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革命編 八章:冒険譚の終幕
背けぬ選択
しおりを挟む『虚無』に送られたゲルガルドの魂核は、再び転生する事を許されず完全に消滅する。
それを確信するアルトリアに代わり、『赤』の聖紋を継承したユグナリスがリエスティアの魂内部に放置された瘴気を燃やし始めた。
そうしたユグナリスの活躍を他所に、アルトリアは結界と共に浮かせているシエスティナやウォーリス達を瘴気が失せた理想の地面まで降下させる。
するとカリーナとリエスティアの精神体を確認し、苦し気な息を漏らしながらその様子を見守るウォーリスに告げた。
「――……大丈夫よ。どちらも魂核に損傷は受けていないし、瘴気の汚染も無いわ」
「そうか……」
「問題はアンタの方よ。……ゲルガルドを精神体に封じて暴れさせたせいで、魂核が傷付き過ぎてる。辛うじて人格を保ち崩壊しないよう補強はしてあるけど、それが精一杯。正直に言って、破損した魂核を元に戻すのは不可能だわ」
「……つまり、もう二度と自分自身で魔法を行使できない。そういう事だな?」
「ええ。……自分の娘の為に、随分と無茶したわね。どういう風の吹き回し?」
「……それが、父親として果たすべき責任だと思ったまでだ」
地面に膝を着いた状態を診られるウォーリスは、リエスティアを救う代償として自身の魂核が大きく破損し、魂の呼応が必要とする魔法を今後は使えなくなった事を理解している。
それでも自分の娘を取り戻す為に自分自身の存在すら賭けようとしたその行いは、彼なりに父親としての責任を見せた姿でもあった。
そんな彼の傷付いた精神体が崩壊しないよう、アルトリアは可能な限り修復していく。
すると意識の無い二人の中で最初に目を覚ましたのは、カリーナだった。
「――……あれ……ここは……?」
「カリーナ……」
「……ウォーリス様。……ウォーリス様っ!?」
精神体を起こして瞼を開いたカリーナは、自分の名を呼ぶウォーリスに視線を向ける。
そして朦朧とした意識を緩やかに覚醒させると、その目に映るウォーリスの姿に驚愕を浮かべて跳び起きた。
ウォーリスの精神体には数多の亀裂が走り、とても無事な姿には見えない。
それ故にカリーナは驚愕しながら駆け寄り、彼の傍に付きながら問い掛けた。
「ウォーリス様、これは……。……だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。心配は要らない」
「で、でも……こんなに傷が……。……そうだ、伯爵様は……それに、リエスティアは……!?」
「落ち着きなさい。ゲルガルドは倒したし、リエスティアは無事よ」
「ほ、本当ですか! ……あれ、なんでアルトリア様が……ここ、現実なんですか? でも、あれ……」
「もう、いちいち説明するのも面倒なんだけど……」
意識を失っている間に状況が解決し、更に同行していなかったアルトリアの姿がある事をカリーナは動揺し困惑を浮かべる。
そんな彼女に状況を説明する事を面倒臭がるアルトリアだったが、それに代わるように歩み寄って来たシエスティナが微笑みながら声を向けて来た。
「――……お婆ちゃん?」
「え? ……も、もしかして……」
「アンタが侍女やってる時に、世話したでしょ?」
「じゃあ、やっぱりこの子は……!」
「初めまして、お婆ちゃん。シエスティナです!」
「……大きく、なられましたね……っ」
シエスティナは初めて会う祖母に挨拶を告げると、警戒心の無い微笑みを向ける。
するとカリーナの脳裏には生まれたばかりの赤ん坊だった彼女が、三年の月日を経て成長している姿を見て感動を覚えながら薄らと涙を浮かべた。
そうして祖母へ挨拶を終えたシエスティナは、今度はウォーリスへ顔を向けながら話し掛けて来る。
「こっちが、お爺ちゃん?」
「……っ」
「……違うの?」
そうして左右の違う瞳を向けるシエスティナに、ウォーリスは気まずそうに顔を背ける。
するとシエスティナは首を傾げ、不安気な表情を浮かべた。
そんな二人の様子を見ていたカリーナは、僅かに決意を強める表情をしながら傍に立つシエスティナを優しく抱き寄せながら教える。
「そうです。この人が貴方の、御爺様です」
「やっぱり!」
「カリーナ……」
「ちゃんと見てあげてください……この子も私達にとって、大事な家族なんですから」
「……ッ」
カリーナの説得に応じられる形で、ウォーリスは背けた視線を改めてシエスティナに向ける。
すると少女は微笑みを浮かべ、抱き寄せた祖母の腕から離れながら祖父に近付いた。
そして亀裂の走る精神体を見ながら、改めて心配そうな表情を浮かべて尋ねる。
「お爺ちゃん、大丈夫?」
「……ああ、平気だ」
「痛くない?」
「……こういう事には、慣れている」
「お姉ちゃん。お爺ちゃんの傷、治る?」
祖父自身に状態を聞いたシエスティナだったが、微妙な面持ちで返す言葉を聞き不安を拭えない。
そして祖父の傷を治しているアルトリアへ改めて問い掛けると、彼女は誤魔化す事も無く二人に伝えた。
「命は助かるわ。でも、元通りにはならないわね」
「……お姉ちゃんでも、治らないの?」
「ええ。残念だけどね」
「……そっか。だからお爺ちゃん、元気ないの?」
「……?」
「お爺ちゃん、ずっと笑ってないから……」
「!」
改めて孫娘にそう指摘されたウォーリスは、自分が酷く暗い表情を浮かべていた事を自覚する。
しかしその理由を自分自身でも理解するように、ウォーリスは優しくも震える声でシエスティナに話し始めた。
「……私は君に、そう呼ばれる資格は無い」
「え?」
「私は、君の両親とその周囲にとても酷い事をした。……だから、君の家族にはなれない」
「ウォーリス様……」
「私は、それだけの事をしてしまったんだ。……この子には、それを知る権利がある」
顔を伏せながら話すウォーリスは、自分の行いによって孫娘の周囲に危害を加えた事を伝える。
そして自分が孫娘の家族と呼ばれるに値しない事を明かし、シエスティナを遠ざけようとした。
そんなウォーリスを諫めようとしたカリーナだったが、それより先にシエスティナが動きを見せる。
「でもお爺ちゃんは、お婆ちゃんとお母さんを助けてくれたんでしょ? だからいっぱい、怪我してるんでしょ?」
「!」
「あのね、クレアお婆ちゃんが言ってた。お父さんはお母さんを……家族を助ける為に、いっぱい頑張ってるって。お爺ちゃんもそうなんでしょ?」
「……私は……っ」
「――……そうだよ、シエスティナ!」
「!」
そう問い掛けて来るシエスティナの真っ直ぐな瞳に、ウォーリスは再び視線を逸らす。
するとその場に飛来した赤い閃光が解かれると同時に、飛び降りて現れたユグナリスが傍に着地した。
そして二人の話を聞いていたように、自分の娘へ優しく話し掛けながら伝える。
「シエスティナの言ってる事は正しいよ。……貴方は愛する家族の為に、今までずっと頑張って来た人だ。ウォーリス殿」
「……皇子」
「でもその行動のせいで、貴方が多くの人達を傷付けたのは確かだ。……それを許さないと思う人も大勢いる。俺も含めて」
「……っ」
「それでも貴方が、この子の……そしてリエスティアの家族である事に変わりはない」
「!?」
「だから貴方は、この子やリエスティアから目を背けちゃいけない。……逃げないでください。大事な人達の為にも、そして自分自身の為にも」
「……ッ」
ユグナリスの強い意志を持った青い瞳を向けられながら、ウォーリスは渋い表情を強める。
しかしそれでも背けそうになる顔を踏み止まらせ、互いに顔を向け合ったまま視線を重ねた。
そんな二人の会話を傍で聞かされていたアルトリアは、再び嘆息を漏らしながらユグナリスに問い掛ける。
「瘴気はどうしたのよ、サボり?」
「一応、全て消し去ったはずだ」
「そう。だったらもうすぐ――……お目覚めみたいね」
「!」
ウォーリスの精神体《からだ》を修復していたアルトリアは、それから両手を離しながらある場所へ視線を向ける。
それと同時にそうした言葉を呟くと、その場に居る全員が同じ場所へ視線を向けた。
そこには仰向けに寝かされているリエスティアの姿があり、その精神体が微かに動いている。
そして緩やかに瞼を開き、その下に在る黒い瞳を見せながら目を覚ました。
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