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革命編 八章:冒険譚の終幕

滅びた世界

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 五十五年前の若きハルバニカ公爵家当主ゾルフシスの依頼を受けた老騎士ログウェルは、ルクソード皇国の植民国であるガルミッシュ帝国に赴く。
 そして親国である皇国ルクソードの権限において帝国貴族の一員である『伯爵』位を得て、侵略戦争を仕掛けようとするベルグリンド王国に対する抑止力の為に身を置く事になった。

 当時、ログウェルの存在は各国に広められている。
 彼は【剣鬼けんき】という異名で呼ばれ、『黒』を巡るフォウル国とフラムブルグ宗教国家の対立から始まった人間大陸での大陸間戦争において、皇国陣営に加わっていた。

 魔導国ホルツヴァーグ上層部トップの判断により、四大国家から外れた宗教国家フラムブルグと同盟関係を築く。
 そして宗教国家フラムブルグ側を後押しするように、フォウル国側に加担するアズマ国へ攻め込む為の拠点として、互いの大陸間の境に存在する大陸を掌握しようとした。

 そこでアズマ国はルクソード血族が統べる皇国と同盟を結び、宗教国家フラムブルグ魔導国ホルツヴァーグに対する共同戦線を敷く。
 すると四国の軍事力が境となる大陸内部で衝突し、凡そ八十年に渡る大陸間戦争が始まった。

 その八十年で戦争の中心地となった大陸は自然みどりを失い、のちに砂漠が大部分を占める大陸と化す。
 しかしその戦争によって、人間大陸には数々の猛者達がに出現した。

 傭兵ギルドを設立する切っ掛けとなる、四大国家において禁忌の武器と定められる銃を主力とした傭兵団『砂の嵐デザートストーム』と団長スネイク。
 『茶』の七大聖人セブンスワンナニガシの息子でもある、アズマ国の武士サムライである武玄ブゲン

 のちの時代においても強者と呼ばれる者達が頭角を見せる中、そこに一人の男が現れる。
 彼は皇国側に雇われた一傭兵として身を置き、敵対国である宗教国家フラムブルグ魔導国ホルツヴァーグの軍団をたった一本の剣で幾度も撃退した猛者でもあった。

 それこそがログウェルであり、彼はその功績から【剣鬼】の異名で呼ばれるようになる。
 その際に皇国のハルバニカ公爵家の賓客として扱われ、バリスに認められ互いに死闘たたかいを望み、見事に勝利して『緑』の七大聖人セブンスワンを継承した。

 その【剣鬼ログウェル】が貴族となりガルミッシュ帝国に身を置くという情報は、当時のベルグリンド王国が企てる侵略戦争を委縮させる。
 数千単位の軍兵をたった一人で撃退したログウェルは間違いなく一騎当千の実力を持つ『聖人』であり、彼が身を置く帝国に戦争を仕掛けても侵略する利益より損害が上回ることを理解したのだ。

 この王国側ベルグリンドの判断により、帝国への侵攻は見合わせる。
 一見すれば王国側の判断は賢明に思えたが、実際には誤った判断であると言ってもいい。

 『七大聖人セブンスワン』は国同士の戦争において、聖紋の『制約』が課せられる事によって戦線には参加できない。
 敵意を持つ個人での戦闘は『制約』で許されながらも、明確に『七大聖人じぶん』へ敵意を持たない相手は殺せすことも出来なかったのだ。

 故に王国が侵略戦争を開始しても、七大聖人セブンスワンであるログウェルは帝国の戦列に加われない。
 それを暴かれない為に皇国のハルバニカ公爵家が王国や他国に対して情報操作を仕掛け、【剣鬼】ログウェルのみの情報を与えて抑止力にさせることに成功していた。

 言わばこの時に戦争を回避できたのは、ログウェルの名声を存分に活かしたハルバニカ公爵家の功績と言える。
 しかしその功績はガルミッシュ帝国にハルバニカ公爵家が一つの借りを作ったという意味でもあり、それが当時の帝国に生まれたばかりの幼い皇子達きょうだいに向けられる事にもなった。

 そんな帝国に滞在する事になったログウェルは、伯爵騎士として五年程の時を帝城で過ごす。
 彼は自身の持つ異名とは懸け離れたように呑気で気さくな様相すがたで過ごしながら、帝城に住む二人の皇子に訓練てほどきをしていた。

『――……やぁ!』

『ほっほっほっ。良い剣筋じゃのぉ、クラウス様』

『あっ!』

 四歳になったばかりの幼いクラウス皇子は、帝城しろの訓練場にて小さな木剣でログウェルに打ち込む。
 それを微笑みながら褒めるログウェルだったが、次の瞬間には容赦なく受けた木剣を自身の木剣で捌き弾いた。

 幼い両手から木剣を弾かれたクラウスは横に倒れ、地面の土で身体や顔を汚す。
 すると涙を浮かべ、泣き顔を見せた。

『う……うわぁあんっ!!』

『あらら、泣いてしまったわい』

『――……先生せんせいっ、何をやってるんですかっ!?』

『おや、ゴルディオス様』 

 泣き出すクラウスに困り顔を見せるログウェルに対して、真横から幼くも凛とした怒鳴り声が届く。
 そこには弟クラウスと同じ金髪碧眼の容姿を持つ、五歳年上の兄ゴルディオスが歩み寄って来ていた。

 するとゴルディオスは弟を抱き抱え、服に着いた土埃を手で払い落とし、顔に付いた土や涙をを持参した手拭ハンカチで優しく拭う。
 そうした弟想いの優し気な動作とは裏腹に、やや怒った言葉をゴルディオスは続けた。

『クラウス、また勝手に訓練場こっちに来ていたね。今は勉強の時間だろう?』

『……だ、勉強あっちは楽しくない。稽古こっちの方が楽しい』

『勉強も、ちゃんと君の為になることなんだから。サボっては駄目だよ』

『むぅ……』

『ログウェル先生もです。まだクラウスは小さいんですから、剣の稽古なんかしないでください』

『ほっほっほっ。クラウス様は戦闘こっち才能センスがありますからな、つい』

『つい、じゃないですよ! ……ほら、クラウスは着替えて勉強に戻るんだ。勉強の先生が探していたよ』

『えー』

『えーじゃない。ほら、ログウェル先生もちゃんと言ってください!』

『まぁ、勉強そちらが終わった後に訓練こちらをしてあげましょう』

『……わかった』

 幼いクラウスは渋々ながら二人の言葉に従い、ゴルディオスが連れて来た従者達に連れられて稽古用の衣服を着替えに向かう。
 そんな弟の背中を見送ったゴルディオスは、僅かに溜息を漏らしながらログウェルに話した。

『……僕より、弟の方が才能センスはありますか?』

『そうですな。儂の見立てでは、十五年ほど過酷な修行すれば聖人せいじんに至れるでしょうな』

『そう、ですか……。……僕には、弟のような才能センスは無いんですよね』

『ふむ。……戦う才能センスは、クラウス様にあるというだけですな』

『!』

『ゴルディオス様の場合、自分に厳しく他の者にとても御優しい。それはある意味、戦いに最も向かない性格とも言えますのぉ』

『……』

『しかし言い換えれば、平穏の世で皇帝おうとなるならば。クラウス様よりも、ゴルディオス様の方が相応しいかもしれませんな』

『!』

『ゴルディオス様とクラウス様は、同じ血を引く子でも性質が違う。言わば同じ巣で育ちながらも、種類たまごが異なるとびたかのような兄弟モノ。各々が持つ良さが、異なるというだけです』

『……それ、褒めてるんですか?』

『ほっほっほっ。儂なりには』

『……それなら一応、受け取っておきます。……でも、弟に求められたからって剣の稽古はしないでください。僕と同じように、剣の稽古は七歳になってからです』

『えー』

『えーじゃないですよ! まったく、最近のクラウスは貴方の言動を真似するようになって困ってるんですから……』

 幼いながらもゴルディオスは弟に見える才能の違いを感じ取り、自身の先行きに不安を抱く様子を見せる。
 そんな彼に励ましの言葉を送ったログウェルは、幼い兄弟の成長を見守り過ごす日々を送っていた。

『……!』

 その時、ゴルディオスの背中を見ていたログウェルの視界が僅かに掠れた様子にブレる。
 すると次の瞬間、瞼を閉じて開いた彼の視界には、驚くべき光景が見えた。

『……こ、これは……!?』

 ログウェルが見たのは、先程まで自分が居た訓練場とは異なる場所。
 周囲には破壊された都市の廃墟が広がり、赤黒い暗雲に覆われた上空そらの隙間からは黄金色の光が降り注いでいた。

 それを見回すログウェルは、周囲を探りながら身構える。

『これは……この廃墟は……まさか、帝城しろ……!?』

 ログウェルは周囲に見える廃墟跡の輪郭を凝視し、見覚えのある帝城の景色が重なる。
 そしてここが先程まで自分が居た帝城内の訓練場だと理解すると、この状況に困惑しながら呟いた。

『……もしや、幻覚? 何者かが、儂に幻覚を掛けたのか……?』

 この状況においてログウェルは真っ先に幻覚を見せる魔法の類を疑い、周囲に術者が居ないかを探る。
 しかし赤黒い暗雲とした空から鳴り響く雷鳴以外に音は聞こえず、人の気配も感じられない。

 更に次の瞬間、黄金色の空に巨大な時空間の穴が出現する。
 底すら見えぬ巨大で黒い穴を見上げるログウェルは、この状況を理解できないまま表情を歪めた。

『……こ、これは――……っ!!』

 すると次の瞬間、上空に空いた巨大な時空間の穴から極光ひかりが降り注ぐ。
 それが自分の立つ帝城の廃墟を貫き、更に世界を吹き飛ばすように眩い極光ひかりで覆った。

『――……ハッ!?』

 極光に飲まれてから意識を保っている事に気付いたログウェルは、閉じた瞼を開き僅かに荒い息を零しながら周囲を見渡す。
 そこは元の場所である帝城内の訓練場が見え、その場から去って行く少年ゴルディオスの背中が見えた。

 すると周囲を探るログウェルは、自身に幻覚を施した術者が居ないかを探る。
 しかし彼の傍には立ち去るゴルディオスしか見えず、幼い彼が魔法を使えない事を知るログウェルは、自身が白昼夢に似たモノを見たと考えた。

『……ふむ。……少し休むか……』

 原因不明の幻視に対して、ログウェルは自身の体調不良を可能性として考える。
 しかし何者かの幻覚魔法かもしれないという疑いは常に抱き続け、それから普段通りに過ごしながら周囲に術者がいないかを常に警戒し続けた。

 そうした日々を送り続ける中でも、ログウェルは時間に関係なく幻視を見続ける。
 自分が居る場所が以前と同じような廃墟へと置き換えられ、空か赤黒い暗雲と雷鳴に覆われているという、一種の悪夢に近い状況を幾度も見せられた。

 しかもその幻覚は視覚だけに留まらず、自身の五感にも影響を及ぼすモノだと理解し始める。
 廃墟に触れるとその手触りが感じ取れ、息を吸うと周囲から腐ったような異臭が鼻に届き、感じる風も酷く湿気を含んだ気持ち悪い感覚を味合わせた。

 しかし現実に戻ればその感覚も無くなり、ログウェルは奇妙な困惑を続ける。
 そして自分の身に起きているのが何者かの幻覚ではない可能性を考えるまで、一週間程の時間が必要になった。

『――……アレは、ただの幻覚ではない……。……まるで意識だけではなく、別空間に身体ごと飛ばされたような……。……しかし、何者が……?』

 用意された自室の寝台ベッドに腰掛けるログウェルは、自分が陥っている現象について推論を立てる。
 しかしそれが誰のどのような仕掛けで行われているのか分からず、ログウェルは悩む様子を見せていた。

 そうした事を考えている最中、再び瞼を閉じて開いたログウェルの景色が変化する。
 同じように自分の居た部屋が廃墟となり、帝城そのものが大きく破壊された光景を見据えながら、ログウェルは壊れた寝台ベッドから立ち上がった。

『……探ってみるか』

 ログウェルは自分が飛ばされている可能性がある別空間内部を散策する事を選び、廃墟となった帝城内を歩く。
 しかしその日も一分も経たずに空から現れた時空間から極光ひかりが放たれ自分ごと別空間を飲み込み、再び現実へ引き戻された。

 それからログウェルは術者ではなく異空間内部の捜索へ切り替え、飛ばされる都度にその異空間ばしょを探っていく。
 するとある日、廃墟となった帝城を出た際、初めて人の姿を確認した。

『――……お前さんは……!?』

『……来たんだね。ログウェル=バリス=フォン=ガリウス』

 ログウェルがそこで見たのは、五歳前後に見える黒髪と黒い瞳を持つ少女。
 すると彼は速足でその少女に歩み寄り、鋭い問い掛けを向けた。

『お前さんが、儂をこの異空間ばしょに連れて来ているのか?』

『……ううん。ここには、貴方が勝手に来ているだけ』

『儂が……?』

『……また、世界が消える』

『!』

 そう呟いた少女は涙を流し、暗雲に空いた時空間の穴へ黒い瞳を向ける。
 そして異空間を覆う極光ひかりが放たれる前に、ログウェルはその少女の肩に触れながら問い掛けた。

『ここは何処なんじゃ? それにお前さんは、誰なんじゃ?』

『……私は、くろ七大聖人セブンスワン

『!』

『そしてここは、貴方が居る世界。……それが、滅びる未来』

『……!!』

『また、別の世界で会おう。待っているから――……』

 『黒』と名乗る少女はそう告げると、再び世界は極光ひかりに覆われ消滅する。
 するとログウェルも瞼を開けて現世に戻り、周囲を見回しながら『黒』と名乗った少女を探した。

 しかし周囲には帝城を守る門兵しか居らず、周囲を探るように見回すログウェルに門兵は驚きながら呼び掛ける。

『――……ロ、ログウェル殿! いつの間にこちらへっ!?』

『……!』

 門兵の声に気付いたログウェルは、改めて目の前にある門が閉じられている事に気付く。
 異空間むこうでは破壊されていた門を通過していたログウェルだったが、現実こちらの人々にとっては突然現れたように見えたらしい。

 そうして自分自身の存在が異空間と現実で連動している事を改めて気付いたログウェルは、日を置いて帝城の門を越えた先で異空間に移動するのを待つ。
 すると静かに瞼を閉じた後、覚えのある雷鳴を聞いて瞼を開けると、いつもの異空間へ移動している事に気付き、その傍に『黒』の少女が立っている事に気付いた。

『――……また来たんですね』

『……覚えておるのか? 儂を』

『はい。……ここには、もう何度も来ているので』

『まさかお前さんも、何者かに異空間ここへ飛ばされておるのか?』

『いいえ。私の場合は、意識だけがこの世界に在り続けているというだけです』

『意識だけが、在り続けている……?』

 そう話す『黒』の少女は、ログウェルに歩み寄りながら右手を伸ばす。
 それを僅かに警戒する彼に対して、『黒』の少女は寂し気に微笑みながら告げた。

『貴方がここに来てしまうのは、貴方自身がこの世界と繋がっているからです』

『……儂が、この世界と繋がっている……?』

『そうです。……貴方の存在が、この世界を創り出した。そして貴方の存在が、貴方自身の創り出した世界を滅ぼし続けている』

『!?』

『この世界には、もう誰も……生命は誰一人として存在していません。……ここに在るのは、世界を滅ぼした貴方の意識と、輪廻から外れた『わたし』の意識だけです』

『……儂が、世界を……滅ぼした……?』

 『黒』はそう語り掛け、この世界とログウェルの因果について話す。
 それはログウェル自身に理解し難い気持ち悪さを感じさせ、改めて自分の居る異空間ばしょが不気味である事を強く感じさせていた。

 こうしてログウェルは異空間に飛ばされ、『黒』の意識と自称する少女と出会う。
 そしてその異空間が自分の滅ぼした世界だと聞かされ、動揺と困惑を強めていくのだった。
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