815 / 1,360
革命編 三章:オラクル共和王国
残る可能性
しおりを挟む夥しい数の銃撃によって再び窮地に陥ったクラウス達は、ミネルヴァの命を盾にした籠城策に追い込まれる。
しかし籠城する為に戻った倉庫内の床は、ミネルヴァの両腕から流れ出る血で塗れていた。
倉庫内に残っていた五十名弱の村人達は、血で描かれている円の内側に身体を伏せながら留まっている。
その全員が恐れと怯えを含む表情を浮かべ、ミネルヴァに視線を注いでいた。
戻ったクラウス達もまたその光景に驚き、思わず表情を歪める。
そしてワーグナーも驚愕の勢いに任せ、足を踏み入れながら怒鳴り聞いた。
「お、おいっ!? なんだ、こりゃ――……」
「止まって! 血を踏まないでくださいッ!!」
「!?」
血で描かれた円陣をワーグナーが踏もうとした瞬間、それに勝る声量でシスターが怒鳴る。
それに驚き足元を見て身を引かせたワーグナー達、ミネルヴァの傍に寄り添うシスターに視線を向けた。
そして驚くワーグナーに続いて、クラウスが問い掛けを向ける。
「これは、何をしているっ!?」
「血の魔法陣です」
「!」
「貴方達も、血を踏まずに円の中央へ移動してください。その後は銃弾に当たらぬように、身を屈めて」
「血で描いた魔法陣だと……。まさかこれは、全てミネルヴァの血で書いているのか!?」
「そうです」
「馬鹿な! この血の量では、命も危ういではないかッ!?」
クラウスは倉庫内の床を見渡し、ミネルヴァの出血量が尋常ではない事を察する。
人間の体内には多くとも四リットルから五リットルの血液が循環し、脳や心臓を始めとした重要な臓器を動かし続けている。
しかし血液が二リットル近くまで抜き取られてしまえば、人間は失血状態となって各臓器が活動できない。
その先に待つのは、『死』という単純明確な答え。
今まさにミネルヴァの出血量は、床一面を見ても一リットルを軽く超えている。
例え人間から進化した聖人であっても、血を多く失えば常人と同じく死に至る事をクラウスは知っていた。
このままミネルヴァが死ねば、彼女に施されている秘術によって全員が巻き込まれて死ぬ。
倉庫内の村人達もそれを知っているからこそ、目の前で血を流し続けながら魔法陣を描くミネルヴァに恐怖し、そして死んでしまう事に怯えていたのだった。
しかしミネルヴァは自身の血で魔法陣を描く事を止めず、シスターは肩を貸して移動を手伝う。
そして次の書き込むべき場所へ移動した後、シスターはクラウス達を見ながら述べた。
「……ミネルヴァ様は今、転移魔法を行える陣を描いています」
「!?」
「転移魔法を行えるだけの上質な魔石が無い為に、御自身の血を使い魔法陣を描くしかないのです」
「だが、今の彼女は魔法が使えないのでは……?」
「肉体に施された呪印が、体内で循環する魔力の行使を阻害しています。ならば大概に流れ出た御自身の血であれば、魔法の行使を行えるかもしれない。ミネルヴァ様はそう御考えになりました」
「出来るのか……!?」
「成功するかは、分かりません」
「!」
「しかしこの場の全員が生き残る為には、もうこれしか手立てがありません。……陣を描いた血を踏まずに、皆さんと同じ中央へ。もうすぐ描き終わります」
「……!!」
シスターは血の魔法陣を用いる経緯を話し、クラウス達にも中央へ集まるように伝える。
それにワーグナーを含む村人達も驚きを浮かべ、クラウスは厳しい表情を浮かべながらミネルヴァにも視線を向けた。
ミネルヴァの肌からは血の気が薄れており、また身体も微妙に揺れながら声すら発する余裕も無い状態が窺える。
しかし流れ出る自身の血を用いて、両手の指を使いながら魔法陣を描く姿には狂気染みた光景ながらも、ミネルヴァの強い意思と執念を感じさせていた。
今ここで止めたとしても、ミネルヴァは魔法陣を描く事を止めない。
既に窮地に立たされている事を自覚していたクラウスは、険しい表情を一度だけ伏せた後、顔を上げてワーグナーや村人達に指示した。
「……円の中央へ行こう。血を踏まぬように」
「い、いいのかよ……!?」
「このままでは、どちらにしても我々は全滅する。ならば彼女の転移に、最後の可能性を賭けるしかない」
「……そうか……ッ」
クラウスはそう伝え、手に持つ小銃や腰に備えていた弾倉を壁際に投げ捨てる。
そして血で描かれた魔法陣を踏まないように、慎重に足を運びながら他の村人達が集まる中央の位置へ進んだ。
ワーグナー達もそれに倣い、小銃と弾倉を捨てて中央へ歩み向かう。
そしてクラウス達が中央へ辿り着いて床に膝を着いた時、無言で魔法陣を描き続けていたミネルヴァが薄れた声で呟いた。
「……完成だ」
「!」
その声を聞いた全員が、ミネルヴァの方へ視線を集める。
出来上がった魔法陣は見事な三重の円形で描かれ、一つの円が中央に居る村人達を囲むように敷かれている。
そして外側に敷かれた二つの円には文字にも見える象形の紋様が幾つも彩られ、複雑ながらも規則性のある描かれ方をしていた。
ミネルヴァは生気と血の気を薄れさせた顔で、霞んだ視界ながらも円陣を見渡して確認する。
そして魔法陣に誤りが無いことを判断すると、傍に寄り添うシスターに声を向けた。
「……ファルネ。魔法陣が発動したら、私を抱えて魔法陣の内側に跳びなさい」
「分かりました」
「……では、いきます」
ミネルヴァは自身の両手を血に塗れた両腕に掴ませ、手の平を赤い血に塗れさせる。
そしてシスターの助けを借りながら円陣の外側に身を置き、自分の手の平と円陣の血を重ね合わせるように床へ両手を置いた。
するとミネルヴァは瞼を閉じ、呟くように詠唱を開始する。
「『――……我が思う。我が願う。我が血を縁として、神の御力を御貸しください――……』」
ミネルヴァの小さな声量ながらも、更に詠唱の節を重ねていく。
そうして詠唱が続くにつれて、床に塗られた赤い血が僅かに赤い光を帯び始めた。
それを見た全員が魔法の行使に成功していると思い、希望の表情を仄かに宿す。
しかし次の瞬間、ミネルヴァの声が大きく変化した。
「『――……彼の者達を、我が故郷の地――……』……グ、ァアッ!!」
「ミネルヴァ様っ!?」
「!!」
詠唱していた呟きが突如として苦痛の声に変わり、全員がミネルヴァに視線を向け直す。
するとミネルヴァの肉体に刻まれた呪印が濃く浮かび上がり、黒い霧となってミネルヴァの肉体を締め付けるように拘束した。
ミネルヴァはその痛みに耐えていたが、両腕から伝う黒い霧が血で描かれた魔法陣に迫ろうとする。
それに気付き魔法陣から両手を離したミネルヴァは、大きく身を仰け反らせながら倒れた。
シスターは背を着けて倒れたミネルヴァに驚き、その身体に纏わり付く黒い霧に触れるか判断できないまま呼び掛け続ける。
「ミネルヴァ様ッ!!」
「……呪印が、魔法の行使を阻んだ……ッ」
「!」
「私の血で描いた魔法陣も、呪印が侵そうとした……」
「それでは……」
「……すまない……」
ミネルヴァは呪印の苦しみとは別に、悲痛な面持ちで謝罪の言葉を口にする。
それは転移魔法の発動が不可能である事を意味しており、その言葉を聞いた全員が表情を強張らせながら様々な思いで顔を伏せた。
その中には悔しさと共に血に頭を擦り付ける者や、家族で抱き合い涙を流す者もいる。
クラウスやワーグナーすらも最後の可能性が叶わない事を知り、覚悟の表情を浮かべながら微笑みを向け合っていた。
こうして最後の手段であるミネルヴァの血を用いた転移魔法も、呪印に影響で失敗に終わる。
敵傭兵達に包囲され逃げ場も無いこの状況で、彼等は縋るべき希望を失ってしまった。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
最強転生悪役令嬢は人生を謳歌したい!~今更SSクラスに戻れと言われても『もう遅い!』Cクラスで最強を目指します!~【改稿版】
てんてんどんどん
ファンタジー
ベビーベッドの上からこんにちは。
私はセレスティア・ラル・シャンデール(0歳)。聖王国のお姫様。
私はなぜかRPGの裏ボス令嬢に転生したようです。
何故それを思い出したかというと、ごくごくとミルクを飲んでいるときに、兄(4歳)のアレスが、「僕も飲みたいー!」と哺乳瓶を取り上げてしまい、「何してくれるんじゃワレ!??」と怒った途端――私は闇の女神の力が覚醒しました。
闇の女神の力も、転生した記憶も。
本来なら、愛する家族が目の前で魔族に惨殺され、愛した国民たちが目の前で魔族に食われていく様に泣き崩れ見ながら、魔王に復讐を誓ったその途端目覚める力を、私はミルクを取られた途端に目覚めさせてしまったのです。
とりあえず、0歳は何も出来なくて暇なのでちょっと魔王を倒して来ようと思います。デコピンで。
--これは最強裏ボスに転生した脳筋主人公が最弱クラスで最強を目指す勘違いTueee物語--
※最強裏ボス転生令嬢は友情を謳歌したい!の改稿版です(5万文字から10万文字にふえています)
※27話あたりからが新規です
※作中で主人公最強、たぶん神様も敵わない(でも陰キャ)
※超ご都合主義。深く考えたらきっと負け
※主人公はそこまで考えてないのに周囲が勝手に深読みして有能に祀り上げられる勘違いもの。
※副題が完結した時点で物語は終了します。俺たちの戦いはこれからだ!
※他Webサイトにも投稿しております。
普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした
桜井吏南
ファンタジー
え、冴えないお父さんが異世界の英雄だったの?
私、村瀬 星歌。娘思いで優しいお父さんと二人暮らし。
お父さんのことがが大好きだけどファザコンだと思われたくないから、ほどよい距離を保っている元気いっぱいのどこにでもいるごく普通の高校一年生。
仲良しの双子の幼馴染みに育ての親でもある担任教師。平凡でも楽しい毎日が当たり前のように続くとばかり思っていたのに、ある日蛙男に襲われてしまい危機一髪の所で頼りないお父さんに助けられる。
そして明かされたお父さんの秘密。
え、お父さんが異世界を救った英雄で、今は亡きお母さんが魔王の娘なの?
だから魔王の孫娘である私を魔王復活の器にするため、異世界から魔族が私の命を狙いにやって来た。
私のヒーローは傷だらけのお父さんともう一人の英雄でチートの担任。
心の支えになってくれたのは幼馴染みの双子だった。
そして私の秘められし力とは?
始まりの章は、現代ファンタジー
聖女となって冤罪をはらしますは、異世界ファンタジー
完結まで毎日更新中。
表紙はきりりん様にスキマで取引させてもらいました。
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる