息子は、そのまま父親の身体で止められる。
そして息子の血を浴び暖かく地面へ滴る音を聞きながら、彼は父親としての最後の言葉を向けた。
『良い剣筋だ。――……これなら私が、剣を教えた方が良かったな』
『――……ぁ……。……ありが……とう……』
圧倒的な強さを持つ父親に初めて惚められた息子は、最後に安らかな笑みで感謝を呟く。
そして脱力しながら意識が途絶え、そのまま死亡した。
この時、彼は初めて両目から涙を浮かべる。
それは彼にとって、初めて意識して流した涙でもあった。
それから彼は自ら息子の死体を抱え、討伐軍が押し寄せる小都市の外へ出て行く。
その際に革命軍や内部の民はその光景を目撃すると、自分達の指導者が討ち取られた事を理解し、武器を捨て降伏するに至った。
それから彼は凄まじい殺気で討伐軍を威嚇して動きを止め、そのまま討伐軍の本陣に居る王太子の天幕まで乗り込む。
警備をしている近衛兵や騎士達もその凄まじい殺気に気圧されて動きを止めてしまうと、血塗れの彼を見ながら王太子が怯えた表情を浮かべた。
『――……ヒ……ッ!!』
『……王命通り。我が息子は討ち、革命軍は殲滅した』
『え……あ……っ』
『しかし、私の受けた王命と貴殿のやっている王命は随分と異なるようだ。――……どういう事か、説明を願えるかな? 殿下』
『……こ、殺せっ!! この化物を、早く! 誰かっ!!』
凄まじい殺気と圧の籠った言葉を向ける彼に対して、王太子は恐怖のあまりそうした命令を周囲に向ける。
しかし周囲の者達は尋常ではない彼の殺気から迸る圧力に身体を震わせながら冷や汗を大量に流し、そのまま膝を着いて動けなくなってしまった。
その殺気をまともに受ける王太子もまた、座っている椅子から動けず下半身を汚く濡らす。
すると殺害するよう命じた王太子に対して、彼は躊躇いの無い行動に出た。
『ここまで愚か者共の集まりとは、情けない限りだ』
『……や、やめ……』
『あの国王も、そして王太子も、仕えるに値しない者だったな。――……私を殺すよう命じたからには、そちらも殺される覚悟はあるのだろう?』
『ひ……ぁ……ぁぁあああアアアアアアア――……ッ』
息子の死体を地面に優しく置いた彼は、殺気を受けて動けぬ騎士の一人から長剣を何事もなく奪う。
そして王太子にその刃先を向けると、最後の断末魔と共に天幕の中は血の海と化した。
その後、彼は次々と討伐軍を指揮する貴族達を殺し尽くす。
それを阻む者達や武器を持ち向かいながらも逃げようとした者達ですら殺害し、総計三万にも及ぶ討伐軍を僅か二時間にも満たぬ時間で壊滅させた。
討伐軍と革命軍の双方を殺し尽くした後、彼は息子の死体を持ち去り殺戮現場から姿を消す。
彼が再びその姿を見せたのは二日後であり、そこは王城が在る都だった。
その日、王城では国王とその家臣である者達が悉く惨殺される。
特に国王と一部大臣の中には酷く拷問された痕が見受けられ、何かを聞き出そうとした節が見受けられた。
更に王城と都全体に、不自然な火が放たれて大炎上する。
僅か数日にも満たぬ時間で、その国の王族や貴族達は全て滅びた。
その燃え盛る都から出て来る一人の男は、愛した妻の亡骸を抱えて歩み去る。
『人間』である為に愛した家族を全て失った彼は、その時から『化物』へ戻ったのだった。
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