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革命編 五章:決戦の大地
抗わぬ者の覚悟
しおりを挟む悪魔騎士として本来の実力を見せたザルツヘルムは、未来の悪魔にも勝るとも劣らない圧倒的な力を見せる。
しかしその力を振るうザルツヘルムの真意を見抜いたマギルスは、興覚めした様子でその場を後にした。
こうして思わぬ形で再会したマギルスとザルツヘルムの戦いも終わっていた頃、残るもう一つの戦いにも変化が生じている。
それは死霊術で甦り合成魔人《キメラ》として強化されたバンデラスと、魔力の電撃を纏う狼獣族エアハルトの激戦だった。
「――……いい加減に死ねや、犬っころっ!!」
「貴様が死ねっ、化物ッ!!」
互いに身体中から血を溢れさせ、傷を負っている二人が右拳を振るい合う。
その衝突した拳が凄まじい衝撃波を生み出し、周囲の建築物や地面に電撃を放ちながら歪みを生じさせていた。
しかし打ち付け合った両者の拳には、明らかな結果の違いが生じる。
それは電撃を浴びながらも焼け焦げないバンデラスの右腕と、拳の先と腕の皮膚が裂けながら血が溢れるエアハルトの隻腕だった。
「グゥ……ッ!!」
「ォラァアアッ!!」
傷付いた右腕に力を込められないエアハルトに対して、剛腕となったバンデラスは凄まじい勢いでエアハルトを吹き飛ばす。
傷付いた右腕で苦痛を漏らすエアハルトは、吹き飛ぶ中空で回転しながら両足を建物の壁に着けた瞬間、そのまま突っ込んで来たバンデラスの右肩の体当たりを胸部に浴びた。
「ガ……ッ」
「遅ぇんだよッ!!」
体当たりを受けたエアハルトの正面の胸部は、肋骨がほぼ砕ける。
更に内臓にも及ぶ損傷がエアハルトに致命的な一撃を与え、凄まじい吐血を起こさせながら建物を破壊しながら突き抜けていった。
そして建物の壁を破壊しながら向こう側へ飛び出たエアハルトの身体は、そのまま背中から地面へ倒れる。
凄まじい損傷を受けたエアハルトは、立ち上がるどころか身体を動かすことも出来ず、顔を横に向けたまま虚ろな目を見せていた。
そんなエアハルトを見つけたバンデラスが、建物から降りて地面へ立つ。
そして電撃の感触が残る右腕を振りながら拳を握り解くと、倒れたエアハルトに対して見下すような物言いを見せた。
「手こずらせやがって。――……チッ、魔人化を解かないと顔が手に入らんな。……もういいか。面倒だし、殺しちまおう」
電撃が途切れ人狼姿のまま倒れるエアハルトを見て、バンデラスは苛立ちの声を漏らしながらそうした結論に至る。
そんな声を耳にしていたエアハルトは、瀕死の重傷を負いながら意識を僅かに途絶えさせた。
再び意識の奥底へ堕ちたエアハルトは、夢に近い自身の記憶を視る。
それはアリアやエリク達が訪れる三年程前の記憶であり、まだエアハルトがマシラ共和国で闘士部隊に居た頃の話。
彼は王宮内で勤めている中、王宮勤めの者達が呟く話が耳に届いていた。
『――……ウルクルス様を産んだという侍女、体調が戻らないらしいな』
『丁度いいじゃない。元老院の方も、元奴隷が妃になるなんてことは、望んではおられないんでしょ』
『王の方は、そう思っていないらしい。なんでもあの侍女を癒せる治癒師や医者を探すよう、ゴズヴァール殿に命じているそうだ』
『だから最近、闘士部隊がほとんど出払っているのね』
『……闘士部隊か。今は残っている魔人も、ゴズヴァール殿とエアハルト殿だけ。幾ら人員を補充しても、戦力的には以前より見劣りしてるが。大丈夫なのか?』
『素行や態度の悪い者達も多い。何より、前よりも魔獣討伐の実績が少なくなってる。以前の闘士部隊よりも、評判は良くないな』
『この間、マギルスという魔人が闘士部隊に加わったと聞いているけど?』
『まだ十歳やそこらの子供だと聞くぞ。即戦力にはなり得ないだろ』
『テクラノス老師も実力者ではあるが、奴隷だからな……』
『そういえば、仮面を付けた闘士が居たじゃない。ほら、第四席になった。あの人も随分と姿が見えないようだけど、もう辞めたのかしら?』
暇を持て余すように会話を行う人間達の声が届き、エアハルトの思考に苛立ちが浮かび上がる。
ゴズヴァールと共に居た多くの魔人は闘士部隊から抜け、共和国からも去った者達がほとんど。
残る闘士はほとんどが元老院の推薦で選ばれた者達や、多少の腕が立ちながらも闘士部隊の威光を利用し素行が悪くなっていく者達が大半で、褒められるような存在とは程遠い。
闘士部隊の長を務めるゴズヴァール自身も、最近は新たに連れて来たマギルスの修練やマシラ王ウルクルスの頼み事を引き受け、闘士部隊の統率は人間の序列闘士達に任せている。
こうした状況に陥る闘士部隊の中に取り残されたエアハルトは、自らの実力を高める相手や機会も得られず、苛立つ人間達に囲まれた状況に嫌気が差し始めていた。
しかしエアハルトも闘士を辞めて去らなかった理由は、他に行き場所も無く、またゴズヴァールに対する敬いと執着も含まれる。
だからこそゴズヴァールの力や威光を利用する者達を強く嫌い、更に人間を毛嫌いする傾向が強まっていた。
そんなエアハルトは、あの日から近付かなくなった庭園の入り口へ視線を向ける。
すると数秒ほど足を止めた後、庭園に入りながらある場所へ進んだ。
そこは、レミディアが世話をしていたであろう花壇。
しかし以前まで咲いていた赤い花は既に無く、そこには枯れ落ちた茎と葉が散り、雑草に飲まれた様子が窺えた。
『……もう、ここにも来れないのか……』
エアハルトはそう呟き、表情を強張らせながらその場を後にする。
そしてその様子のまま彼が向かった先は王宮の一角に存在する離宮であり、そこの入り口を守るように固める二人の衛兵に止められた。
『――……御待ちを。ここから先は、例え闘士部隊の者であっても許可を得ている方しか通れません』
『俺はゴズヴァールに王宮の留守を任されている。俺を知らんとは言わせんぞ』
『存じています、エアハルト殿。しかし我々は、元老院の命によって離宮の守護を任されている立場。例えゴズヴァール殿の代理であっても、許可無く御通しするわけにはいきません』
『俺に人間の命令に従えと、そう言うつもりか? ――……だとしたら貴様等は、俺のことを何も知らんということだ』
『……ッ!?』
建物の入り口を守護する衛兵にそう止められたエアハルトは、そうした苛立ちと怒気を隠さずに漂わせる。
ゴズヴァール以外からの命令に従うつもりが無いエアハルトは、自分の行動を邪魔する衛兵達に無慈悲な殴打を浴びせ、有無を言わす間も無くその場で気絶させた。
衛兵を手早く片付けたエアハルトは、そのまま建物の入り口から内部に入る。
そして鼻を動かし匂いを嗅いだ瞬間、その表情をより強く嫌悪に満ちさせた。
『……この匂いは……』
嗅覚が察知した匂いを辿り、エアハルトは廊下を進む。
その途中である部屋から出て来た若い女官の姿を目にした瞬間、エアハルトは嫌悪の表情を強めながらその女官に目掛けて走り寄り、その首元を掴み壁に身体を打ち付けながら怒鳴った。
『キャア……ッ!!』
『貴様、何をやっている?』
『ひ、ひぃ……っ!!』
『この建物に入った瞬間、奇妙な匂いがした。しかも貴様からは、その匂いが特に強い。……貴様、毒を持ち込んでいるなっ!!』
『あ……あっ、うぅっ!!』
首を掴みながら確信を持ってそう怒鳴るエアハルトに対して、その女官は顔を恐怖に染めながら青褪める。
そして女官の視線が床に向けられると、そこには先程まで女官が持ち運んでいた膳と乗っていた湯飲み茶碗と中身が散った茶包みがあった。
エアハルトはそれに気付き、再び嗅覚を働かせてその茶碗と茶包みを確認する。
するとその二つに毒そのものの匂いが宿っている事を察し、エアハルトは更なる怒気を発しながら女官の首を強く締め上げた。
『ぁ……が……っ!!』
『貴様……! その毒で、何をしていたっ!!』
『……ぃ……ぁ……』
憎悪を宿らせるエアハルトの怒気と握力によって、その女官は悲痛な面持ちで意識を朦朧とさせながら涙を零す。
そんな時、エアハルトの背後から聞き覚えのある声が届いた。
『――……その子を、離してあげてください。エアハルト』
『!』
毒を持っていた女官が出て来た扉が開いたままの部屋から、聞き覚えのある声がエアハルトに向けられる。
それを聞き女官の首を握ったまま振り向いたエアハルトは、そこから微かに覚えのある匂いで相手が誰かを察した。
『この女が何をやっているのか、貴様は分かっているか?』
『事情を話します。その子を離して、部屋の中に来てください』
『……チッ!!』
そう諭す女性の声を聞き、エアハルトは大きな舌打ちを鳴らしながら若い女官を床へ投げ捨てる。
それから咳き込む若い女官を放置したエアハルトは、部屋の中に入り呼び掛けた女性と数年振りの再会した。
その部屋に居たのは、赤髪の女性レミディア。
しかし数年前に会った時の健全な様子は見る影も無く、頬は削げ落ちるように痩せて腕の肉は細くなり過ぎて骨に皮が張り付いているようにすら見えた。
記憶から懸け離れるレミディアの変わり様を見たエアハルトは、驚きよりも苛立ちの籠った視線を向ける。
そんなエアハルトに対して、寝台の中で座る姿勢で向かい合ったレミディアは、痩せ細った顔で微笑みを向けながら話し掛けた。
『御久し振りですね、エアハルト。……もう、何年くらい喋ってませんでしたっけ』
『……三年だ』
『そうでしたっけ。そんなに……』
『そんな話はどうでもいい。……貴様、その身体は……あの女が持っている毒はなんだ!?』
久し振りの再会を楽しむように話すレミディアに対して、それを切り捨てたエアハルトが本題に入る。
その問い掛けに再び口元を微笑ませたレミディアは、自分に起きている状況と事情を伝えた。
『……私が子供を産み終えた時。元老院の手が及んでいる医者や助産婦達が、その子を死産と装って殺そうとしました』
『!!』
『元奴隷である私が、ウルクルス様の……王の一人目の子供を産んだこと。そして王の意思で正妃に収まること。元奴隷の子が第一王子になるという事態を、元老院側は許せなかったのです』
『……チッ』
『私はそれに抗おうとしましたが、出産後では抵抗は難しかった。……そこで私は、ある交渉を元老院と行いました』
『……交渉だと?』
『元老院側も、せっかく生まれた王の子供を無駄にしたくないという躊躇いがありました。マシラ一族の用いる秘術は、親と子が必ず必要ですから。……だから私は、自分が死んで正妃とならぬ事を交換条件に、自分の子供をマシラ一族の……王の子として生かしてほしいと頼みました』
微笑みながらそう話すレミディアに、エアハルトは驚愕を含めた嫌悪の視線を向ける。
そして訝し気な表情を浮かべながら、廊下に散った茶葉を見ながら問い掛けた。
『その死に方が、あの毒というわけか。……あの王と、ゴズヴァールは知っているのか?』
『あの二人が知っていたら、絶対に止めますよ。特にゴズヴァール様が知れば、王の子を殺めようなどと考えた元老院の全員を殺しかねません』
『そうなればいい。くだらん人間の謀略など、力で捻じ伏せれば……ッ!!』
『元老院の方達は、あれでも共和国の民から支持され、各地の治安を取り持っている方達です。彼等が居なくなれば、統合された共和国の治安は一気に荒れ、建国されたばかりの共和国は内部分裂を起こし、この大陸で人間同士の戦争が起きてしまいます』
『……まさか、そんな理由で……!?』
『私は出産後に衰弱し、回復に至らずに病死してしまった。……それこそが、最もこの国に被害を与えない最善の方法なんです』
寂し気に微笑むレミディアの顔を見たエアハルトは、真逆の感情を秘めた嫌悪の表情を向ける。
それは自身の死を受け入れる事で、愛する者達が過ごせる共和国を守ろうとする、強い覚悟を持ったレミディアの意思が込められていた。
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