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革命編 四章:意思を継ぐ者
命の矛先
しおりを挟む元ルクソード皇国の皇国騎士ザルツヘルムは、自身の忠義を述べながら悪魔の姿を明かす。
それは彼自身の忠義に基き、黒い瘴気で作り出された黒い鎧と甲冑を身に纏う悪魔騎士へと姿を変えた。
そして憎悪にすら勝る自身の忠義を武器とし、ザルツヘルムは狼獣族エアハルトと対峙する。
ザルツヘルムは右手に持つ長剣を目にも止まらぬ速さで突き入れ、相手の脳天を貫こうとした。
しかし凄まじい反射神経で避けたエアハルトは、目を見開きながら驚愕を見せる。
「クッ!!」
剣の突き紙一重で避けたエアハルトだったが、突かれま剣はそのままに横に薙がれる。
顔を捉えたまま顔を半分に両断しようとするザルツヘルムに対して、身を屈めて刃を回避するエアハルトは髪先を斬られながら大きく後方へ跳んだ。
「逃がさん」
「ッ!!」
冷淡な低い声を漏らすザルツヘルムは、跳び退くエアハルトを追撃する為に前へ跳び追いながら剣を振り翳す。
更に剣の追撃が放たれ、何かに感付くエアハルトはザルツヘルムの持つ黒い剣に触れない為に大きく避ける動きに集中し始めた。
二人が見せる動きは、とても常人が目で追える速さではない。
会場に居るほとんどの者達がザルツヘルムの放つ剣と腕の動きを見切れず、ただ電撃の光が走る会場部分で戦う二人の影だけが見えていた。
しかし壇上に立つ四人には、二人の戦う動きが目で追えている。
それは高い実力を有する老騎士ログウェルを始め、帝国宰相セルジアスと女勇士パール、そして鍛錬を受け続けていたユグナリスだった。
「――……エアハルト殿が、反撃できなくなってる……?」
「どうやら、あの鎧と剣が危うい事に気付いておるようじゃな」
「えっ」
「彼奴の纏った、あの黒い鎧と剣。アレは瘴気で形成されておる。迂闊に触れるのは危険じゃろうて」
「しょうき……?」
「生ける者に流れる生命力を『正』の力とするなら、瘴気は『負』の力。瘴気に触れれば肉体は『負』の力に侵され腐食し、魂すら侵し尽くす病となる。ほれ、あの電撃すらも腐食させ相殺しておる」
「毒みたいなモノ、ということなのか? だから、エアハルト殿は攻撃できずに避け続けて……」
「それもあるじゃろうがな。ただ反撃できない最大の理由は、あのザルツヘルムなる者の技量が、反撃を許さぬ程に力量を上回っているからじゃろうて」
「じゃ、じゃあ……」
「何か手段を講じなければ、死による敗北が待つばかり。……それに、そろそろ限界が来るかもしれん」
「限界?」
「既に五分以上、あれ程の電撃を放ち続けているのだ。しかも、生命力自体を魔力に変換しながらのぉ」
「!?」
ログウェルは二人の戦いを見ながら傍に居るユグナリス達に伝え、エアハルトが追い詰められている事を伝える。
悪魔騎士と化したザルツヘルムは、飛躍的に肉体能力を高めながらも彼自身の精神力と技量により強化された能力を完全に制御する事が出来ていた。
しかも悪魔になる事で得た瘴気も完全に制御し、鎧に纏わせながら電撃を防ぎ、放つ剣にも瘴気を帯びる事で傷を付ければ深刻な腐食を与える事が可能になっている。
一方でエアハルトの身体から放つ電撃は瘴気で形成された鎧や剣を削り取ろうとしているが、それより早く電撃が腐食し、本体まで届かない。
しかもザルツヘルム本人の技量が高く、高い斬撃性能を有する電撃の魔力斬撃を放つ隙が与えられず、更に消耗し続ける体内の魔力を生命力でも補い、大きな消耗を見せながら紙一重の攻防を繰り広げていた。
それを察しながら静観するログウェルに対して、ユグナリスは敢えて言う。
「……ログウェル。敵が奴だけなら、ここで倒せば皆で脱出が出来るんじゃ――……」
「いいや。恐らく、あの者や先程の怪物以外にも、伏兵がおるはずじゃよ」
「!」
「しかも見る限り、敵は『悪魔』の力を得ているらしい。……悪魔が一人いるだけでも大騒ぎだというのに、それが複数体。しかも人間から悪魔へ変貌するとなれば、敵の戦力は儂等の予想以上ということになる」
「でも、このままじゃ……!」
「そう、儂一人では全員を守り切れん。……ただ一つ、お前さん達を会場から脱出させる算段はある」
「えっ!?」
「!」
ログウェルはそうした言葉を見せ、周囲に居たユグナリスを含むセルジアスや皇帝ゴルディオス達を驚かせる。
そしてユグナリスは驚愕を残したまま、その言葉について言及した。
「ど、どうやってっ!?」
「転移魔法じゃよ。儂も『青』や『黄』程ではないが、それなりに使えるからのぉ」
「だ、だったら早く転移魔法で逃げれば――……」
「お主達だけならば、それも容易いのじゃがな。……問題は、彼女の事じゃよ」
「えっ。……あっ」
ログウェルは視線を動かし、ある人物に視線を注ぐ。
その視線を追ったユグナリス達は、視線の先で車椅子に座る女性の姿を目にし、思い出すように表情を強張らせた。
転移魔法で逃げる上で、問題となる女性。
それはユグナリスの愛するリエスティアであり、『黒』の七大聖人としての肉体を持つ彼女が魔力を用いた肉体への作用を全て無効化してしまうという事実を、今になってユグナリスは思い出した。
「……そうか。転移魔法だと、リエスティアが……」
「お前さんが彼女を置いて逃げても構わぬというなら、やっても構わんぞい」
「そんな事、出来るわけ……ッ!!」
「そう、お前さんはそう言うじゃろう。……しかし他の者達は、同じ事を考えると思うかね?」
「!」
「儂が転移魔法を使えると知れば、帝国貴族は迷い無く皇族達が逃げるよう勧めるじゃろう。……リエスティア姫を除いての」
「……ッ!!」
「敵の狙いは、恐らくアルトリア様とリエスティア姫の二人。その両方を確保さえ出来れば、問題は無いのであろう。……先程のザルツヘルムが見せた物言いも、リエスティア姫を置いて儂等が転移魔法で逃げる事を良しと考えているからかもしれん」
「そんな……。……じゃあ、リエスティアと一緒に逃げる為には……」
「ザルツヘルムを倒し、外に控える他の悪魔達を屠るしかない。……しかし包囲している悪魔全てと対峙する危険を冒すよりも、転移魔法で逃げる手段が最も堅実。ザルツヘルムの思惑は、そうした思考を抱かせながら、儂等からリエスティア姫を手放す決断をさせる為じゃろうな」
「……なんて、なんて卑劣な……ッ!!」
敵の思惑を推測するログウェルは、そうした結論を伝える。
それを聞いていたユグナリスは表情を険しくさせ、憤りを見せながらザルツヘルムを睨んだ。
しかし話を聞いていたセルジアスは、崩壊した会場の一画を見ながら思考する。
そこは帝城側に繋がる通路であり、妖狐族クビアが怪物を引き連れ奴隷の契約書を回収へ向かった出入り口にもなっていた。
「……彼女は、戻らないか……」
僅かに響く帝城側の衝撃と振動を感じ取るセルジアスは、クビアが今も怪物と交戦中である事を察する。
そして会場に戻れていない事を鑑みてクビアと合流した状況を予測し、あの人喰いの怪物とザルツヘルムが合流するという最悪の事態を考えざるを得なかった。
そこでセルジアスは、敢えて二人の会話に口を挟みながら頼みを伝える。
「……ログウェル殿。どうか陛下達とユグナリスを連れ、帝都から脱出して頂きますようお願いします」
「ローゼン公っ!?」
「勿論、君の娘も一緒だ。この四名を最優先に、この場から脱出してください」
「でも、それではリエスティアが……!!」
「彼等の目的はリエスティア姫だ。身柄を確保できるなら、命を奪うような事はしないはず。今は、君達の安全を確保する方が最優先だ」
「し、しかし……!!」
セルジアスは自身を除く皇族達の脱出を最優先し、ログウェルに帝都からの脱出を行うよう伝える。
それを聞いたユグナリスは、リエスティアを置いて逃げるのに反対する意思を見せた。
それを傍で聞く皇帝ゴルディオスは、互いの意見を聞きながら渋い表情を浮かべる。
皇后クレアも自身の安全をザルツヘルムから保証されているが、夫や息子、そしてリエスティアや孫の安否について懸念し、どちらにも賛同する意見を述べられずに困惑の表情を見せていた。
そうした意見の対立を見せる壇上の中で、ただ耳を澄ませながら彼等の話を聞く者がいる。
その人物は両手に抱える娘の重みを感じながら、傍に立つクレアに話し掛けた。
「――……クレア様」
「リエスティアさん……?」
「この子を、御願いします」
リエスティアは車椅子に座ったままそう話し掛け、クレアに自分の娘を預ける。
頼まれるクレアは困惑を見せながらも頷き、シエスティナを抱えてリエスティアを見つめた。
そして自らの両手で車椅子の車輪を動かすリエスティアは、逃げる手段で反対し合う二人の間に口を挟む。
「ユグナリス様。そして、セルジアス様」
「!」
「リ、リエスティア……?」
「この状況を脱する為に、御提案したい方法があります。その手段を私に試させて頂く事を、御許しください」
「……何か、良い手段が御有りなのですか?」
「いいえ。これはとても、良い手段とは呼べません。……でも、この状況を切り抜ける一つの策にはなると思います」
「策?」
「はい。私の考えた手段とは――……」
「――……!!」
リエスティアが述べる提案を聞いた一同は、それぞれに驚愕を見せながら瞳を大きく見開く。
特にユグナリスは提案を聞いた傍から慌てるようにリエスティアへ駆け寄り、必死に両腕に触れながら抑えるような様子を見せた。
しかしリエスティアは首を横へ振り、自身の意思を貫く表情を見せる。
それに抗おうとするユグナリスだったが、セルジアスは渋い表情を見せながらもその提案について返答を伝えた。
「――……分かりました。御願いします、リエスティア姫」
「ローゼン公ッ!!」
「ユグナリス。彼女が述べる手段は、この状況で最も堅実だと思う。……それに縋るしかない私も、情けない男だと思ってくれていい」
「……ッ!!」
リエスティアの提案に賛同するセルジアスに対して、ユグナリスは怒りを見せながら身体の正面を向ける。
しかし対立するユグナリスの意思を阻んだのは、その提案者であるリエスティア自身だった。
「ユグナリス様。私からも御願いします」
「ティア、でも……ッ!!」
「私も、本気でそうするわけではありません。けれどそう見せる事で、私の兄と彼等の思惑を防げるかもしれないのなら……」
「……ッ」
「今度は、私を信じてください。ユグナリス様」
苦悶の表情を浮かべながら手に触れるユグナリスに対して、リエスティアは手を重ねながらそう伝える。
そして強張る表情を強めながらも息を吐き出した後、ユグナリスは頷きながら了承の声を漏らした。
「……分かったよ。……でも、絶対に無茶はしないでくれ。君が居なくなったら、俺は……」
「大丈夫です。必ず、ユグナリス様達やアルトリア様を、御救いします」
リエスティアは微笑みを見せながらそう伝えると、セルジアスが居る方向に瞼を閉じた顔を向ける。
その意を汲むように腰部分に収めた儀礼用の短剣を取り出したセルジアスは、リエスティアの手に置くように渡した。
そしてセルジアスは壇上からザルツヘルム達が居る場所に視線を向け、拡声用の魔石を口元に近付けながら声を発する。
「――……ザルツヘルムッ!!」
「!」
「これ以上の抵抗を止めろ。そして、この襲撃も止めるんだ! ……でなければ、リエスティア姫は自ら命を落とす事を選ぶことになる!」
「……!!」
ザルツヘルムは剣の動きを止め、エアハルトは飛び退きながら両者は壇上を見る。
そしてセルジアスの向ける言葉と同時に、リエスティアが自身の喉元に短剣の刃を突き立てる光景を目にした。
こうして悪魔騎士となったザルツヘルムを相手に、新たな抵抗が試みられる。
それはザルツヘルムの目的に反する行為として、リエスティアが自身の命を人質にした交渉という手段だった。
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