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革命編 五章:決戦の大地
不要な存在
しおりを挟む夢とも思える深淵の底にて、赤い瞳を持つ何者かと対峙したアルトリアは謎の言葉を向ける。
それから現実で目覚めた後、その傍にはウォーリスが見下ろす形でうつ伏せになっているアルトリアに余裕の笑みを浮かべていた。
目覚めたアルトリアは朦朧とした意識の中で、起き上がろうと身体を動かす。
しかし思うように重く圧し掛かるような虚脱感で身体が動かず、指や首を少しでも動かすのに苦労しながら呟いた。
「……こ、れは……っ」
「呪印、と言えば分かるだろう。呪印を君の肉体に施している。衰えた生命力を一定値まで奪い続ける、呪いの鎖だ」
「……ッ」
「呪印が施されている限り、魔力を使った魔法も、衰えた生命力では自爆術式を起動させる事は出来ない。そして身体を自由に動かす事も出来ないだろう。自殺するのも困難ではないかな?」
「ク……ッ!!」
見下しながら笑いを含む声で自身に及んでいる状況を話すウォーリスに、アルトリアは声が聞こえる方向へ首を動かしながら両目を鋭く睨ませる。
そうした様子を見るウォーリスは、微笑みを引かせながら呆れるような言葉を漏らした。
「まだ反抗できる気力だけは、残っているらしい。……いっそ手足を切り取り、喋れぬように舌を引っこ抜いて、目や喉も潰してしまうか?」
「……ッ!!」
「私が欲しいのは、『創造神の魂』だけだ。魂さえ消失しないのであれば、その肉体がどうなろうと知った事では無い」
ウォーリスはそう述べながら声色を冷たくさせ、その言葉が本気である雰囲気を感じさせる。
それを聞いたアルトリアは僅かに視線を逸らした後、再び微笑みの声でウォーリスは話し始めた。
「自分の立場を理解したまえ。例え万全であっても、君は私に及ばない。……あのエリクのようにな」
「……エリク……」
「そう、君を救う為に現れたであろう、あの忌々しい鬼神の魂を持つ男。期待させるのも申し訳ないので、先に言っておこう。――……奴なら死んだよ」
「な……っ!?」
「そして、君の親族にも死んだ者がいる。誰が死んだと思う? ……皇帝ゴルディオスだ」
「……ッ!!」
「帝都の住民と集まった貴族達は喰われ、その頂点である皇帝まで殺された。……君が望んだ通り、ガルミッシュ帝国は滅んだのだよ。喜びたまえ」
「……グ、ゥ……ッ!!」
微笑みながらガルミッシュ帝国の終焉を伝えるウォーリスの声に、アルトリアは心の底から湧き上がる怒気を声から漏らす。
その様子を見下ろすウォーリスは、続ける言葉としてこのような事を言い放った。
「さて。私は次は、何をすべきだと思う? 生き残っているガルミッシュ皇族の殲滅するか、その親国であるルクソード皇国も襲ってみるか。どちらが良いだろうか?」
「……やめ……ッ!!」
「おや、御気に召さないかな? では君は、どうしたら良いと思う? 私で叶えられる事であれば、望み通りにしてあげよう。滅びしか望めない、『創造神の魂』よ」
「……だったら、アンタが死になさいよ……!!」
「ふむ、いいだろう」
「!?」
ウォーリスの言葉を聞いていたアルトリアは、憎々しい声でそう伝える。
それに応じるような返答を見せたウォーリスは、自らの右手に力を込めながら自分の胸を貫いた。
それによって飛び散る血飛沫がアルトリアの頬にも届き、床に滴りながら生み出される血溜まりを見せる。
思わぬ行動に驚愕したアルトリアだったが、それでも貫いた右手を胸から離したウォーリスは平然とした様子で話し掛けて来た。
「さぁ、死んであげたよ。一回ね」
「……アンタ……ッ」
「残念ながら、私はもう心臓を抉られた程度で死なない。例え頭を吹き飛ばされても、この通り瞬く間に修復されてしまう」
「……!」
「人間や魔族、そのどちらでもない中途半端な魔人が持つような、半端な治癒や再生能力とは違う。到達者とは、まさに『終わりをの無い存在』なのだよ。……仮に到達者を殺せる者がいるとしたら、それは同じ到達者だけだ」
飛び散った血は蒸発するように消失し、貫いた心臓と胸が一秒も経たずに修復するウォーリスは、改めて自分が到達者である事を伝える。
そして到達者のウォーリスが殺せる存在ではない事を改めて察するアルトリアは、怒りの宿る声で言葉を発した。
「……私の魂が欲しいなら、勝手に抜き取ればいいでしょ……っ!!」
「そうしたいのは山々なんだがね。今それをやると、呪印を施した肉体から君の魂が解放されてしまう。それでは魂を抜き取った瞬間、君は魂だけで自爆を試みる可能性は否めない」
「……ッ」
「やっと得られた『箱庭』の鍵なのだ。肉体と同様に、今度は慎重かつ丁寧に扱うつもりだ。時が来るまでね」
「……時……?」
嬉々とした声でそう話すウォーリスに、アルトリアは疑問に思う言葉を呟く。
それを聞いているウォーリスは、高揚した気持ちのままアルトリアに教えた。
「五百年ほど前、魂と肉体が戻った『創造神』はこの世界を破壊しようとした。……だがその出来事が起こる前には、『創造神』は既に復活していたそうだ」
「!?」
「その時期に、世界は創造神が送り出したとされる神兵達に襲われている。それだけでも十分な脅威だったのだが、世界を破壊し尽くすには少々物足りない。何より、当時まだ健在だった到達者達がいれば神兵は討伐できてしまう」
「……」
「それならば、創造神の権能を使い早々に世界を破壊すればいい。なのにそうしなかったのが、私には疑問だった。……故にその時の情報を集めて、世界の崩壊が起きた時期に奇妙な事が起きていないか確認した……。そうしたら、ある現象が起きた後に世界が崩壊しそうになった事が判明した」
「……現象?」
「日食だよ」
「!」
「この箱庭には、ある周期で日食が訪れる。そして創造神は日食が起きた時に、権能の力を使い世界を崩壊させようとした。……分かるかね? この意味が」
「……日食の時だけ、創造神が権能を使える時間……」
「私も同じ結論に至ったよ。例えこの世界を創造した『創造神』と言えど、世界を掌握する為の権能《ちから》には制約があるのかもしれない。その条件の一つが、日食が起きる時。そして、その権能を使える場所も定められており、君達はその扉を開く為の『鍵』なのかもしれない」
「……まさか、このタイミングでアンタ達が襲って来たのは……」
「そう、もうすぐ日食が訪れる。私が『創造神の肉体』を得ようとしてから、十七年振りの日食だ」
「……!!」
「君が『創造神の肉体』を治してくれたおかげだよ。もう少し遅れれば、また十数年も待つ必要が出来てしまった。……まさに今が、絶好の機会だ」
「……ッ」
ウォーリスの言葉を聞くアルトリアは、最悪の状況でリエスティアの状態を改善させてしまった事を察する。
そうした情報を敢えて教えるウォーリスは、アルトリアに背を向けながら鉄扉のある方まで側へ歩き始めた。
「まだ少し時間の猶予がある。それまで君には、ここでゆっくり過ごしてもらおうか。協力的になってくれるのを期待してね。……例え非協力的でも、私は構わない。必要なのは、鍵となる君の魂だけだ。……逆に、魂など不要な鍵もあるがね」
「……まさか……!」
「今度は自我など芽生えぬように、ちゃんと管理しなくてはいけないな。その方が、鍵の役目として相応しい」
「……止めなさい……っ!! リエスティアは――……」
そう述べるウォーリスの足音を聞きながら、アルトリアは苦々しい面持ちで怒鳴る。
しかしその言葉を聞かないまま、ウォーリスは鉄扉を開けて閉める音を室内に響かせた。
その暗く檻に閉ざされた部屋に一人だけ取り残されたアルトリアは、呪印の影響で動かぬ身体で立ち上がろうと藻搔く。
しかし最初に言われた通り、魔力も扱えず脱力した状態が続く肉体では、独力で脱出するどころか立ち上がる事すらアルトリアには出来なかった。
こうして囚われたアルトリアは、創造神の魂として権能を扱う為の鍵となる事をウォーリスに求められる。
そしてもう一つの鍵である『創造神の肉体』に芽生えた自我を不要である事を仄めかした。
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