1,147 / 1,360
革命編 七章:黒を継ぎし者
咎人の断罪
しおりを挟むミネルヴァの転移魔法によってフラムブルグ宗教国家へ赴いていた修道士ファルネは、共に来たクラウスとワーグナーを連れて総本山である大聖堂へと赴く。
しかしそこで待っていたのは、数百年前からゲルガルドによって懐柔された新たな信仰対象に据えようとする宗教国家の上層部達だった。
彼等は訪れたファルネやクラウス達を拘束してミネルヴァの遺した聖紋を奪い、その事実を語り聞かせる。
信仰すべき『黒』やミネルヴァを裏切っていた教皇と枢機卿達を見ながら、ファルネは憤怒と失望を嘆いた。
その隣に座らされたクラウスは、六十年前に起きたルクソード皇国での皇王暗殺未遂事件を依頼したのがゲルガルドである事を理解する。
そしてそれを代行者に命じたのが、目の前にいる教皇であると聞かされた。
しかし教皇の見た目は、八十歳にも届くだろう老人。
年数を逆算してもニ十歳前後で教皇の座に就いている人物とは思えず、クラウスは疑問を浮かべながらファルネに尋ねた。
『奴が六十年前に? ……それほど若い頃から、教皇の座に就いていたのか?』
『彼が教皇の座に就任したのは、八十年ほど前です。……しかし彼は、ミネルヴァ様と同じ聖人でもあります』
『!』
『奴が教皇の座に就いたのは、フォウル国との戦争で前教皇が退いた後。……ただ彼はそれまで枢機卿の一人として歴代の教皇を補佐し、二百年以上前に宗教国家で代行者という組織を設立させると、実質的な取り纏めていた立場にあったと代行者は認識しています』
『……代行者を作ったのが聖人で、今の教皇か。……ならば、魂を受け継がせているというゲルガルドとの繋がりが絶えていないのも納得が行くな』
教皇の素性について話を聞いたクラウスは、目の前にいる相手が長年に渡って宗教国家を操っていた実質的な頂点だと理解する。
そして恐らくゲルガルドもまた魂を受け継いでるという話から、それ以上の年月を経て自分自身の魂を受け継ぐ血縁を作り続けていた事を察した。
互いに人外の領域に立ちながら国の裏側で繋がりを得ていた教皇とゲルガルドの関係に、クラウスだけが納得を浮かべる。
そうした会話を続けていたクラウスに、教皇は見下すような冷たい視線を向けながら言葉を向けた。
『なるほど、ルクソード皇族の血縁者か。確か、クラウス=イスカル=フォン=ローゼンだったな。……その顔、見覚えがある。確か、二十年程前に大聖堂に侵入した者の一人だな。なるほど、侵入したのはその依頼について調べる為だったか』
『……私からも聞きたい。貴様は、貴様達はゲルガルドが目指している思惑とは何か、知っているのか?』
『それを知ってどうでする?』
『なに、ついでに長年の政敵がどのような目論見で動いていたのか、冥途の土産に知っておきたいだけだ。……私達はどうやら、これから殺されるらしいからな』
『!』
『これほど自国の秘密を明かしておいて、我々を生かしておくつもりもないのだろう。どうせなら、お前達の崇める神が何を望んでいるか、聞かせてくれてもいいのではないか?』
クラウスは自分達が生かされるはずがない事を考え、改めてゲルガルドの思惑を尋ねる。
動揺も無く潔い程の態度でそう尋ねるクラウスに、教皇は不敵な微笑みを浮かべながら口を開いた。
『面白い男だ。……いいだろ、聞かせてやる。我等が神の望みを』
『有難い』
『我等が神の望み。それは、この世を支配する神になること』
『!』
『彼は近い内に、神々が住んでいた地へと赴く。そこで古き神から座を奪い、この世を支配する権能を得る。そして魔なる者の存在を失くし、我々のように信仰する者を特別な民としてくれるわけだ』
『……つまり、奴はこの世を手に入れて魔族を殺し尽くし、奴を信仰するお前達を特権階級として扱い、人間を下僕としたいわけか』
『言い換えれば、そういう事になるであろうな』
『なるほど。……俗物的なお前達が信仰するには、良い相手のようだ』
教皇からゲルガルドの望みを聞かされたクラウスは、呆れにも似た溜息と皮肉の言葉を吐き出す。
それに対して口元の微笑みを消した教皇は、捕えている三人に対して容赦の無い言葉を向けた。
『我等が神を妨げる者には、それ相応の待遇が必要となるだろう。――……その者達を連れて行き、処しておけ。死体はいつも通り、ゲルガルド殿に送り届けよ。共にこの国に来た者達もだ』
『ハッ』
『新たな七大聖人を選ぶ必要がある。代行者達から候補者を選定し、試練を課せ。必要であれば、ルクソード皇国を戦禍に巻き込んで構わない』
『……ッ!!』
クラウスやワーグナー達の傍に立つ僧兵達は、その口を塞ぐように布の猿轡を巻き付ける。
そしてその身体を引き起こし、その場から連れ出して殺害するよう教皇が命じた。
更に新たな『黄』の七大聖人を選定し育てる為に、ルクソード皇国を巻き込んだ戦争を起こす意思を明かす。
それを聞いた三人は驚愕の表情を浮かべながら覆われた口から声を漏らしたが、鍛え抜かれた僧兵の腕力に逆らえずにその場から連れて行かれようとした。
しかし次の瞬間、広大な大聖堂の全体に響き渡る鐘の警報音が鳴る。
それを聞いた全員が動きを止め、警報音が鳴る天井を見上げながら眉を顰めた表情を浮かべた。
『……侵入者だと?』
『この機会で?』
『この者達の仲間か?』
枢機卿の幾人かがそうした言葉を向けながら、連れて行かれようとしていたクラウス達に視線を向ける。
しかし当人であるクラウスやワーグナー、そしてファルネも突然の警報音に不可解な表情を浮かべていた。
すると次の瞬間、その部屋の入り口となっている扉が轟音と共に砕き割れながら破壊される。
その瓦礫と共に飛び散る土煙が部屋の中に舞い込み、その場所に近いクラウス達やそれを捕縛している僧兵達を覆った。
『な、なんだっ!?』
『扉が破壊され――……グァッ!!』
『な――……ウボァッ!!』
『ど、どうし――……ガハッ!!』
『!』
土煙に覆われ狭められた視界の中で、クラウス達を捕えていた僧兵の三名が電撃のような光を浴び、突如として悲鳴にも似た短い声を上げる。
それと同時に拘束されていた三人は僧兵達の手から逃れられ、後ろ手に縛られていた縄の拘束が斬られて解かれた事を察した。
両手が自由になったクラウスやワーグナーは、すぐに縄を振り解いて口を覆っていた猿轡を外す。
ファルネもまた同じように行動すると、三人の傍で奇妙な声が聞こえた。
『――……まったく、世話が焼けるわ』
『!』
『アンタ達はじっとしてなさい、邪魔よ』
そうした声を向ける奇妙な声は、奇妙な足音を鳴らしながら前へ歩き始める。
すると土煙が晴れていく中で、三人はその声の主と思しき人物を視界に捉えた。
その人物は、全身を覆う黒い布によって姿こそ見えない。
しかし僅かに見える鎧のような金属に覆われた二つの足と腕を持つ姿は、人間のようにも思えた。
そしてその人物は、教皇と枢機卿達に対して機械的の声を向ける。
『どうせこんな事だろうと思ってたけど、予想通り過ぎて呆れるわね。……未来に速攻でミネルヴァを操って潰させて、正解だったわ』
『……貴様、何者だ?』
『別に誰だっていいでしょ。アンタ達は、ここで死ぬんだから』
『……それは、こちらの台詞だ』
そう言いながら教皇は、隣に立つ枢機卿達に視線を送る。
すると枢機卿達は袖から引き出した魔石の備わる短杖を持ち、素早い詠唱を唱えた。
そして次の瞬間、謎の人物とクラウス達を覆うように結界が展開し、更にそれを幾重にも覆うような鎖状の光が纏わり付く。
それを見た謎の人物は、小さな溜息を零しながらその術式を読み取った。
『封印術式ね。随分と古臭い魔法だけど、これで私を拘束したつもり?』
『拘束だけではない。――……『断罪の光』』
『!!』
自分達を覆うように動きを封じさせた結界に対して、教皇は枢機卿達のように杖を持たずに第一節の詠唱を短く唱える。
すると次の瞬間、教皇の周囲から凄まじい極光が発生し、それが結界に覆われている謎の人物やクラウス達に浴びせられた。
結界を貫通し内部の者達に照射された光は、凄まじい熱量で中の人物達を熱で溶かそうとする。
しかしそれを果たす前に、彼等を覆っていた結界が弾けるように破れながら光を押し返した。
『!』
『――……流石は、腐っても聖人みたいね』
『……これは……!』
光を押し退けられた教皇は、照射している光を止める。
すると破られた結界の中で無事を保っていたクラウス達は、目の前に立っていた謎の人物を見て驚きの声を漏らした。
それは教皇や枢機卿達も同様であり、謎の人物を見て訝し気な視線を浮かべる。
すると謎の人物は、今まで覆っていた黒い布が焼かれながら、その正体を現していた。
『……まさか、奴は……魔導人形か?』
枢機卿の一人がそうした言葉を零し、全員が謎の人物を見る。
その人物は全身が鋼のような銀色の甲殻に覆われた、人間の姿に似せられている魔導人形である事が分かった。
しかしその魔導人形は機械的な声ながらも淀みの無い言葉で、教皇達を見ながら声を向ける。
『喋る魔導人形が、そんなに珍しい?』
『……貴様、中身がいるな。何者だ?』
『だから、別に誰だっていいじゃない。……アンタ達は未来でも現在でも、ここで死ぬ運命なんだから』
『……我等の邪魔をする者に、死をっ!!』
魔導人形はその体内から凄まじい魔力の波動を放ち、広大な部屋に凄まじい突風を靡かせる。
それを見ながら言葉を聞いていた教皇は、枢機卿達を従えながらその場に現れた魔導人形とクラウス達を殺すべく攻撃魔法を放った。
この時、魔導人形の正体が誰なのかをクラウス達は知らない。
しかし教皇達が別の未来において死ぬ事を知っている人物こそ、未来のミネルヴァを操り命じた彼女だけだった。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!
隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。
※三章からバトル多めです。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる