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革命編 四章:意思を継ぐ者
善帝の怒り
しおりを挟むオラクル共和王国の外務大臣ベイガイルの来訪に伴い、皇帝ゴルディオスを始めとした帝国幹部達は四週間前に起きた事態を聞く。
それは『黄』の七大聖人ミネルヴァが発動させた秘術を原因とした爆発であり、それが共和王国内で起きた地震と衝撃波の正体だとベイガイルは語った。
それを聞いた皇帝ゴルディオスを含む帝国側の一同は、驚きの表情を浮かべる。
秘術の発動でミネルヴァが肉体を自爆させたという話は、そのまま死んだ可能性を示唆しているからでもあった。
その事実を問い質すように、ゴルディオスはベイガイルへと新たな問い掛けを行う。
「……貴殿の話が本当であれば、『黄』の七大聖人は死んだという事になる。そうなのか?」
「共和王国の見解としては、『恐らく』という言葉を使うしかありません」
「なに?」
「ミネルヴァの死を証言している『砂の嵐』も、あの爆発の影響で団員の半数以上が死傷しています。更に団長を務めるスネイクも重傷を負い、現在は共和王国内にて治療中です」
「!」
「スネイクや生き残った『砂の嵐』の証言を見解とするならば、ミネルヴァは自身を自爆させた秘術を用いて死んでいます。しかし秘術の詳細が不明な以上、ミネルヴァが自爆に見せかけて生きている可能性も共和王国は視野に置かねばならない状況なのです」
「……なるほど。それで?」
「今回の事態に対して、共和王国も帝国とは比べ物にならぬ被害を受けました。南方領地は結果として大地を削るように吹き飛ばされ、復興どころか人が住まう土地として用いられるかも判断が難しく、今現在でも被害規模を調査中です。更に王都を始めとした南方領地に隣接している街や村などにも、地震と衝撃によって多くの死傷者が出ています。負傷者の数だけで言っても、十万どころの被害ではありません」
「……!!」
「現在はウォーリス陛下とアルフレッド国務大臣が中心となり、共和王国内の救助活動と各地の修復作業が行われています。故に外交を任せられている立場にある外務大臣が名代として赴き、今回の事態を帝国側に御伝えした次第です」
ベイガイルは共和王国の現状を伝えながら、表情と声色を僅かに強張らせる。
その口調の強さはベイガイル自身の憤りすらも感じさせ、帝国側の一同はそれが嘘を語っているような言葉には聞こえなかった。
この話を聞けば、今まで共和王国側の応答が遅れ過ぎていた事も説明できる。
あの地震と衝撃の発生源である共和王国内の惨状は、確かに想像し易い。
遠く離れたガルミッシュ帝国ですら、地震の影響で建物などに亀裂が走り、衝撃波によって吹き飛ばされて来た物が多くの建物や人を傷付けた。
この帝都でも外壁に囲まれいた為に外部から吹き飛んできた物は防げているが、外壁には様々な物が激突し、帝都内部に及んだ衝撃波は自然物や人工物に関わらず吹き飛ばし小規模ながらも被害を受けている。
共和王国内の惨状が帝国とは比べ物にならない程に酷いのであれば、帝国側の応答に回答する暇すら無いだろう。
それを説明しているベイガイルの言葉から汲み取ったゴルディオスは、小さな鼻息を漏らしながら自身の見解を口にした。
「……共和王国は再びミネルヴァの襲撃に遭い、それを退け捕らえようとした。しかしミネルヴァの行使した秘術により、大きな被害を受けた。故に今回の責は共和王国ではなく、『黄』の七大聖人ミネルヴァに有る。貴殿は、そう主張しておるのだな?」
「はい」
「確かに、話の筋としては通る内容ではある。今回の事態で責を問うとしたら、ミネルヴァの属するフラムブルグ宗教国家にこそあるのかもしれん。……だがこの話、無視できぬ疑問に対して、貴殿に問い答えを聞く必要がある」
「疑問……?」
「何故ミネルヴァは、再び貴国を襲撃した?」
「!」
「以前の理由は、親国であるフラムブルグ宗教国家への上納金を納めていなかったからだとアルフレッド殿は申した。前回はそれを信じても良いと考えたが、今回は事情が違う」
「……と、言いますと?」
「ミネルヴァは曲りなりにも、『七大聖人』に選ばれた者だ。七大聖人が宗教国家に収める上納金の為に、無暗に死傷者を生む秘術を用いるとは考え難い」
「……ミネルヴァは信仰心のあまり狂人に似た言動を行う事があるのは、有名な話だと伺っています。今回の事態も、まさにミネルヴァが狂人であるが故に至った行動かと」
「なるほど。だか今回の事態で、本当に共和王国に死傷者が存在するのであれば。ミネルヴァは既に生きてはいないだろう」
「!?」
ゴルディオスは口調を強くし、ミネルヴァの襲撃が理由に合わない事を解く。
そしてミネルヴァが生存している可能性すらも否定する言葉にセルジアスを除く帝国幹部達は驚き、ベイガイルもまた驚きを浮かべながら疑問を問い掛けた。
「……何故、ミネルヴァが既に死んでいると?」
「『七大聖人』に課せられている制約だ」
「制約?」
「『七大聖人』は自身に敵意を持つ人間以外を殺めた場合、課せられた聖紋の制約を違反してしまう。その違反の代価は、己が死によって償われる」
「!!」
「仮にミネルヴァが秘術を行使した上で生きていたとしても、彼女に敵意を持たぬ共和王国の民までも殺す結果となれば、彼女は『七大聖人』の制約に違反した事で死に至る。故に今回で事態で無関係の死者が出ていた場合、ミネルヴァが生きている可能性は無い」
「……なるほど。そうした『七大聖人』の制約に関しては、私も存じませんでした」
「そうだろうな。七大聖人に関する情報は、四大国家に属する一部の王族や皇族にしか伝えられていない。……しかし、だからこそ。ミネルヴァがそのような秘術を用いてまで、貴国に被害を及ぼした事が解せぬ」
「!」
「詰まるところ、ミネルヴァは自死する覚悟を持って共和王国に被害を齎したのだろう。……たかだが上納金の催促程度で、フラムブルグ宗教国家が貴重な七大聖人を、そして人間大陸の最高峰とも言うべき秘術使いのミネルヴァを、殺すような行動を許すはずがない。ましてや、死んでしまうミネルヴァ本人が考えもなくそのような行動を起こす可能性は低い」
「……ッ」
「故にオラクル共和王国には、ミネルヴァが襲撃するに至った理由がある。しかも死を覚悟する程の理由だ。――……貴国は七大聖人に襲われる程の理由に、何か心当たりがあるのではないか?」
ゴルディオスは口調を強くしながら問い掛け、ミネルヴァが襲撃する程の理由が共和王国にある事を察する。
それを問い掛けるように伝えると、ベイガイルは僅かに困惑を浮かべた表情を見せながら言葉を零した。
「それは……」
「もう上納金という理由では、決して余は納得しない。……ベイガイル外務大臣。君は共和王国が七大聖人に襲われる理由を、知っておるか?」
「……」
「どうなのだ?」
「……誠に遺憾ではありますが、私の裁量では御答えできません」
「ほぉ。ウォーリス王の名代として訪れている貴殿にも答えられなぬ秘密が、貴国にはあるのか?」
「……」
「では今回の事態に関する責に関して、オラクル共和王国に一切の比が無い事を認めは出来ぬ。また七大聖人が死を覚悟してまで襲う程の理由が共和王国にある以上、我々は共和王国に対する信頼を傾ける事は出来ぬだろう」
「……ッ」
「その説明がなされぬ限り、我々は今回の事態がオラクル共和王国に帰する責である事を貴殿に伝える。……今日の話はここまでとし、使者殿達には長旅の疲れを癒して頂こう。余の問いに答えるならば新たな場を用意するが、そうでなければ貴殿等は旅の疲れが癒えた後に帰国しもらい、改めてウォーリス王に同盟国としての信頼を問わせてもらう。よろしいか?」
「御待ち下さい!」
ゴルディオスが議会の場を解散しようとした時、ベイガイルが焦りを含んだ様子を浮かべて退席を止める。
するとベイガイルは険しい表情を見せながらも口元を僅かに吊り上げ、ゴルディオスの物言いに対して反撃染みた言葉を述べ始めた。
「……皇帝陛下。リエスティア姫の御体調は、如何ですかな?」
「!」
「アルフレッド殿を通じて、我々もリスティア姫が皇子殿下の子を妊娠した事を存じております。……しかも婚約者候補のまま、正式な婚約も結ばれていない状態での出来事です。共和王国でも驚きが広まりました」
「……」
「本来ならば国を挙げて祝うべき出来事ですが、そうもいきません。共和王国を信用を欠くという話を行うのならば、我々も帝国を信用するに足る理由を欠いております」
「……何が言いたいのかね?」
「今の状況は、互いに不測の事態が起きてしまい、様々な行き違いの末に信用を欠いた状態です。そうした行き違いを解消し、同盟国としての立場を保つ必要があるはずです。ですから――……ッ!?」
ベイガイルは交渉の決裂によって帝国との同盟関係が崩れる事を懸念し、リエスティアの妊娠を利用して帝国側の信用度についても語る。
その話から互いの妥協を引き出そうと考えたのだろうが、ベイガイルは途中で言葉を止めながら僅かな寒気を感じた。
その原因は、ゴルディオスが向ける厳しく鋭い視線。
殺意すらも抱いているのではないかと思える程に厳かな表情を見せるゴルディオスは、自身が座る席から立ちながらベイガイルへ言い放った。
「……貴殿が言いたいのは、帝国が同盟を解消する事態となった時、リエスティア姫とその子を共和王国へ連れ戻すという脅迫か?」
「!?」
「アルフレッドと名乗っている男も、半年ほど前にローゼン公爵家に赴き、ここに居るセルジアスや息子に同じ脅しを向けたそうだな?」
「……あっ、え……!?」
「しかもルクソード皇国の賓客として迎えられている我が姪アルトリア嬢を、同盟として計画している共和王国の指導員に勝手に選ぶよう求めた。それが出来ぬ時は、リエスティア姫と出産した子を引き渡すよう求めたとも聞く。そうだな、ローゼン公?」
「その通りです。陛下」
「!?」
「後日にそれを聞いた時、そのような脅迫を余が居ない場所で行った共和王国の国務大臣とやらに、憤りを感じずにはいられなかったぞ」
「……!!」
ゴルディオスの口調は徐々に強まり、鋭く向ける視線と声には怒気が含まれて来る。
そうした憤怒の様子を見せるゴルディオスの様子に、ベイガイルは驚愕しながら冷や汗を浮かべていた。
そして憤りを宿すゴルディオスは、まるで見下げるような口調と視線でベイガイルに問う。
「そして今度は、貴殿が余にその脅迫を向けるわけか」
「そ、そのようなことは――……」
「黙れ」
「ッ!?」
「リエスティア姫は確かにウォーリス王の妹であり、始めこそ人質を兼ねた婚約者候補として帝国内に留める事を許した。しかし今のリエスティア姫は、余の息子であるユグナリスの子を身籠り、そしてその子の母親になろうとしている」
「……!!」
「例えウォーリス王が認めずとも、そして正式な婚約がまだ結ばれていなくとも。余の孫とその母親を勝手に連れ戻す権利や道理など、貴様や共和王国には無いぞッ!!」
「な……!? お、御待ち下さ――……」
「衛兵ッ!!」
ベイガイルの制止を無視したゴルディオスは怒声を響かせ、議会の場に控えていた近衛兵を呼ぶ。
それに応じる近衛兵達は素早くゴルディオスの下へ走り寄り、怒気が含まれている命令を聞いた。
「同盟国の使者を迎えたはずだが、どうやら余の孫とその母親を奪うよう命じられた間者を間違って招き入れたらしい。奴等を捕らえ、地下の牢獄に入れて置け」
「ハッ」
「お、御待ちなさい! 我々は、ウォーリス王の名代としてオラクル共和王国から来た――……な、何をする! は、離せ……ぐっ!!」
「同盟国の使者が、脅迫などするものか。……連れて行け!」
ゴルディオスはそう怒声を込めた口調で衛兵達に命じ、ベイガイルを始めとした使者達を近衛兵に捕らえさせる。
ベイガイルを始めとした使者達は抵抗しながらも拘束され、待機していた衛兵と騎士達に連行されていった。
帝国の幹部一同すらも、普段の様子からは考えられないゴルディオスの豹変に驚かされる。
普段から穏やかな表情と寛容さを見せ、民を思いやれる善き皇帝であると評されているゴルディオスが人前で怒鳴り怒る姿など、ほとんどの者が見た事は無い。
そして憤怒を見せた際の苛烈さは、ゴルディオスの弟クラウスにも勝る凄まじい畏怖を帝国の重鎮達に抱かせた。
セルジアスもまたゴルディオスが憤怒する様子を見て、過去に父親から聞いていた事を思い出す。
『――……いいか、クラウス。我が兄ゴルディオスは普段こそ優しく温和だが、ある一線を越えると誰よりも怖いぞ』
『伯父上が?』
『何時だったか、私の言い方がきつすぎてクレアを泣かせた事があってな。その時に兄上が、凄まじい勢いで私を怒鳴りながら怒った』
『……それ、父上が悪いんですよね?』
『そうだ。私も兄上が怒った姿を、その時に初めて見たからな。それからはクレアと会っても泣かせぬように、かなり気を使い続けた』
『……』
『なんだ、その顔は? ……とにかく、兄上を怒らせてはいかんぞ。特に兄上は、家族に対する愛情が強い。息子のユグナリスなど溺愛しているから、絶対に虐めて泣かせるなよ? 私が怒られてしまうかもしれん』
『虐めませんよ』
そんな話を父親から聞いていたセルジアスは、今のゴルディオスが抱く怒りの理由を理解している。
現在でこそ厳しい態度を取り続けているが、今もゴルディオスは息子ユグナリスを血を分けた家族として愛していた。
そのユグナリスの愛したリエスティア姫が自分の孫を身籠っているとなれば、既に彼女すらも家族と呼ぶべき存在に加えているらしい。
孫となる子供とその母親を脅迫の種にして奪おうとするベイガイルの所業は、まさにゴルディオスの逆鱗に触れたという事なのだろう。
こうして家族を脅迫に用いられ憤怒した皇帝ゴルディオスは、オラクル共和王国からの使者である外務大臣ベイガイルと他の使者達を投獄させる。
しかし囚われた者達の中には、帝都の入り口まで同行していたはずの元マシラ闘士エアハルトの姿は無かった。
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