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革命編 五章:決戦の大地

帝都の夜明け

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 新年を迎えたガルミッシュ帝国の帝都は、混沌とした夜を終える。
 しかし夜を明ける前から動く人々は、安堵を忘れる時間を過ごしながら動いていた。

 帝都の南側は流民街から市民街にかけて壊滅的な状況に陥り、その被害が日の当たるようになって明らかになる。
 外壁と内壁は完全に崩壊し、多くの建物も破壊された中で周囲には腐臭と血で溢れ返る光景が広まっていた。

 更に南側以外にも西側や東側の地区にも被害は及び、その中には避難場所となっていた地下や公園などといった場所も含まれている。
 被害状況について当初は正確に把握できず、のちに兵士や民間人を含む犠牲者と行方不明者は四万人以上に至っていることが判明した。

 しかし被害が大きいのは流民街や市民街だけではなく、貴族街もそれに含まれる。
 貴族街そこに居た数多くの人々は一夜で消え、更に帝城に居た官僚や騎士団を含めた一万名以上の人員が行方不明となっており、その中には祝宴に参加していた帝国貴族の七割以上が含まれていた。

 僅か一夜にして多大な人員を消失し都市機能を大幅に失った帝都には、一日前の活気は完全に失われている。
 それでも生き残った者達は、日の光が差し込む帝都の中で生存者を探しながら徘徊していた。

 いずれも家族や友人を探し、自分の家が在った場所などに赴く。
 しかし存在するのは悲惨な光景だけであり、吐き気を催すような腐臭と血溜まりが人々の表情に絶望を色濃くさせていた。

 それでも生き残った者達は、絶望ばかりに追いやられている暇の無い者もいる。
 それは生き残った騎士や兵士、そして会場内に居た青年貴族達の手を借りながら市民街に赴いている帝国宰相セルジアスだった。

「――……広がっている火を消化し、生存者の救出を最優先に。可能な限り医師や治癒魔法を行える術師は集め、負傷者を一箇所に集めて治療に当たらせてください」

「ハッ」

「地下に蓄えていた備蓄食糧と水は、どのくらいつ?」 

「……多く見積もっても、一週間程度かと」

「ならば通信用の魔導具を修理し、各領地へ救援要請が必要になります。各魔導器の修理状況は?」

帝城内じょうないの通信器は、全て破壊されています。魔道具と魔導器の修理は、魔法学園に依頼するしかありません」

「とにかく他領地と連絡が取れない限りは、寒さと飢えで更なる死者が増えてしまう。一つでも通信器の修復を急いでもらうよう、魔法学園に依頼をしてください」

「了解しました。閣下」

 そうした指示を送るセルジアスは、生き残った状況の中でやれるだけの事を行う。

 襲撃に際し帝城内じょうないに設置された通信用の魔道具は全て破壊されており、他国どころか帝国内の他領地に救援の連絡も送ることが出来ない。
 それでも火が拡がる帝都内の消化を無事な者達で協力して行い、無事な水と食料を集めながら生存者達に配給していた。

 しかし生存者の全員が憔悴した表情を浮かべ、セルジアス自身も色濃い疲弊を隠せずにいる。
 主だった役職と役割を担っていた人員がほとんど消失し、主力となる兵団や魔法師団は全滅に近い状態に陥っている為に、生存者の数と比較して救いの手を差し伸べられる人員が圧倒的に不足していた。

 負傷者を除けば、まともに救援活動や支援活動を行えているのは二千名にも満たない。
 その三十倍の生存者達に対して、差し伸べるべき手がどうしても遅れていた。

「――……助けてくれ! 家族が、妻や子供達が何処にもいないんだっ!!」

「私の子供達、何処にいるの……!? お願い、探してちょうだい……っ!!」

「息子は、息子は無事なんですかっ!? 兵団に勤めていたんですっ!!」

「私の婚約者を、探してください……。……御願いします……っ」

 多くの人々が離れていた親しい人々を探す為に、必死に助けを乞い続ける。
 生き残った人員でそうした者達を落ち着けながら、建物が崩落しそうな場所へ行こうとするのを止めたり、安全が確認されていない南側へ行こうとする強行を引き留めていた。

 人手も少なく遺体すら満足に残っていないこの状況で、行方が分からない者達を探すのは不可能に近い。
 誰もが絶望的な状況で親しい者達が生きている事を希望として信じながらも、それを見つけ出す事はできなかった。

 セルジアスのもとにもそうした者達は押し掛け、すがりつくように助けを求める。
 その対処に追われる中で、一息を漏らしたセルジアスもある人物の姿を探していた。

「……アルトリア……。パール殿……。……どうか、無事でいてくれ……」

 自分の妹アルトリアと戻らない女性パールの名を呟き、セルジアスは不安と疲弊を見せながらも対応を続ける。
 それが帝国宰相としての責務である事を自身に言い聞かせながら、自身の感情を押し殺していた。

 一方で、帝城しろ側でもある出来事が細々と行われている。

 会場内に集まる幾人かの騎士と生き残った帝国貴族達は、その場に置かれた棺桶を悔やむ様子で見据える。
 その中には皇帝ゴルディオスの遺体が収められ、その傍には皇后クレアが寄り添うように泣き崩れた姿で俯いていた。

「――……ぅ……うぅ……っ」

「……母上……」

 その傍に立つ帝国皇子ユグナリスは、母親クレアに手を差し伸べる事も出来ずに顔を伏せる。
 ユグナリスもまた深い悲しみを抱いていたが、自分を庇い死んでしまった父親ゴルディオスと、その死に悲しむ母親クレアにどう顔向けするべきなのか分からなくなっていた。

 そんなユグナリスの思考には、攫われたリエスティアの安否について傾き続けている。
 更に父親を死に追いやり、帝都を無惨な光景へと変えたウォーリスとザルツヘルム達に静かな憤怒を燃やしていた。
 
 そうした中、元帝国宰相のゼーレマン卿が杖を着きながら歩み寄って来る。
 それに気付くユグナリスは振り向き、話し掛けて来たゼーレマン卿に応じた。

「――……ユグナリス殿下」

「ゼーレマン卿……。……なんでしょうか?」

「……まずは、謝罪を。……今回の事態に何の御役にも立てず。そしてゴルディオス陛下を御守りできず、申し訳ありません」

 ゼーレマン卿は深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。
 そして周囲に立つ各帝国貴族の当主達も頭を下げながら、ユグナリスに対して謝罪を伝えた。

 それを聞いたユグナリスだったが、驚く様子や怒る様子も無いまま、ただ気まずそうな様子で言葉を零す。

「……この事態は、貴方達のせいではない。それに、父上も……俺が不甲斐ないばかりに……。……リエスティアも……ッ」

 ユグナリスは歯を食い縛り、両拳を握りながら唇と手の平から血を滴らせる。
 そして下げた頭を戻すゼーレマン卿は、ユグナリスを見据えながら改めて伝えた。

「ユグナリス様。今後の事を、どう御考えでしょうか?」

「……どう御考えって……。なんで俺に……?」

「ゴルディオス陛下は、貴方にその皇冠かんむりを御譲りになった。それはつまり、ユグナリス様を新たな帝国の皇帝として認めたという証でもあります」

「……ッ」

「ゴルディオス陛下が亡き今。もしその訃報が民にも届けば、帝国内は大きな混乱に陥りましょう。……その混乱を抑える為にも、新たな皇帝が御立ちになる必要があります」

 ゼーレマン卿が言わんとする事を理解するユグナリスは、苦々しい表情を深めながら顔を伏せる。
 そして握り締めた両手を開いた後、その両手を自らの額に運び、頭に付けられた皇冠かんむりを脱ぎながらその場の全員に伝えた。

「……俺は、皇帝にはなれません……っ」

「ユグナリス様……」

「父上に庇われ、母上を悲しませ、そして最愛の女性すら守れない俺が……。……皇帝になって、何を守れると言うんですか……?」

「……」

「皆さんは、ローゼン公の救援活動に御協力を御願いします。今はそれが、帝都に居る者達にとって最も望ましい事のはずです」

「……承りました」

 そうした会話を交えた後、ゼーレマン卿を含む帝国貴族達は一礼した後に会場を出て行く。
 そして僅かに残る近衛や騎士達が見守る中、傍に置かれた揺り籠に抱えたユグナリスは、その中で眠る自分の娘シエスティナの傍に皇冠おうかんを置いた。

 そのまま揺り籠を持つユグナリスは、棺桶に近付きながら身を屈める。
 そして泣き崩れる母親クレアに揺り籠を差し出しながら、頼み事を伝えた。

「母上」

「……ユグナリス……」

「シエスティナを、しばらくお願いします」

「……どうする、つもりなのです?」

 揺り籠で眠るシエスティナを差し出されたクレアは、泣き腫らした表情で問い掛ける。
 すると床に揺り籠を置いたユグナリスは、決意を秘めた表情で返答した。

「リエスティアを連れ戻します。……そして、ウォーリスを倒します」

「……っ」

「これ以上、誰も犠牲にさせない為にも……。ウォーリスは、絶対に倒さなければいけない相手です」

「……けれど、どうするのです? 相手は何処に居るかも分からないのですよ。……それとも、何か探す当てが?」

「それは、まだ分かりません。……でも、リエスティアは俺を信じると言ってくれました。俺が助けに来るのを待ってくれています。ここでじっとしているだけでは、何も解決できません」

「……でも、貴方にまで……何かあったら……っ」

 クレアは再び涙を浮かべ、愛する息子まで失ってしまう恐怖に怯えながら悲しむ。
 それに対してユグナリスは母親クレアを抱き締め、微笑むような声で告げた。

「必ず、リエスティアと一緒に戻ります。どうか母上は、シエスティナと一緒に御待ちください」

「……ユグナリス……!」

 ユグナリスはそう伝え、自分の娘シエスティナ母親クレアに預ける。
 そして決意を秘めた表情を見せながら左腰に携える国宝の剣を携え、会場から帝城の外へと出て行った。

 こうして夜が明けた帝都は悲しみに包まれながら、その不安と恐怖を拭えない状況が継続する。
 その状況を解決すべく、そして愛する者を取り戻す為に、ユグナリスは一人の男として覚悟の背中を見送られたのだった。
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