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革命編 六章:創造神の権能
嘘の末路
しおりを挟む天界の戦いにおいて、ウォーリスに付き従う悪魔騎士ザルツヘルムとの戦いは幕を閉じる。
それを叶えたのはケイルの魔剣に宿り精神体となっていた未来のユグナリスであり、その実力と能力は上位悪魔《アークデーモン》へ進化したはずのザルツヘルムすら容易く凌駕していた。
そのザルツヘルムを捕縛するに留めた『青』は、ウォーリスが創造神の権能を得る為の目的を問い質す。
しかしエリクが知る情報からウォーリスの目的が辿られ、既存の世界を破壊し新たな世界を作り上げる事だと判明した。
その目的を叶える為の最短手段として、神殿内に存在するオリジナルの『マナの樹』を破壊する方法があるとエリク達も理解する。
更にウォーリス本人は神殿内部に侵入している事が明らかになると、エリクとマギルス、そしてケイルの肉体を依り代にした未来のユグナリスは神殿へ侵入する為に入り口の大扉へ向かった。
傷を癒され体力が回復したマギルスは、大階段を素早く駆け登る。
しかし自身の寿命を大きく削りながら戦っていたエリクは、白髪となるまで消耗しながら息を乱してマギルスを追った。
その二人を容易く追い抜いた未来のユグナリスは、赤い閃光となって瞬く間に大階段を登り終える。
そして大扉の前に立つと、それを見上げながらケイルの肉体を通して右手の甲に宿る『赤』の七大聖人の聖紋を輝かせた。
「――……ここが本当に、俺の知る天界なら……」
未来のユグナリスは神殿の巨大な大扉に近付き、聖紋が輝く右手を前に伸ばしながら歩み出す。
そして大扉に右手を触れさせると、依り代とするケイルの肉体と神殿の大扉が互いに反応し合うように赤い輝きを放った。
その直後に大階段を登り終えたマギルスは、未来のユグナリスと大扉が赤く輝いている姿を驚きながら見る。
すると自分達の数十倍はあるだろう巨大な神殿の大扉が、内側へ開いていく光景が窺えた。
「――……あのお兄さんが、扉を開けてる……!?」
未来のユグナリスが然も当然のように開け放つ大扉を見て、マギルスはそうした呟きを漏らす。
そして大扉が完全に開き終えると、未来のユグナリスは振り返りながらマギルスに声を向けた。
「貴方達も来るなら、急ぎましょうっ!!」
「あ、うんっ。――……おじさん急いで! 扉、閉まっちゃうよ!」
「――……あぁ……っ!!」
完全に開き終えた大扉へ向けて、未来のユグナリスは躊躇も無く走り進む。
すると止まっていた大扉が徐々に外側へ動き始め、閉まる様子が見えた。
マギルスはそれを見ながら僅かに焦り、大階段を今も駆け登るエリクへ急ぐように呼び掛ける。
その声と扉が閉まるような音を聞いたエリクは、大きく息を吸い込みながら自身に残る生命力《オーラ》を高めて一気に大階段を登り終えた。
先に大扉を潜り抜けていたマギルスと未来のユグナリスは、エリクが通り抜けるのを待つ。
そして細まる大扉の隙間を抜けたエリクは、無事に大扉を通行する事ができた。
閉まる大扉の音を背にしたエリクは肉体に纏わせていた生命力を解き、マギルスの前で左膝を着きながら息を乱す。
それを心配そうに見下ろすマギルスは、不安な様子で声を掛けた。
「おじさん、やばくない?」
「はぁ……はぁ……。……大丈夫、だ……」
「いや、大丈夫に見えないんだけど!」
尽きかけている寿命と疲弊する肉体の老化現象により、エリクは肩を揺らしながら大きく息を乱す。
それを察するマギルスは、既にエリクが戦うことも困難な状況に陥っていると理解した。
そんなエリクに対して、未来のユグナリスも厳しい表情を見せながら自身の意見を向ける。
「貴方はここに残った方がいい。後は、俺達に任せてください」
「……俺も、行く」
「無理です。……俺には分かる。貴方から感じる命は、微かな灯火しか残されていない。そんな貴方が戦っても、あのウォーリスには一撃すら入れられずに死んでしまう」
「……そんな事は、分かっている」
「なら……!」
諭すように話す未来のユグナリスだったが、それを押し退けるかのようにエリクは曲げていた膝を立たせながら正面を向く。
そして未来のユグナリスと顔を向かい合わせ、衰えた肉体を超越した強い意志の宿る黒い瞳を向けながら話した。
「……俺はアリアの為に、この命を使うと決めた」
「!」
「アリアが無事なら、俺はそれでいい。……だからウォーリスを倒すのは、お前達に任せる」
そうした言葉を向けるエリクに、二人は確かな強い意思を感じ取る。
それが朽ち果てそうな寿命と肉体のエリクは突き動かし、守るべき女性の為に意識を保たせていた。
すると未来のユグナリスは、エリクと自身の感情に共通した思いがあると察する。
そして渋る表情を見せながらも、意思の強いエリクの黒い瞳と自分の赤い瞳を重ねるように視線を合わせて告げた。
「分かりました。俺も、貴方の意思を止めようとは思いません」
「……」
「アルトリアについては、貴方に御任せします。……そして俺が、ウォーリスを討ちます」
「……勝てるのか? 奴に」
「俺は俺の未来で、ウォーリス達を討ち取った事があります」
「一人でか?」
「いいえ。その時にはバリス殿やゴズヴァール殿、そしてテクラノス老師といった方々が助力し、敵側近を討ってくれました。……その間に俺は、この先にある場所でウォーリスと戦ったんです」
「!」
未来のユグナリスは視線を動かし、身体を背後に振り向けながら右手の人差し指を差し向ける。
すると右手の甲に宿る『赤』の聖紋が再び輝き始め、長い回廊の廊下に施された幻想が晴らされ、本物の廊下が出現した。
無限に続く回廊の仕掛けを知るかのようにそれを解いた未来のユグナリスは、二人に呼び掛けながら歩き始める。
「走らずに、歩いて付いて来てください。走るとそれに反応して、回廊が発動してしまいますから」
「あ、ああ」
未来のユグナリスは廊下の先に見える光を目指して歩くと、驚きを浮かべる二人はその背中に応じながら追従する。
するとマギルスは不思議そうな表情を傾けさせ、前を歩く未来のユグナリスに問い掛けた。
「さっきの大扉もそうだけど、お兄さんの能力で開けたりしてるの?」
「この神殿に働きかけているのは、聖紋だよ」
「聖紋が?」
「『|青』の話だと、この七大聖人の聖紋は創造神が持つ権能を分け与えられているらしい」
「へー。じゃあ、七大聖人って創造神みたいな事も天界で出来ちゃうわけ?」
「いや。与えられている権限は、神殿を通る為の機能しかないようだ」
「そっか、そんな便利なものじゃないんだね」
「他にも聖紋の色で、それぞれ違う効果が与えられているようだけど。……この『赤』の聖紋は、現世に留まる魂と瘴気を浄化し、輪廻に送る権能があるらしい」
「ふーん。だからお兄さん、沢山の魂と瘴気を取り込んだ悪魔のおじさんも簡単に倒せちゃうんだ?」
「それもあるけどね。……でもザルツヘルムを圧倒できたのは、俺が魔大陸の強者達と出会えたのが大きい」
「!」
「同盟都市でウォーリス達に殺されかけた俺は、師匠と一緒に魔大陸に転移で逃げて。そして瀕死の俺を救う為に、師匠は俺に自分の命を与えてくれた。……それから何処かも分からない魔大陸で、生かされたのに死にかけて。俺は自分の不甲斐なさで、自分を憎み続けた」
「……」
「でも魔大陸で、人間の女性に出会った。その女性は俺を救い、魔族の村で保護してくれた。そして俺の身の上で起きた事を聞いてくれて、俺が強くなる為に助力してくれたんだ」
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「いや、彼女は魔大陸で旅をしていたらしいんだ。そして偶然、俺を見つけたらしい。……そして彼女の伝手を頼り、俺は魔族の到達者達と出会った」
「!?」
「魔族の、到達者達……」
未来のユグナリスは自分が魔大陸に転移した後の状況を語り、そこで魔族の到達者達と出会った事を明かす。
しかしその表情は懐かしむような親し気なモノではなく、未熟な青年が厳しい現実と向き合うような真剣な瞳をさせていた。
「俺は始め、彼女を介して助力を求めた。人間大陸に、悪魔を従えて人々を殺した男がいると。……だが彼等は、人間大陸に関する干渉はしないと俺の願いを拒絶した」
「!」
「ただ、俺自身を修行は手伝ってくれた。……彼等は『人間が起こした事は人間だけで解決すべきだ』と、そうした意見を持っていた」
「……フォウル国の巫女姫と、同じだね」
「それだけ、彼等は人間に関わりたくないんだろう。恐らく天変地異が起きたとしても、自分達を守る為だけに集中すると思います」
そう語るユグナリスの言葉には確信が秘められており、マギルスやエリクは自分達の知る到達者を思い出しながら納得を浮かべる。
魔人と魔族の到達者は互いに共通した意見を持ち、自ら人間大陸へ干渉する事を強く嫌う傾向があると理解できた。
それが二度ほど起きた人魔大戦の影響もあるのだろうと考えながらも、三人の足はついに廊下の先に在った光の門へと到着する。
するとユグナリスは躊躇いもなく光の中に足を踏み入れ、エリクとマギルスもそれに追従するように光の門を潜り抜けた。
そして抜けた先に広がる広大な自然と外のような青空の空間に、二人は目を見開きながら口を開いた。
「――……ここは……!?」
「神殿だったのに、外に来ちゃった……!?」
「ここが、神殿の最奥に在る世界。そしてアレが、マナの樹です」
「……あの巨大な大樹が……」
「うわっ、空の上まで伸びちゃってるよ……!?」
未来のユグナリスはそこから見える巨大な大樹に人差し指を向け、それが『マナの樹』である事を教える。
するとエリクとマギルスは戦々恐々とした面持ちを浮かべながら、巨大な大樹を見上げた。
しかし次の瞬間、マナの樹が存在する方角から凄まじい音が鳴り響くのを三人は聞く。
それを聞いた未来のユグナリスは身構え、身体に『生命の火』を強く纏わせながら言い放った。
「――……先に行きますっ!!」
「僕も行くね! ――……あっ、ここって魔法が使えるんだっ!!」
未来のユグナリスが赤い閃光となって神殿内の自然空間を飛翔し、衝撃音が聞こえた場所まで飛び向かう。
その飛翔方法が魔力を用いている魔法だと理解したマギルスは、自身も青馬を出現させながら魔力障壁を形成して大自然の上空を駆け始めた。
疲弊するエリクも二人を追う為に走るが、その速度は二人を遥かに下回る。
更に障害物の多い地上を走る必要がある為、二人との距離差は瞬く間に開いてしまった。
「……ク……ッ!!」
二人の姿が視界から完全に消えた事を察したエリクは、思うように動かない自身の状態を歯痒く感じる。
しかし決して諦めることは無く、そのまま広大で巨大な森に足を踏み入れた。
それから幾度かエリクの耳に衝撃音が届き、何者かがマナの樹の周辺で戦っていると理解する。
しかし自分達が来るより前に神殿に入り戦える者がいる事を考えたエリクは、一つの可能性を導き出した。
「……まさかアリアが、ウォーリスと戦っているのか……? ……だとしたら、急がなくては……!」
連れ去られ捕まっていたアルトリアが反撃を開始し、ウォーリスと戦闘を開始していた可能性をエリクは考える。
それは必然としてエリクの足を更に急がせ、ただ衝撃音が鳴る方向へ掻き分けながら森を進めさせた。
その道中、エリクは道なき道から拓けて整理された通路らしき場所が在るのを微かに横目で捉える。
しかしそれを無視して進もうとした瞬間、その微かな視界に映った光景に思わず驚愕しながら足を止めた。
「――……な……」
唖然とした表情で左側に顔を向けたエリクは、今度は両目でその光景を確認する。
しかしそれでも何かを否定するように首を横に振り、森の中から歩み出ながら拓けた石畳の通路に足を進ませた。
そして通路の真ん中で足を止めたエリクは、そこで顔を見下ろしながら両膝を落とすように曲げる。
すると震える両手を伸ばし、そこに倒れている何かに恐る恐る触れた。
「……アリア……?」
「……」
「アリア……アリア……?」
エリクは通路に倒れているモノの名を呼び、静かに肩を揺らす。
そして金色の髪を掻き分け、その顔を覗き込みながら右手を頬に触れさせた。
その頬は冷たく、エリクに温もりを感じさせない。
それでもエリクは否定するように首を横へ振り、倒れているそれを抱き寄せながら正面を向かせた。
そうして初めて、エリクはその下にある地面に血溜まりが出来ていた事に気付く。
そして正面を向かせたその身体の胸には一筋の切れ込みがあり、茶色のドレスを赤色に染め上げた出血部分が確認できた。
エリクはそれを見ても尚、首を横に振りながら顔を沈める。
そして優し気な声とは裏腹に、悲しみに沈んだ表情と涙を影で隠しながらそれに呼び掛け続けた。
「アリア……。……俺は、君を……助けに来たんだ……」
「……」
「なのに、俺は……また、何も出来なかったんだな……。……もう、何も……してやれないんだな……」
そう呟くエリクは涙を流しながら、冷たいその身体をただ抱き締める。
するとその時、赤に染まる装束の内側から血液が付着した封筒が血溜まりに落ちた。
懐に忍ばせていたのであろう封筒を、エリクは気付きなら見下ろす。
そして血で滲んでいく封筒が、自分が記憶を失うであろうアリアの為に書いた手紙である事に気付いた。
「……そうか……。……ずっと、待っていてくれたんだな……」
「……」
「俺が来ると、信じてくれていた……。……なのに、俺は……君よりも……嘘吐きだ……っ!!」
「……」
「ぁあ……ぁああ……ァアアアァァアガアアアアアッ!!」
エリクは自身に渦巻く感情が何なのかすら理解できぬまま、顔を振りながら涙を散らすように咆哮を上げる。
すると白い眼球は赤い血管が広がるように赤く染まり、焼けた肌は次第に赤い色へと変色し始めた。
そして咆哮を上げ続けるエリクの魂で、鬼神フォウルの精神が背を向けたまま呟く。
『――……結局、こうなるか。……馬鹿野郎がよ』
その声を最後に、エリクの精神は消えて魂と肉体は赤い色に染まる。
白髪のまま膨張する肉体が装備の一部を弾け飛ばしながら背負う大剣も外れ、最後の理性が抱えていたアルトリアの死体を通路に置き戻した。
こうして世界を破壊するウォーリスの目論見を止める前に、エリクにとって最後の希望が終わる。
そして再び己の狂気に身を飲まれた赤鬼は、再び暴走を始めようとしていた。
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