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革命編 二章:それぞれの秘密
暴挙の参戦
しおりを挟むこの話は、二十七年前に起きたルクソード皇国の内乱まで遡る。
当時のルクソード皇国では、第二十代皇王エラクが病で倒れるという急報が広まった。
それを境に皇位継承権を持つルクソード血族を擁する皇国貴族達が対立し、皇国内部は各貴族派閥同士での内乱状態へ突入しそうになっている。
そうした中で宰相の地位に居たハルバニカ公爵家当主ゾルフシスはは、各皇国貴族に関わりの無い新たな皇王候補者を欲した。
そこで指名したのは、ゾルフシスの娘でガルミッシュ帝国の皇帝に嫁ぎ正妃から生まれた、ハルバニカ公爵家の血を引くゴルディオスとクラウスである。
当時、第一皇子のゴルディオスは二十三歳。
そして第二皇子の弟クラウスは十九歳であり、どちらもハルバニカ公爵家が擁するのに最適の人材であると判断された。
ゾルフシスはその兄弟の片方を欲し、彼等の母親である皇后へ内密に召集要請を送る。
それを受け取った皇后は帝国皇帝に事情を伝え、第一皇子ゴルディオスを新たな皇王候補者として皇国に送り出す決断をしようとしていた。
その決定に猛反発したのは、ゴルディオスの弟クラウス。
ゴルディオスと共に帝国皇帝呼び出され皇室内で、自分を皇太子にすると述べる皇帝に怒鳴り付けた。
『――……なんで兄上なんだっ!? 兄上は第一皇子で、俺は第二皇子! 理屈なら、弟の俺が行けば済む話だろうッ!!』
『駄目だ。お前は帝国に残す』
『なんでっ!?』
『お前が、ゴルディオスよりも優秀だからだ』
『な……!?』
『……ッ』
皇帝は臆する事なくそう述べ、二人の兄弟が居る前で優劣を述べる。
それにクラウスは強張りを浮かべた表情を見せ、逆にゴルディオスは両手の拳を握りながらも顔を伏せた。
『クラウス。お前がゴルディオスよりも優秀だからこそ、帝国に残すと決めた』
『……優秀だから残すって……。……それなら尚更、逆じゃないかっ!? 皇国は帝国の親国だ! その新たな皇王になるなら、俺の方がいいはずだ!』
『違うな。優秀ではないからこそ、ゴルディオスを送るべきなのだ』
『なんでっ!?』
『誰も、優秀な皇王など望んでいないからだ』
『……何を言ってるんだ? 父上……』
皇帝の言葉を聞いたクラウスは困惑し、疑惑の声と表情を向ける。
それを聞いていたゴルディオスは、自分が選ばれた理由を察してクラウスに伝えた。
『……クラウス。ハルバニカ公爵家が……いや、今まさにルクソード皇族を擁している皇国貴族達は、誰も優秀な皇王など欲していないんだよ』
『!?』
『皆、自分が操り易い皇王を上に立てたいんだ。……優秀な皇王を上に置いてしまうと、その後ろ盾になった時に扱い難いだろ?』
『……!!』
『皇帝陛下は、それを理解してるんだ。……だから、優秀じゃない俺を送ると決めたんだよ。クラウス』
クラウスを諭すように話すゴルディオスは、諦めを含んだ笑顔を見せる。
それを聞いたクラウスは驚愕のあまり表情を強張らせたが、すぐに反論染みた言葉を吐き出した。
『……兄上は、それでいいんですか……!?』
『皇帝陛下の命令なら、従うしかないよ』
『そうじゃないっ!! ……兄上がこのまま皇国に行ったら、クレアはどうするんだよっ!?』
『……』
『皇国から帝国に来てるクレアが十五歳になったら、兄上と結婚することが決まってたはずだ! ……クレアも連れ行くのか? 皇国に』
『……いや。クレアの婚約相手は、お前にしてもらおう。クラウス』
『!?』
『この時期に、クレアがこちらに訪問していたのは正解だったかもしれない。内乱に巻き込まずに済む。……クレアの歳も、クラウスの方が近いだろうし』
『クレアは兄上の事を慕ってるんだぞ!? そんなクレアを、俺が娶れるワケがないだろッ!! 第一、俺にはメディアが――……』
『だからだよ。お前にもメディアがいるなら、帝国に残ったほうがいい。クレアとメディアは仲が良いし、正妃と側室という形でも上手くやっていけるよ』
『だから、そんな話をしてるんじゃなくて――……』
兄弟は対照的な面持ちを見せながら、互いを庇い皇国へ赴く為に口論を交える。
それを聞き怒鳴り合う二人の兄弟に苦悩する皇帝だったが、その隣に座っていた金色の髪と青い瞳を持つ妙齢の皇后《はは》が息子達に声を向けた。
『――……ゴルディオス。クラウス』
『!』
『母上……』
『貴方達の言い分は、私達も理解しています。……私の意見を敢えて言うのであれば、私の実家であるハルバニカ公爵家の要請を、帝国は無視する事も可能でしょう』
『!?』
『しかしそうなれば、事態は混迷し内乱は長引くでしょう。ハルバニカ公爵家は現皇王エラク様の代わりとなれる皇族を擁していない以上、その争いに参加できません。例えその争いを早期に収められる実力を持っていたとしてもです』
『……!』
『内乱を早期に解決する為にも、ハルバニカ公爵家は後ろ盾となれる皇族を必要としている。皇国最大の派閥を持つハルバニカ公爵家が皇族を擁したとなれば、中立の立場にいる皇国貴族達も味方に傾くことでしょう』
『……』
『もしハルバニカ公爵家が後継者争いに参戦できずに内乱が起き、その結果として新たな次期皇王が決まってしまえば。ハルバニカ公爵家は現状の立場を保てず、皇国の状勢も大きく変化してしまう。もちろん、それは傘下国である帝国にも影響を及ぼしてしまう。それが悪い形となれば、苦しむのは私達だけに留まらない』
『……ッ』
『皇帝陛下はそのことも考え、最悪の事態へ備える為にゴルディオスを送り出し、クラウスを残すことを選んだ。……ゴルディオスが皇王になれば、現状が保たれエラク様の妹であるクレア様と婚姻関係を継続できる道もある。決して貴方達の意思を蔑ろにしたり、要らぬからと皇国へ渡らせるわけではない事だけは、理解してちょうだい』
『……はい。母上』
口論する二人の皇后は諭し、ハルバニカ公爵家や皇帝が考えている事を明かす。
それに対して素直に理解を示したゴルディオスだったが、不服そうな顔を見せるクラウスは顔を上げ、皇帝と視線を重ねた。
『……けれど、そうなるとは限らない』
『!』
『内乱が起きれば、兄上は戦場に立つ事になるでしょう。候補者が自ら前に立たなければ、内乱に巻き込まれた者達は不満を持つし、例え物資が十分でも兵士の士気が保てない。内乱とはそういう戦争です。……そこで万が一の事が起きれば、兄上は死んでしまうかもしれない』
『それは……』
『対抗する皇国貴族達も、ハルバニカ公爵家に劣らない名門も多いはず。戦力と物資も十分に蓄えていることでしょう。……もしそうした皇国貴族達が、まず先にハルバニカ公爵家を打ち倒すことを選んで共闘したら、ハルバニカ公爵家の勝利は薄氷の上に等しい可能性となる。違いますか?』
『……』
『兄上は人の気持ちを理解できるし、政治的判断力と決断力に恵まれている。先程のように話している相手の意図をすぐに察知し、寛容で器も大きい。たた戦略や戦術に関する判断力と実行力は、俺の方が長けている自信がある。……この内乱を早期に終わらせるなら、戦いに向いた俺が行った方がいい』
『クラウス……』
クラウスはそう述べながら一歩前に出ると、ゴルディオスは困惑した表情を浮かべる。
そうした兄の顔を見ながら微笑みを浮かべたクラウスは、再び皇帝に鋭い視線を向けながら告げた。
『皇帝陛下。俺は、ガルミッシュ帝国の帝位継承権を放棄する』
『!?』
『クラウスッ!?』
『俺は今から第二皇太子の立場を捨てる。そして自ら皇国に赴き、ハルバニカ公爵家に加勢する』
『……それが認められると本気で思っているのか? クラウス』
『認めないのならば、今ここで貴方に剣を向けるまで』
『!!』
『クラウス、止めるんだッ!!』
クラウスは自身の左腰に帯びていた剣を鞘から引き抜こうと右手を動かす素振りを見せ、慌てながらゴルディオスが止めに入る。
しかしクラウスは臆する事の無い様子で柄を握り、強い意志を秘めた青い瞳を皇帝へ向け続けた。
そして十数秒が経過すると、皇帝は深い溜め息を吐き出す。
それから口を動かし、クラウスの申し出について返答した。
『……クラウス。お前の帝位継承権、及びガルミッシュ皇族の姓を剥奪する』
『父上っ!?』
『お前はもう、我が息子とは思わん。今すぐ、この城から出て行け』
『分かりました』
『クラウスッ!? ま、待つんだ! おい――……』
ゴルディオスは皇帝と弟クラウスの決裂を目の当たりに、必死に止めようと二人を制止する。
しかし柄を握った手を離したクラウスは、皇帝に背を向けて皇室を出て行った。
ゴルディオスは皇室を出たクラウスを追い、降りていく階段の途中で肩を掴みながら止める。
するとクラウスは足を止めて振り返り、ゴルディオスに微笑みを見せながら話した。
『――……待て! 待つんだ、クラウス!』
『……これで、兄上は帝国を出なくていい。クレアも、兄上と離れ離れにならずに安心するだろう』
『だからって、お前がこんな……!』
『元々、俺はログウェルやメディアと一緒に帝国から離れるつもりだったよ。それが少しだけ、早まっただけさ』
『クラウス……!?』
『でも、兄上とクレアの結婚式は見に来るつもりだ。それまでには内乱なんて終わらせて、顔を見せに戻って来るよ』
『……すまない。私が不甲斐ないばかりに、お前に要らない苦労を……』
『いいや。俺はこういう性格だから、兄上は抑え役ばかりで苦労してただろ? 兄上のように落ち着いた人こそ、皇帝になる方が帝国の為になるさ』
『……ッ』
『……もし俺が死んだら、皆には申し訳なかったと伝えておいてくれ。……それじゃあ』
『クラウス……!』
クラウスはそのまま階段を降り始め、肩を掴んでいたゴルディオスの右手が離れる。
そして覚悟を秘めた背中を見せながら兄ゴルディオスと別れを告げ、弟クラウスは帝都から出て行った。
勘当という形でガルミッシュ帝国を出たクラウスは、皇族同士の争いが起きるルクソード皇国を目指す。
その時、クラウスの隣にはとある少女が付き添うように同行していた事を、当時は誰も知らなかった。
『――……メディア。本当について来るつもりか?』
『だって、貴方を一人だけで行かせると本当に死んじゃいそうだもの』
『俺はそんなに弱く見えるか?』
『そういうの、私に一度でも勝ってから言ってね』
『ああ、そうかよ』
『でも私、制約でそういう戦争とかに加わったらダメなのよね』
『なんだよ。じゃあ、何しに付いて来るんだよ?』
『とりあえず、皇都の見物でもしようかしら』
『……』
『なによ? かっこつけて無一文のまま城から出て、旅の準備も出来ずに途方に暮れてた貴方へお金を貸してあげた私に、何か文句でもあるのかしら?』
『……はぁ、無いよ。何もありません。むしろ感謝してます、メディア様!』
『よろしい。私がちゃんと、クラウス君をルクソード皇国まで送って上げるわ』
隣を歩く少女は微笑みながらそう話し、クラウスは僅かに嬉しさを含んだ微笑みを浮かべる。
こうして二十七年前の若いクラウスは帝国を発ち、内乱が起こるルクソード皇国へ赴く。
そしてハルバニカ公爵家が擁する皇王後継者となり、各皇族達を擁する皇国貴族達と熾烈な内乱に加わる事となった。
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