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革命編 七章:黒を継ぎし者
決死の愛情
しおりを挟むゲルガルドを討つ為に傍に付ける位置へ取り入る決断を選んだウォーリスは、自ら正気になった事を伝える。
そして納屋で五年振りの再会を果たした歪な親子は、相反するような表情を浮かべて向き合った。
緊張しながらも強張らせた表情を浮かべるウォーリスに対して、ゲルガルドは余裕の笑みを見せている。
そして優し気な声色をさせるゲルガルドは、寝台に座るウォーリスに話し掛けた。
『お前が元気になってくれたと聞いて、とても嬉しいぞ。……何せお前は、私にとって息子である以上に、貴重な器であり実験体でもあるのだから』
『……ッ』
『しかし正気に戻ったにしては、少し妙だな。あんな実験に遭わされたなら、普通は逃げようとするだろう。……その機会は、幾らでもあったはずだ』
『……やはり、気付いておられましたか。私が既に、正気に戻っていた事を』
『だからこそ、頻繁に屋敷を空けたのだ。お前が正気で、逃げる機会を窺っているのではないかとな。……だが逃げずに正気に戻った事を明かしたと言う事は、何か私に言いたい事でもあるのだろう?』
『それは――……っ!!』
ゲルガルドが自身の状況を察していた事を理解したウォーリスは、表情を強張らせながら口を開こうとする。
しかし次の瞬間、目の前に立つゲルガルドが凄まじい殺気を放ちながらウォーリスに右手の平を向け、感情の無い瞳と表情を向けながら問い質した。
『分かるだろう? ウォーリス。――……これから先、口に出すお前の言葉次第で、お前自身の処遇が決まる』
『……!!』
『それを良く考えて、今から言葉を発しろ。……もし私の機嫌を少しでも損ねるような言葉があれば、貴様はまた実験室に逆戻りだ』
『……ッ』
実験室で初めて向けられた瞳と同じモノを向けられるウォーリスは、当時の事を思い出しながら歯を食い縛り身体を震わせる。
すると息を飲み込みながら恐れを自身の内側へ戻し、寝台に腰掛けていた身体を立たせずに床に跪く形でゲルガルドに頭を垂れた。
そして自身の命運を決める言葉を、ウォーリスは口にする。
『私は、父上に服従を誓います』
『……ほぉ、服従か?』
『はい。……私は父上の器として、父上の目的とする願いを叶える為に、尽力させて頂きます』
『……それを信じられる程、私が甘くない事は知っているな?』
『はい。……そこで父上に、私から献上させて頂きたい物がございます』
『献上だと?』
『ルクソード皇族の血を引く人間を実験体とし、父上に献上させて頂きたいのです』
『なに?』
服従を誓いながら献上したい物を伝えたウォーリスに、ゲルガルドは僅かな驚きを見せる。
その僅かな変化に声で気付いたウォーリスは、更に深く頭を下げながら今までの自分が行って来た成果を伝えた。
『皇国の南方に棲み暮らす者の中に、皇族の血を継ぐ部族がいると聞きました。その部族を実験体として献上し、父上の研究に御役立て頂ければと思っております』
『……それで、今からお前が捕え行くとでも?』
『いいえ。既に捕えて、犯罪奴隷として帝国に搬送済みです』
『なに?』
『実は、私の母上……ナルヴァニア=フォン=ルクソードの使者が、納屋に居る私と接触を試みた事があります。その際に母上にその部族を捕らえ、父上に献上して頂くように御願いをしていました』
『……ナルヴァニアが、か?』
『どうやら母上は、私を皇国まで連れて行く事が目的だったようですが。私はそれを拒否し、父上に服従し付き従う信用を得る為にその実験体を用意するよう伝えました。……私が相手の使者にそれを伝える事で、すぐに用意した実験体を連れて来る事が可能な状況まで進めております』
『……ナルヴァニアには、何処まで伝えている?』
『私自身の状況は伝えております。しかし、父上の秘密に関わる情報は伝えておりません。あくまで用意させた犯罪奴隷は、労働力として献上するよう伝えております』
『……ふんっ。なるほどな』
跪きながら言い淀む事も無いウォーリスの言葉を聞き、ゲルガルドは見下すような視線のままその傍まで歩み寄る。
しかし差し向けている右手は決して逸らさず、ウォーリスの頭を捉えたままゲルガルドは再び問い掛けた。
『だが、ここからだ。……お前は意図的に、隠している事があるな?』
『!』
『納屋で暮らすお前が屋敷の情報を探り、ナルヴァニアの寄越した使者とやらに連絡を取り合う機会を量る必要があったはずだ。……その機会をお前が探らせていたのは、誰だ?』
『……私の世話をしていた、侍女です』
『そうだ、確かカリーナという名の奴隷だったな。……だが外部の使者と通じているというのは、侍女としての仕事の範疇を超えているように思うのだが?』
『私がカリーナを利用し、使者との接触するよう伝えさせました。……それ以外の事は、何もさせておりません』
『そうか。……だが主人の命令だけではなく、その道具の命令にまで従ってしまう奴隷など、不要だとは思うのだが。お前はどう思う? ウォーリス』
『……それは……』
『慎重に答えろ。……でなければ、お前が今までしてきた苦労が全て水泡に消える事になる』
主人を介さず自分に従い使者と接触していた侍女に対して、ゲルガルドはそうした事を述べる。
それに対して顔を伏せたまま表情を強張らせるウォーリスは、必死に思考を巡らせながらカリーナを救う手立てを考えた。
そして一秒にも満たない時間で導いた思考を、ウォーリスに淀み無い言葉を口にさせた。
『許可も無く母上に関わる者と接触したこと、またそれに関わる行動を命じた私に、全ての処罰を与えて頂きますよう、御願いします』
『……それが、お前の答えか』
『はい』
『そうか。……残念だ、ウォーリス』
ウォーリスの答えに冷たい返答を返すゲルガルドの声と連動し、その右手に強い殺気が込められる。
それを頭越しに理解したウォーリスは騙しきれなかった事を悔やみながら、心残りであるカリーナの事を思いながら死を覚悟した。
しかし次の瞬間、納屋の扉が勢いよく開かれる。
それと同時に納屋の中に飛び込んで来た人影は、床に跪くウォーリスの傍まで飛び込むように身体を滑り込ませた。
それにウォーリスは驚愕を浮かべ、左側に視線を向けながら飛び込んできた人物に血の気を引かせる。
それはこの場で最も現れてはいけなかった、侍女のカリーナだった。
『カリーナッ!?』
『――……御当主様、どうかウォーリス様を御許しください……!!』
『!?』
『……』
体の向きを変えながらウォーリスよりも低く伏せるように跪くカリーナは、涙を浮かべ震える声でそうした言葉を発する。
そして額を擦り付けるように床へ着けると、更に必死な様子でウォーリスの助命を乞い始めた。
『私が、どのような罰も御受けします! だからウォーリス様だけは、どうか……どうか……っ!!』
『何を言っているんだ、カリーナッ!?』
『……私は、ウォーリス様に……生きて頂きたいんです……!!』
『ッ!!』
『どうか、御願いします……御願いします……!!』
突如としてウォーリスの助命を願うカリーナに、この場の状況が最悪な形になった事を理解する。
今までの話を聞いていたであろうカリーナをゲルガルドが許すとは考えられない。
しかもまた人間すらも消耗品としか思っていない様子から、この場でカリーナの命が無くなる事をウォーリスは最も恐れた。
こうした状況に対して、ウォーリスは今この場でゲルガルドと敵対してでもカリーナを逃がそうかという考えが過る。
しかしそれを実行するより先に、無表情だったゲルガルドがその表情に影を落としながら口元をニヤけさせた。
『……フッ』
『!』
影のある笑みを浮かべた後、ゲルガルドは差し向けていた右手を下げながら前に傾けていた上体を立たせる。
すると振り返りながら扉側に足を進め、背中を見せたままウォーリスに声を向けた。
『自分の命を差し出せるまで侍女を入れ込ませるとは。中々に辛辣だな、ウォーリス』
『……えっ』
『まぁ、ルクソードの血を引く実験体にも興味はある。手に入れて置けるのなら、それに越したことは無い。……いいだろう。私に服従すると言うのであれば、お前も駒として使ってやる。すぐに実験体を連れて来るよう、その使者に伝えておけ』
『……!!』
『私が許す範囲で、お前が自由に行動する事を許す。その侍女も、お前の好きにしろ。……そうだ。ついでに、その女で子供でも作っておけ』
『!?』
『お前の器代わりしようとしていた異母弟だがな。奴はどうも、聖人になれる素養が無い。はっきり言って、お前の代替品にするにしても出来損ないもいいところだ。……奴が子を産んでも、器として使えない確率が高い。ならばお前に創造神の血を引く器も作らせておいた方が、何かと都合が良さそうだからな』
ゲルガルドはそうした事を述べた後、開けられた扉を潜りながら出て行く。
その背中を唖然とした様子で見送ったウォーリスの右側から、カリーナが強く抱き締めながら大粒の涙を零した表情で話し掛けて来た。
『……よ、良かったぁ……。……良かったですぅ……っ!!』
『カリーナ、なんで……こんな事を……?』
『だって……だってぇ……っ!!』
『……ごめん、カリーナ。……ありがとう……っ』
泣きじゃくりながら安堵の涙を見せるカリーナに、ウォーリスは謝罪と感謝の言葉を交えながらその温もりと優しさを抱き締める。
その際にカリーナの左手の薬指に横目を向け、自分の渡した藍玉の指輪が付けられている事にウォーリスは気付いた。
すると十二歳前後の肉体ながらも、ウォーリスは涙を流すカリーナに優し気な口付けを交わす。
そしてその年、ウォーリスとカリーナの間に一つの命が宿る事になった。
こうして九死に一生を得たウォーリスは、カリーナの齎した幸運によってゲルガルドの配下として加わる。
その真意こそゲルガルドを討つという目論見がありながらも、ウォーリスに芽生えた大事な存在との生活は、彼にとって僅かに訪れた至福の時間ともなっていた。
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