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革命編 八章:冒険譚の終幕
風の到達者
しおりを挟む天界の循環機構を掌握したメディアに加担する老騎士ログウェルは、鍛え育てた弟子ユグナリスと相対する。
しかし同じ『生命』を司る『火』と『風』の相性はログウェルに傾き、更に『緑』の聖紋が有する初代と二代目の精神体はユグナリスを圧倒的な実力を誇っていた。
そこでユグナリスと共に肩を並べて戦う事を選んだは、同じ複製体を持つ『青』とマギルス。
こうして『緑』の七大聖人達と、『赤』と『青』の七大聖人達は激突を始めた。
最初に仕掛けたのは『青』であり、全員が同時に飛び出す中で一早く錫杖を振るう。
それと同時に夥しい量の水が突如として生み出され、それが三人の『緑』達に襲い掛かった。
ログウェルを筆頭にバリスとガリウスは共に押し寄せる水を飛び避け、互いに意図とした微笑みを浮かべて別々の方向に跳ぶ。
そして真上に跳んだログウェルをユグナリスが跳躍しながら精神武装の剣で振り襲い、それをログウェルは余裕の表情で受け止めた。
「クッ!!」
「邪魔が入らぬ場所でやろうか」
激突した互いの剣から火花が散った時、ログウェルは『生命の風』の突風でユグナリスを別方向へ吹き飛ばす。
するとログウェル達とは別方向へ跳んでいた素手のバリスが、空中で回転しながら大鎌を振り抜き襲うマギルスと激突した。
「――……えいっ!」
「むぅっ!」
大鎌の刃が振り下ろされ、着地したバリスの脳天を的確に襲う。
しかし左手に纏わせた『生命の風』を用いて大鎌の刃を緩やかに流し弾いたバリスは、踏み込み跳躍しながら右拳をマギルスに放った。
するとマギルスは足場に物理障壁を生み出し、上体を大きく仰け反り回避しながら透明化した青馬を足に憑依させる。
「『俊足形態』ッ!!」
「!」
上空側に足を向けたマギルスは足に纏わせた『精神武装:俊足形態《スピードフォルム》』を噴射させ、逆に右拳を空振りさせたバリスに大鎌の柄を激突させる。
それを両腕で防ぎながらも叩き落とされたバリスは両足で着地し、それと同時に地面を濡らす水を嫌うように右手に纏わせていた『生命の風』を魔鋼の地面に叩き付けた。
すると次の瞬間、周囲に凄まじい暴風が生み出される。
そして地面を濡らし満ちる水を舞わせ、空中に居たマギルスを巻き込む形で襲わせた。
「うわっ!!」
マギルスは真下から押し寄せる暴風を素早く回避し、大きく離れた位置に着地する。
そして暴風の中から現れるバリスに視線を向け、互いに微笑みを向けながら言葉を交わした。
「やっぱり、お爺さん強いね!」
「貴方も十分に御強い」
「どうしてそんなに強いのに、皇国の時に自分で戦わなかったの?」
「私は既に精神体だけの存在。生ける者の行動を止めるのは、生ける者の義務。そう思っているからですな」
「ふーん。じゃあ、今回もそういうこと?」
「そうですな。これもまた、今を生ける者達が解決する必要がある問題だと私達は考えております」
「そっか。じゃ、お爺さん達を倒してチャチャっと解決しちゃうもんね」
「そう願います。……しかし、そう易々と越えられる障壁ではありませんぞ」
「壁ならもう、何回も越えて来たよ!」
武器を用いない格闘術と『生命の風』を組み合わせた戦闘姿勢のバリスは、再び構えながら自身の精神体に暴風を纏わせる。
それを見るマギルスはバリスを強者だと認識し、高揚した笑みを浮かべながら自身の肉体に纏わせる青い魔力を解放して見せた。
そして青い閃光と緑の閃光が重なり、凄まじい近接戦を繰り広げ始める。
互いに速度を重視し小技を使った連撃を行い続け、まるで戦いを楽しむ様子さえ窺えた。
一方そうして激しい攻防を繰り広げる二組とは相反するように、落ち着いた面持ちで向かい合う者達がいる。
それは二組とは別方向へ跳び水を飛び避け突風で吹き飛ばした後に、『青』と向かい合うガリウスだった。
「――……お主の性格は変わらんようだな、ガリウス」
「そういうお前こそ、その偏屈そうな顔は若くなっても変わらんな。『青』」
「……四百年前に二代目と真剣勝負の末に戦い殺されたと聞いたが、まさか『緑』の聖紋にそうした能力があったとはな。初耳だぞ」
「悪いが俺自身、二代目に引き継がせた後に初めて知ったんだ。別に騙してたわけじゃないぞ?」
「そうであろうな。……聖紋に宿っておるお主は、当代の『緑』に操られておるのか?」
「まさか。これは俺達自身の意思だ」
「ならば何故、『聖紋』が機能しておらん。奴もそうだが、制約に反する行動をすれば、奴もお主も死は免れぬはずだ」
「確かに、二代目まではそうだったな。……だがログウェルの魂は特別だ」
「……まさか、奴も創造神の欠片か」
「そうそう。どうやら創造神の欠片は、聖紋の制約を無視できるらしい。そもそも聖紋が創造神の権能で作られたんだから、当たり前かもしれないがな」
「……『白』では見られなかった現象だな」
「『白』自身が七大聖人の制約を決めるのに加わってたんだから、アイツは適応されちまうんだろ。そういうところは、間抜けだよな」
「同感だ。……ただし、今のお主には言われたくなかろうよ」
互いに通じる話を行った『青』は、錫杖を振り構えながら向ける。
それを見たガリウスは口元を微笑ませ、『生命の風』を纏わせた両手を重ねながら緑色の光を束ねた。
すると次の瞬間、ガリウスの手に緑色の生命力で形成された『弓』と『矢』が作り出される。
それが彼の精神武装だと知る『青』は、鋭くも厳しい眼光を向けながら言葉を吐いた。
「良い機会だ。儂の『魔法』とお主の『弓』、どちらが優れておるかこの場で決めよう」
「そのつもりだ。――……ルクソードが居なけりゃ、その顔を貫きたいと何度も思ってたんだっ!!」
「儂とて同じよっ!!」
互いに過去に何等かの因縁があるのか、そうした感情を向け合いながら互いに真横へ移動しながら攻撃を始める。
ガリウスは形成した『弓』から生命力の矢を連射させ、凄まじい速度で『青』を襲った。
逆に『青』も動きながら連射される矢以上の速度で魔力を練り上げ、迎撃する『水弾』で迎え撃つ。
『風』の性質を持つ生命力の矢は水弾に迎撃されると、水分に取り込まれ完全に衝撃を吸収される。
互いに放つ矢と水弾を迎撃し合う二人は、本気の勝負を見せ始めていた。
それを遠くに離れながら見ているのは、リエスティアとシエスティナの妻子。
すると娘であるシエスティナは、母親に不安な表情を浮かべながら問い掛けた。
「――……お父さん達、大丈夫かな?」
「……ええ。きっと、大丈夫」
「本当?」
「もちろん。――……もうすぐ、あの人が来てくれるから……」
我が娘を抱き寄せながらそう話すリエスティアは、ある方角の空に顔を向ける。
そして未来を視る黒い瞳で、何かを待つような様子を見せていた。
こうしてそれぞれが激しい戦いを繰り広げる中で、神殿入り口の手前まで戦闘場所が移動していたユグナリスは、ログウェルと共に魔鋼の地面へ着地する。
すると柔和な微笑みを崩さないログウェルに対して、ユグナリスは鋭い眼光を向けながら再び声を向けた。
「……アンタは今まで、何を考えていたんだ」
「?」
「俺を鍛えて、帝国の為に動いてくれて。そして生きて、一緒に世界を救う為に戦ってくれたと思ったアンタが。……どうして今更、こんな事をっ!?」
「またそれか。言うたであろう、これは人間に対する『試練』じゃと」
「試練ってなんだよ! 第一、アンタが人間を試す権利があるのかっ!!」
「あるのぉ」
「!?」
「『緑』の七大聖人。その役割こそ、まさに人間に対する試練を行うことじゃからな」
「……どういうことなんだっ!?」
再び口論を交えようとするユグナリスに対して、ログウェルは落ち着いた面持ちを浮かべて話す。
そしてそれは七大聖人達が各々に役目を持つ中で、『緑』が抱いていた自身の役割を伝えることでもあった。
「ユグナリス。『風』とは何だ?」
「え……。か、風は風だろっ!? それ以外の何があるんだ」
「そうじゃな。……じゃがお主の『火』と同じように、『風』もまた様々な要因によって生まれ、その姿を変える」
「!」
「時には生命を育む助けとなり、時には生命に害を成す災害となる。儂の『風』やお主の『火』は、まさにそれなのだ」
「……!」
「儂等『風』の一族は、その役目を創造神から受けて生まれた。この地上に降りてからも生命《いのち》を育む穏風となりヘ、時に育んだ生命を害する暴風となった。……それが、『風』の一族に課せられた生き方じゃった」
「……そんな生き方……自分の意思で、変えればいいじゃないかっ!! アンタが俺に、教えてくれたようにっ!!」
「それは出来ん」
「なんでっ!?」
「『風』が生命に対する役目を果たさねば、生命は惰弱と成り果て消える。それもまた世の理とは思うが、儂等はそうしたくないからこそ『風』である事を選んだ」
「惰弱に、成り果てる……?」
「生命とは、危機に陥るからこそ成長へ至る。生命とは危機に適応し、進化していく。……しかしその危機が無ければ、生命は成長を止めて堕落し、そのまま衰退し滅びるのみ」
「……!!」
「儂はな、そうなってほしくない。――……だからこそ、儂やメディアは『試練』となる。お主達、人間に対してな」
「ッ!!」
『試練』と称する自身の目的をそう語るログウェルは、自身の肉体から『生命の風』を生み出す。
それが突風となってユグナリスに襲い掛かると同時に、それに溶け込むように迫ったログウェルの剣を受け止めた。
それから幾重にも二人の剣は重なり、火花を散らしながら緑と赤の閃光となって激突し合う。
互いに『生命』を冠する『火』と『風』の能力を用いて接戦を繰り広げながら、一見して互角の戦いを繰り広げた。
しかし実際には、この攻防は互角ではない。
自身に纏わせ肉体を変質させる『生命の火』を幾度も吹き飛ばされ消されているユグナリスは、凄まじい速度で自身の生命力を削られ続けていた。
「クソッ!!」
「お前さんは強くなった。儂の剣をこうして受け止められておるのが、その証拠じゃて。誇って良いぞ」
「こんな……こんな形で、アンタには褒められたくなかったっ!!」
余裕の無いユグナリスに対して微笑みを向けるログウェルは、弟子の成長を改めて賞賛する。
しかしそれが敵対者として相対する師匠の言葉だという事実が、ユグナリスを精神的に傷付けていた。
更に剣戟を交えるユグナリスは、自身の本音を言い放ち続ける。
「アンタが居たから、俺は何度も立ち上がれた! リエスティアとも会えて、嫌いなままだけど……アルトリアやウォーリス殿とだって理解し合えたっ!!」
「……」
「リエスティアが起きたら、改めてアンタに礼を言いたかったっ!! シエスティナにも紹介して、アンタが俺の師匠だって、自慢したかったのにっ!!」
「……ユグナリス」
「こんな形で、二人にアンタを会わせたくなかったっ!! 見せたくなかったっ!! ――……なんで俺とアンタが、こんな形で戦わなきゃいけないんだっ!!」
『生命の火』を纏いながら赤い閃光となってログウェルと切り結ぶユグナリスは、涙を流しながら今の現実を拒むように言い放つ。
それはログウェルがこうした暴挙に出たことに対する怒りではなく、最愛の家族に『師』としてではなく『敵』として向かい合う姿しか見せられなかった悲しみの叫びだった。
それを聞きながら黙々と剣戟を弾き受けていたログウェルは、鼻で笑うような息を吐き出す。
「……ふっ」
「なっ、何がおかしいっ!」
「やはり、お前さんは鷹ではない。鳶じゃな」
「!?」
「ゴルディオスという鳶から生まれた、優しい鳶じゃ。――……だからこそ、儂の相手はお前さんではない」
「グァ……ッ!!」
微笑みの表情を見せていたログウェルが、一瞬にしてその表情と瞳を鋭くさせる。
すると次の瞬間、火花を散らせた剣戟と同時に凄まじい突風がログウェルから放たれた。
それによって『生命の火』を吹き飛ばされたユグナリスは、一時的に炎化させていた肉体が戻る。
同時に空中で姿勢を崩したユグナリスに、ログウェルは容赦のない右蹴りを鳩尾に喰らわせた。
その蹴りによってユグナリスは大きく地面側に吹き飛ばされ、『生命の火』を再び纏う時間すら与えられずに地面へ激突する。
ログウェルはそれを見下ろしながら緩やかに着地し、痛みを堪えながら起き上がるユグナリスに声を向けた。
「お前さんは優し過ぎる。しかしその優しさが、時として生命を滅ぼすこともある。ウォーリスや、メディアのようにのぉ」
「……!!」
「だからこそ、儂も人間を信じておる。――……例え儂自身が、生命を滅ぼす巨大な暴風となったとしても」
「……そ、それは……なんなんだ……!?」
そう言いながらログウェルは剣を持たない左手を真横の中空に翳し、そこに時空間の穴を作り出す。
するとそこからあるモノを取り出し、ユグナリスはその異様な気配に驚愕を浮かべて問い掛けた。
ログウェルはそれを左手で握りながら、微笑みを戻して教える。
「マナの実じゃよ」
「!?」
「お前さん達が戦っておった聖域に転がっておったのでな。少々、拝借しておいた」
「……ま、待って……何を……っ!?」
「ユグナリス。お前さんの今の姿で、儂は満足したよ」
そう言いながら微笑む言葉を向けた後、ログウェルは左手に持つ『マナの実』を自身の口に運ぶ。
そして実を一齧りした後、ログウェルの肉体に異変が起きた。
それは肉体から膨大な『生命の風』が放たれ、天界の大陸全域に暴風を吹き荒れさせる。
それにマギルスや『青』達、更にリエスティア達も晒されながら耐え、動揺の様子を浮かべた。
「うわっ、なにこの……波動っ!?」
「……しまった。まさか、奴が持っていたとは……!!」
「お母さん!」
「大丈夫、大丈夫だから。……ログウェル様……っ」
それぞれが驚きの声を浮かべる中、自身の無効化能力で我が子を抱き締めながら守るリエスティアは悲痛な面持ちを浮かべる。
そして彼女の黒い瞳が向けている方角に、大陸中央に存在する巨大な神殿すら飲み込む暴風が作り出された。
その間近に立ちながら耐えているユグナリスは、その暴風の中にある存在を目にしてしまう。
「……ア、アレは……!?」
『――……これが、儂の真の姿じゃよ』
「え……。……ど、ドラゴン……!?」
ユグナリスが暴風の中で目にしたのは、神殿の周囲に浮かぶ存在。
それはまるで蛇のように長く足の無い身体を持ち、その先端には巨大な顔と緑色の鬣が流れる巨大な龍が居た。
そしてその龍が口を動かし発する声に、ユグナリスは耳を疑う。
しかしその感情とは裏腹に、その龍こそが自分の尊敬する師匠ログウェルだと察してしまっていた。
こうしてログウェルと相対したユグナリスだったが、彼の目的を妨げられずに新たな脅威が生み出される。
それは『マナの実』を食したログウェルが、新たな到達者として降臨する姿だった。
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