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革命編 八章:冒険譚の終幕
結晶の想い
しおりを挟む現世に出現した聖域で始まる到達者同士の喧嘩は、思わぬ【魔神王】によって仲裁される。
しかも四百年前にこの未来すら予言していた『黒』の話を聞き、フォウルとジュリアは停戦するに至った。
そして場面は、同じ聖域の樹海に隠れる機動戦士に移る。
負傷している者達をクビアは魔符術で癒し、ケイルは自身の権能を通じて気功術を用いた治癒をリエスティアに施していた。
目覚めたアルトリア自身も、適正の無い権能の反動によって傷付いた魂を本格的に補強し始めている。
そうした面々の中、マギルスとバルディオスは天候を見上げながら大樹が在った方角から感じる巨大な存在の気配を認識しながら状況を見据えて話をしていた。
「――……鬼神のおじさん達が放ってた、殺気が無くなった……?」
「……天候も静かになって来たな……。まさか……いや、全滅したのか?」
「ううん。どっちも生きてるみたいだし、あの大きな生物も居たままだよ。……なんだろ。他にも二つ……大きな気配が現れた感じがしたんだけど。一瞬で消えちゃった」
「……いったい、何が起こっとるんじゃ……?」
マギルスは離れた場所から感じる気配を感じ取りながら、到達者達の動向を探る。
それを聞くバルディオスは事態の推移が分からず、困惑した面持ちを見せていた。
しかし次の瞬間、マギルスが驚く表情を浮かべる。
「……あれ、気配が消え――……ッ!?」
「!!」
気配を感知していたマギルスは、突如としてそれが消えたのを察する。
そして次の瞬間、二人の危機感知が警笛を鳴らしながら真横を振り向かせた。
するとそこに黒い渦状に形成された時空間の穴が出現し、マギルスは叫ぶ。
「来たよっ!!」
「!?」
治療に当たっている者達はマギルスの叫びを聞き、危険な相手が現れた事を理解する。
リエスティアの治癒をしていたケイルは立ち上がりながら腰に携える長刀の柄に手を運び、傍に居るシエスティナを自分の後方に隠した。
クビアもまた立ち上がり、両手で紙札と扇子を摘まみ広げながら覚悟を決めた表情で戦闘態勢に入る。
更に横になっていたアルトリアも瞼を開き、治癒を終えた肉体を機敏に動かしながら屈んだ状態で身構えた。
それぞれが覚悟を備えた姿勢を見せる中、時空間の穴から一つの人影が現れる。
するとその輪郭がはっきり見えた瞬間、それぞれが驚きながらその人物の名を呼んだ。
「――……エリク!」
「エリクかっ!?」
「おじさん!」
時空間の中から現れたのは、鬼神の姿から戻ったエリク。
一部を除き衣服のほとんどが消失しながらも傷も無い姿を見て、仲間達はその場から駆け出しながら向かい始めた。
しかし次の瞬間、エリクの後方を見た三人が別の驚愕を浮かべる。
そこには銀髪紅眼の姿をした、【始祖の魔王】の姿も見えたのだ。
それを見た瞬間、三人はそれぞれに足を止めながら身構えながら武器を構える。
「!!」
「うわっ!?」
「クッ!!」
「――……大丈夫だ」
「!」
「エリク……!?」
警戒しながらジュリアに構える仲間達に対して、その前を歩くエリクが制止の声を向ける。
そして時空間の中から完全に歩み出ると、仲間達の前に歩み寄りながら状況を伝えた。
「奴はもう、俺達を殺さない」
「……どういう事だよ? いったい」
「奴の目的も、俺達が探していた少女を目覚めさせる事だったらしい。その為に、俺達の持っている権能が必要だったようだ」
「目覚めさせるって、あの……例の?」
「そうだ。……だが俺達が預かったアレが、その少女を目覚めさせることが出来るらしいと『黒』の予言を聞いた者が居た」
「!」
「それがあれば、奴は俺達を殺さない。……アリア、アレは持っているか?」
「……アレって、『白』から渡されたモノのこと?」
「ああ」
「……ちょっと待って」
エリクの言葉を聞いた各々は、唖然とした面持ちを浮かべる。
しかしそれを聞くジュリアが一切の反論を挟まず視線を逸らしながら何もしない様子を見て、アルトリアは躊躇いを見せながらも応じた。
すると右手を真横に翳し向けた彼女は、そこに時空間の穴を作り出す。
それは皇国で出会った『黒』が行っていた『収納《チェスト》』と呼ばれる時空間魔法であり、その中に手を入れながら白く輝く手の平ほどの結晶を取り出した。
そして『収納』を閉じたアルトリアは、エリクの傍に歩み寄りながら白い結晶を見せる。
「これでいいの?」
「ああ。これを、ある者達に渡したい。いいだろうか?」
「……それがこの状況の条件なら、仕方ないでしょ。はい」
「ありがとう」
結晶を他者に譲る事を認めたアルトリアは、それをエリクの手に渡す。
すると振り返りながら現れたままの時空間の穴へ視線を向けた後、エリクは呼び掛けるように声を発した。
「受け取った、来てくれ」
「え――……!!」
「こ、今度はなんだ……!?」
その声に応えるように、時空間の中から新たな人影が二つほど現れる。
それを見て新たに警戒を見せるアルトリアやケイル達だったが、姿が見えると困惑した様子を浮かべた。
そこから出て来たのは、緑色の肌をした小柄な魔族と、その倍ほど背が高いで山羊の黒角を持つ紳士服を纏った魔人と思しき男性。
すると先に出て来た小柄な魔族は、アルトリアを一目見ながら驚愕の表情と声を見せた。
「『――……えっ!?』」
「……あの姿、まさか小鬼族……?」
「『な、なんで……ヴェルズ様がいるんだっ!?』」
「……魔族語? 私を見て驚いてる?」
自分を見ながら驚く魔族が小鬼族だと気付いたアルトリアだったが、その彼は更に驚く声を見せる。
しかしその言語はアルトリアでも聞き慣れない言語であり、瞬時に聞き取れる翻訳用の魔法を纏わせた。
するとアルトリアは、驚く小鬼族の後ろから付いて来る山羊の男との魔族語を聞き取る。
「『バ、バフォメットさん! アレって、ヴェルズ様かっ!?』」
「『――……姿こそ似ていますが、人間ですね。……おや、魂の色合いも彼女にとても似ています』」
「『じゃあやっぱり、あの子はヴェルズ様の生まれ変わりってことか。……フォウルの旦那に代わったそっちの男は、ドワルゴン様の生まれ変わりなんだよな? 今の人間大陸って、スゲェことになってんだな』」
「……ヴェルズ……ドワルゴン……生まれ変わり……?」
魔族語を話す二人が自分を見ながらそうした話をしているのを聞いたアルトリアは、奇妙な困惑を浮かべる。
するとそんな視線を身体で遮るエリクは、二人に歩み寄りながら手に持つ白い結晶を見せた。
「これでいいか?」
「確認の為に、触れさせて頂いても?」
「ああ」
エリクが差し出す結晶を受け取った山羊の男は、それを僅かに眺めながら頷く。
そして片膝を着きながら小鬼に差し出すと、それを苦笑いで受け取りながら彼も大きめの手に触れて確認した。
すると次の瞬間、結晶が白い輝きを強める。
そして小鬼の目が見開かれ、その瞳から大粒の涙が流して口を震わせながら呟いた。
「『……思い出した』」
「!」
「『アイリ、アイリだ。……そうだ、アイリなんだ。あの子が俺に、最初に教えてくれた……名前……。……なんで俺、あの子のこと……忘れちまってたんだ……っ』」
小鬼は結晶に触れながら何かを思い出し、次々と悲しみの涙を溢れさせる。
それを見たエリク達は言葉こそ理解できずとも、魔族が人間と同じように感情で涙を流せる者なのだと察した。
逆にその魔族語を聞き取れながら小鬼を見るアルトリアは、今まで自分が預かっていた結晶がどういうモノなのかを改めて理解する。
「……あの結晶に触れると、彼等が忘れていた少女を思い出させる効力があるのね」
「……俺達が触れても、何も起こらなかったが」
「私達が触れても意味が無いってことは、彼等にだけ効くんでしょ。……その少女を実際に知っている、彼等だけには」
「……そうか」
アルトリアの推察を聞いたエリクは、膝を着くほど泣き崩れている小鬼を改めて見る。
そして彼にとってその記憶がどれほど大切な者だったのかを理解し、その小鬼に声を向けた。
「結晶を使ってくれ。……お前の、お前達の大事な者を取り戻す為に」
「……!」
エリクはそうした励ましを向け、小鬼は涙を浮かべながらその顔を見上げる。
するとその瞳を通して視るエリクの姿が、かつて彼と親交のあった【最強の戦士】や【鬼神】と重なって見えた。
互いに言葉こそ理解できずとも、その表情が互いの心を理解させる。
そして涙を腕で拭いながら微笑んで立ち上がった小鬼は、山羊の男に顔を向けながら問い掛けた。
「『……バフォメットさんも、思い出したんだよな?』」
「『はい。偉大なる御心を持つ貴方に育てられた彼女もまた、素晴らしい魂の持ち主でしたね』」
「『へへっ。……ありがとな。コレ、貰っていくぜ?』」
「ああ」
小鬼が改めて結晶を見せながら胸元に近付けて言葉を向けると、エリクはそれに応じるように頷く。
それを了承だと理解した小鬼は、山羊の男に微笑む顔と言葉を向けた。
「『あの人等に礼を伝えてくれ。それと魔大陸に来る事があったら、歓迎するってさ。今回の礼もしたいし』」
「『はい。』――……【魔神王】様が、皆様に御礼を仰っています。謹んで御受け取り下さい」
「あ、ああ」
「そして魔大陸に御越しになる事がありましたら、改めて【魔神王】様の名において礼を尽くした歓迎を行うことを、御約束させて頂きます。――……ただし、【魔神王】様が居られる村まで来れればの話ですが」
「……ッ」
山羊の男は【魔神王】の感謝を伝えながらも、不敵な笑みを見せた挑発も交える。
まるでここに居る者達が【魔神王】の居る場所まで辿り着ける実力が無いのだと述べるその言葉は、アルトリアやエリク達の表情を僅かに強張らせた。
そんな会話を聞き取れない【魔神王】は首を傾げ、通訳をしている【悪魔公爵】に改めて尋ねる。
「『御礼、伝えてくれたかい?』」
「『はい』」
「『そっか。じゃ、帰ろうぜ。…あっ。ジュリア様は……どうしますか? 一緒に来ます?』」
「『……お前達は先に戻ってろ』」
「『えっ。は、はい。――……じゃ、ありがとな! アンタ達!』」
「それでは、人間大陸の皆様。ご機嫌よう」
【魔神王】と【悪魔公爵】は互いに挨拶を交え、出て来た時空間の穴に自ら歩み戻る。
そして彼等の身体が完全に入り込んだ後、時空間は景色から消失した。
そうして突如として現れた二人が消えた事で、彼等の目線は一人の人物に注がれる。
それは彼等と共に魔大陸へ向かうのを保留し、その場に残った【始祖の魔王】だった。
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