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革命編 四章:意思を継ぐ者
冷徹な提案
しおりを挟む祝宴の場に入場したガルミッシュ皇族は、リエスティアと娘シエスティナを伴いながら皇座の前に立つ。
そして皇帝ゴルディオスは各帝国貴族が参列する前で、シエスティナを正式にガルミッシュ皇族の一員である事を認める事を発表した。
それに異を唱えない帝国貴族達だったが、拍手を起こす気配は無い。
しかしそれぞれの表情は険しさを強め、シエスティナを抱える母親に視線を切り替えた。
「……ッ」
その視線を感じ取ったのか、リエスティアは僅かに表情を強張らせる。
それから事の進行を進めているゴルディオスは、次の話に移った。
「――……シエスティナ=フォン=ガルミッシュ。今後は諸君にも、彼女についてそう認識してもらおう。……そして、その母たるリエスティア姫についても、私は相応の立場を帝国内にて与えるべきだと考えている」
「!」
「現状、オラクル共和王国との関係は不安が強い。それは皆も承知しているだろう。……それでも、我が帝国と彼の共和王国の和平同盟が破綻しているわけではない」
「……」
「そして来月には、オラクル共和王国からウォーリス王が赴く予定となっている。更にウォーリス王は使者の件について書状ながらも謝罪を行い、我が帝国との和平を継続させる事を望む意思を明かした。ならばウォーリス王の妹であるリエスティア姫については、同盟国の姫君として、また余の孫を生んだ女性として相応の立場を帝国にて与えるべきだろう」
「……ッ」
「余はそれについて、既に考えを至らせている。それにはウォーリス王の承諾も必要となるであろうが、来月の訪問に際して余からその話を行うつもりだ。そしてこの場でも、余の考えを諸君にも聞かせよう。――……余はリエスティア姫を、ユグナリスの正妃として帝国内に迎えたいと思う」
「!?」
ゴルディオスはこの場において、リエスティアを正式に帝国皇子の正妃にする考えを伝える。
それを聞いた帝国貴族達は先程よりも強い動揺を浮かべ、全員が隣り合う者達の顔を見合わせながら渋い表情を浮かべながら呟きの声を漏らしていた。
「あの姫を、皇子の正妃に……!?」
「正式な婚約もせぬままに……」
「それは流石に、軽率な考え過ぎる……」
「治療を受けているとは聞いたが、まだ目も足も治っていない様子ではないか……?」
「皇子の子を産んだとは言え、あの姫を正妃とするのは流石に……」
「あのような傷物の姫に、帝国の正妃が務まるものか……」
帝国貴族達は口々にそうした事を呟き、リエスティアを正妃として扱う事に難色を示す。
その声は壇上に居る者達の耳にも届いており、特にユグナリスはリエスティアの身体について悪態を漏らす声に憤りを宿す表情を浮かべていた。
そんなユグナリスに対して、右側に立つセルジアスは小声で話し掛ける。
「ユグナリス」
「……分かってます。でも……ッ」
「ここで君が暴れても、リエスティア姫の立場を危うくするだけだよ」
「……ッ」
「仕込みは既に済んでいる。少しだけ荒れるだろうけど、この場は我慢しなさい」
「……はい」
セルジアスに宥められるユグナリスは、奥歯を噛み締めながら両拳を強く握る。
成長を見せながらも感情面がまだ未熟なユグナリスの暴発を防いだセルジアスは、前を向きながら皇帝ゴルディオスへ視線を向けた。
ゴルディオスもまたセルジアスと視線を合わせ、互いに小さな頷きを見せる。
そしてゴルディオスの視線が参列者達に戻ると、呟く帝国貴族達に強い口調の言葉が向けられた。
「――……どうやら諸君は、余の考えに異があるらしいな」
「!」
「この場は祝宴であって、議会の場ではない。故に余の考えを伝えるのみに留まろうと考えたが、それでは諸君等が気持ちよく祝宴を楽しむ事が出来ぬだろう。――……余の考えに異のある者は、今この場で余に伝える事を許す。異がある者は前に出て、その理由も話すといい」
「……ッ」
皇帝ゴルディオスの言葉に対して、不満の声を漏らしていた帝国貴族達が途端に口を閉じて黙る。
小声で不満を漏らす事は出来ても、いざ皇帝本人と向き合いながら異を唱える事が出来る度胸と器量を持ち合わせている者は、今の帝国貴族内では稀有な存在と言ってもいい。、
故に皇帝本人に直訴し考えを改めさせようという気概を持つ者は前に出る事はなく、不満を持ちながらも黙るしかなかった。
しかし一人だけ、参列者の中から前に出て来る人物がいる。
それは白髪ながらも背筋と姿勢を整えた、老齢の男性だった。
そして皇帝ゴルディオスと向き合う形で足を止め、その男性は声を発しながら礼を行う。
「――……ゴルディオス陛下。御久し振りでございます」
「ゼーレマンか、久しいな。息災だったか?」
「はい。これもまた、ゴルディオス陛下の治世なればこそでしょう」
「ふっ。謙遜だな」
ゼーレマンと呼ばれる老齢の男性は、ゴルディオスと親し気に挨拶を行う。
それを見ていた帝国貴族達は、隣り合う者達と小声で話し合った。
「あの御老体は……?」
「あの方は、ゼーレマン卿だ」
「ゼーレマン卿……! ではあの方が、先皇陛下の治世にて帝国宰相を務めていたという……」
「既に引退し、領地経営の相談事をしていると聞いていたが……」
「今回の祝宴に、参列されておられたのか……」
参列している帝国貴族達は、ゼーレマンと呼ばれる名の老人を見ながら口々にそうした情報を共有していく。
先代の帝国皇帝、つまりゴルディオスがまだ皇子だった時代に帝国宰相を務めていたのが、目の前に居る老人。
帝国貴族の階級は侯爵の位を与えられており、皇族であるローゼン公爵家を除けば、帝国階級で最も高い地位を与えられている貴族家の前当主でもあった。
その名は、カールバッハ=フォン=ゼーレマン。
宰相を務めていた頃には『ゼーレマン卿』と呼ばれており、その名は古参の帝国貴族達にとって懐かしくも畏怖と尊敬を向けるべき名となっている。
それはゼーレマン卿もまた、貴族位の実力に恥じぬ有能な人物だったからだ。
先帝時代には自ら軍を指揮してベルグリンド王国軍と対峙し、数々の武功を上げている。
また高い政治的な知識と判断能力を有し、ゴルディオスやクラウスの父親だった先帝に多くの助言を行い帝国社会に多く貢献を残した、近年の帝国史において偉人とも呼べる存在だった。
その生きた偉人が、この場で前に立つ。
その意味するところを理解した各帝国貴族達は、息を飲みながらゼーレマンとゴルディオスの話を聞いた。
「――……して、ゴルディオス陛下。その姫君を、皇子の正妃になさる御考えだとか?」
「そうだ」
「僭越ながら、陛下の御許しを頂いている上で、御言葉を述べさせて頂きます。……私はその御考えを、良しとは考えられません」
「ほぉ。その理由は?」
「まず、今現在のオラクル共和王国に関する状況です。共和王国は現在、例の事件で大規模な被害を受けているそうですな。それこそ、死傷者が十万にも届くとか」
「そう聞いている」
「しかも物的な損失は、それ等の被害と相乗して予想を上回る事でしょう。……皇帝陛下、改めて御聞きします。現在のオラクル共和王国に対して、帝国と対等な和平を結ぶべき存在だと、本気で御考えになりますか?」
「!」
「!?」
ゼーレマンの言葉に対して、その場に居る全員が驚愕する。
その言葉の意味は、今の共和王国が帝国と対等に接すべき国ではない事を伝えており、更に続くゼーレマンの言葉がそれの意味を正しく証明させた。
「ガルミッシュ帝国は四大国家であるルクソード皇国を親国として、四大国家の盟約にも参加しております。既に亡国となったベルグリンド王国もまた、元四大国家であるフラムブルグ宗教国家の系列国として成り立り、四大国家の同盟には参加しておりました。……しかし、今は違います」
「……」
「ベルグリンド王国はオラクル共和王国として名を変え、フラムブルグ宗教国家の傘下からも外れ、四大国家の盟約からも外れました。……その時点で、帝国と共和王国は対等な関係では無くなっています。違いますか?」
「……確かに、そうした意味であれば対等とは呼べないだろう。だが……」
「そう、当時の陛下達はこう御考えになったはずです。そうした変化がありながらも、その情勢と国力比においては、オラクル共和王国はベルグリンド王国と変わらない。いや、それ以上の脅威となる可能性がある。だからこそ、名を変え盟約から外れた共和王国との和平同盟を継続させた。違いますか? 陛下」
「……いや、卿の言う通りだ。ゼーレマンよ」
「しかし今、その国力比においても、そして情勢においても、オラクル共和王国は破綻を起こしています」
「!」
「共和王国は今回の事件を受けて、多くの重軽傷者が共和王国内に生まれ、その復興に多くの時間と人材、そして資源を費やす事になるでしょう。その消費される時間と消耗は、まさに莫大なモノとなるのは間違いありません。……本来ならば四大国家に属する国でそうした被害があれば、それを助け援助する要請をする事も叶いましょう。しかし共和王国は、その四大国家からも外れてしまっています」
「……ッ」
「自力で復興を成し遂げた頃には、共和王国は多くの年月と人材が消費され、疲弊と負債に苛まれる国へと変わり果てているでしょう。……そのような共和王国が和平を継続させたい理由があるとすれば、まさにその復興を帝国にも手助けさせたいという意図しか考えられません」
「……確かに、卿の言う通りだろう。余もそう考えている」
「しかし、帝国もまた様々な復興を終えて落ち着き始めようとしているばかり。そこに共和王国の復興まで手を伸ばせば、帝国内の様々な疲弊を起こし、多くの者達が困窮する日々を過ごす事になりかねません」
「!」
「それだけではなく、多くの被害を受けた共和王国内では住む場所を失くした者もいるでしょう。そうした者達が難民となり帝国内に侵入して来る事があれば、また別の問題と被害を発生させる懸念も否めません。そうした対応に多くの人員が追われてしまえば、国内の治安が低下し、流入して来る難民と同調するように犯罪の増加も考えられます。……その点について、陛下は如何なる考えを御持ちなのか。是非お聞きしたいところです」
ゼーレマンは次々と共和王国との和平同盟を継続させる不利点を上げ、その部分に関する追及をゴルディオスに求める。
八十代を迎えながらも宰相職に就いていた人物だけあって、ゼーレマンの状況判断力は非常に優れていた。
まさに痛い部分を突かれるゴルディオスは、渋い表情を浮かべながら微笑み尋ねるゼーレマンを見下ろす。
しかしゼーレマンが求めた言葉とは、違う事を伝えた。
「……ゼーレマン。確か余は、リエスティア姫の正妃に関わる異の言葉を求めた。だが卿のその質疑は、それとは外れているようだな」
「確かに、その通りですな。申し訳ありません」
「だが、卿が言いたい事は理解できる。和平を継続させる利点が無い以上、リエスティア姫を帝国内に留めても意味は無い。そう言っているのだな?」
「その通りでございます」
「だがリエスティア姫は、現にユグナリスの子を産んだ母親でもある。その事実を無視して共和王国との和平を失くせば、余の孫は父親と母親の仲が裂かれた状態となり、不憫な思いをするだろう。余としては、母親と引き離されたと初孫に恨まれたくはないものだ」
「確かに、そのような不憫を幼い子供にさせたくはありませんな。私も孫を持つ身としては、同じくそう思います」
「ならば、ゼーレマンよ。卿はリエスティア姫に関する事において、どのような待遇こそ相応しいと考えるのか。それを聞かせるといい」
ゴルディオスはゼーレマンの考えを敢えて尋ね、それを周囲に聴衆させる。
そして小さな咳払いをした後、ゼーレマンはリエスティアに関する待遇の提案を伝えた。
「リエスティア姫が皇孫の御母上である事は、間違いの無い事実なのでしょう。しかし彼女の祖国は、同盟国として手を結ぶには非常に不安定であり、帝国と対等な立場とは呼べないと考えます。……そこで私は、リエスティア姫を正妃ではなく、側妃として帝国に迎えてはどうかと考えます」
「!!」
「側妃であれば、共和王国との関係として見合う立場でしょう。そして失礼ながら、リエスティア姫は年寄りの私よりも不自由な様子に見えます。様々な催しに参加する正妃よりも、側妃として落ち着いた暮らしをお与えになる方が、姫君の今後の生活にも良いと考えます」
「……っ!?」
「……やっぱり、こうなったわね」
ゼーレマンはそう述べ、リエスティアを王妃にではなく側妃の立場に下げるように提案する。
その理由を自ら明かすゼーレマンの言葉は、ユグナリスの表情を強張らせ、アルトリアが呆れ気味の表情を浮かべながら呟かせた。
こうして元帝国宰相ゼーレマンの登場により、リエスティアの立場について雲行きの暗さが見え始める。
彼が述べる言葉の意味は、ユグナリスとリエスティアの立場を引き離す事であり、離れた場所で隔離するという冷徹な提案でもあった。
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