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革命編 二章:それぞれの秘密
父親の秘密
しおりを挟むウォーリスを危険視するセルジアスだったが、立て続けに起こる事態の為に彼をローゼン公爵領地に招く事となる。
そうした危険人物を本邸内の者達に監視させ、リエスティアやアルトリアとの接触を出来る限り避けさせている中で、老騎士ログウェルとガゼル子爵当主フリューゲルが面会へ訪れた。
そこで再会する事となったのは、南方のガゼル子爵領地に広がる樹海の女勇士パール。
そしてもう一人、予想外にも死んだと伝えられている前ローゼン公爵家当主クラウスがその姿を客間の中で晒した。
その場に立ち合っていた家令の老人は驚き、セルジアスも驚きを浮かべながら長椅子から腰を上げる。
しかしセルジアスが驚いたのは父親の生存では無く、この場に赴いている状況だった。
「――……父上。なんでここに……!?」
「なに、アルトリアが戻って来ると聞いたのでな。道中の護衛をフリューゲルが命じられたと聞き、護衛団の中に紛れ込んで来ただけだ」
「だけって……。貴方は今、死んだ事になってるんですよっ!? もし貴方の生存が明るみになれば――……」
「そうなったら、仲良く肩を組みながら黙っているように頼むさ」
「……それで口が閉じれる者がいれば、私も苦労はしませんよ……」
セルジアスは上げた腰を下ろしながら左手で額を抑え、大きな溜息を吐き出しながら愚痴を漏らす。
ローゼン公爵家の当主としてセルジアスは大々的に父親が死んだ事を公表し、領地の者達もそれを事実を現状として受け入れている。
しかし父親が生きていることを知られれば、クラウスを慕っていた領地の者達は喜々としてその情報を広めてしまうだろう。
それは様々な希望と共に憶測も呼び、現状のローゼン公爵家を任される当主セルジアスには不都合な状況に陥る可能性が高い。
それを父親も承知しているからこそ、捜索依頼を出した黒獣傭兵団に生きている事を教えさせずに遺品の証拠として槍とパールを送り出したのだと理解していた。
しかしその理解は崩れ、今まさに第三の厄介事となる父親が領地に戻ってきてしまっている。
しかも本邸にまで訪れ息子と対面を果たしている状況に、セルジアスは苦悩の表情を浮かべながら深いため息を吐き出した。
「はぁ……。……それで、どうして来たんです?」
「なんだ? 久し振りに父親の顔を見たんだ。もっと喜べ」
「残念ながら、私の父は既に死んでいますので」
「おいおい」
「冗談ですよ、御健在な様子を見れたのは幸いです。……しかし、本当になんで来たんですか? こんな危険を冒してまで戻って来たということは、自分の口で御知らせしたい事があったのですか?」
セルジアスは恨めしそうな表情で視線を飛ばし、父親に問い掛ける。
それを豪胆な笑みで迎えたクラウスは、息子に訪問の理由を伝えた。
「まぁ、さっき言った通り。アルトリアが戻って来たというので、その顔を見たかったのが理由の一つだ」
「はぁ……」
「そして二つ目の理由が、このパールの付き添いだ。盟約に関しては俺が発端みたいなモノだからな。一度、その事で兄上と会おうと思っていた」
「陛下に会うつもりですか!?」
「なんだ、いかんのか?」
「いかんとか、そういう問題じゃないのは分かりますよねっ!?」
「安心しろ、別にお前を通して会う気は無い。我が友でありガゼル子爵家当主である、フリューゲルに頼んでいるさ」
「……は、はは……っ。申し訳りません、頼まれてしまいまして……」
長椅子に座るガゼル子爵の左肩に右手を置いたクラウスは、悪い笑みを浮かべながらそう述べる。
対して肩に手を置かれたガゼル子爵は乾いた笑いを搾り出しながら、セルジアスに謝罪の言葉を述べた。
現ガゼル子爵家当主のフリューゲルは堅実な領地経営を行いながらも気弱であり、クラウスの圧に負けた事をセルジアスは一瞬で察する。
そして新たに深く長い溜息を漏らしながら、セルジアスは続きを問い掛けた。
「はぁああ……。……それで、理由はその二つだけですか?」
「いや。――……もう一つは、俺を襲った【悪魔】を従える黒幕の思惑を探る為だ」
「!」
「フリューゲルに頼んでも良かったが、流石に【悪魔】が相手となると分が悪い。逆にこちらの企てが暴かれかねんからな」
「企てって……何をしようとしているんです?」
「俺はベルグリンド王国へ……いや、今はオラクル共和王国と名乗っているのだったな。共和王国に潜入する」
「……はいっ!?」
「お前に会いに来たのは、その手引きを手伝って欲しいのだ。頼めるか? セルジアスよ」
クラウスの突拍子も無い計画を聞いたセルジアスはついに理解できずに上擦った声を出し、あからさまに動揺を見せる。
それを向かい側から見下ろすクラウスは、その返事すら待たずに話を続けた。
「俺の他に、あと十数人ほど共和王国に入り込ませたいんだが――……」
「……ま、待ってください。何を言ってるんです? 貴方は……」
「だから、共和王国に潜入するのだ。俺が直接な」
「貴方は馬鹿なんですか?」
「なんだ、尊敬する父親に対して馬鹿とは?」
「その尊敬も、たった今なくなりそうなんですが……。……まだ帝国内なら、貴方の生存を誤魔化せる可能性も僅かにありますが。共和王国に潜入する? もしそれで貴方の事がバレたら、どうなるか流石に御分かりでしょうっ!?」
「安心しろ。俺はクラウス=イスカル=フォン=ローゼンなどという者ではない。ただのクラウスだ」
「そういう意味ではなく……!!」
「ログウェルから聞いている。お前も、【悪魔】の動向を気掛かりにしていたのではないか?」
「!」
「【悪魔】の動きは現状、何処にも見えない。奴が何処で何をしているか知る事で、我々も【悪魔】の背後で何かしらの事を進めている者達の思惑を掴める。そうは思わないか?」
「……確かに、気掛かりではあります。だからと言って、父上だけでどうこう出来る相手でも無いでしょう?」
「そうかもしれんな。――……だが俺は、座したまま奴等の企てが進み続ける現状を放置できぬ」
「……!!」
「現状、帝国側は共和王国に対して待ちの姿勢に入っているだろう。通常の外交目的ならばそれでも構わんが、【悪魔】と契約する覚悟を持つ者がただの和平など望むはずがない。……こちらも奴等の思惑を知る為に、深く共和王国側へ入り込む必要がある」
「……言いたい事は分かります。私もそれを懸念し、既に密偵を共和王国へ送り込んでいる。今はそれだけでも――……」
「その密偵が、本当に密偵として役割を果たせていると信じられるか?」
「……どういうことです?」
「仮に共和王国が帝国側の密偵の存在を知っているのなら。私ならば【悪魔】を使い、その密偵共を殺して操り、偽の情報をお前に渡すだろう」
「……!!」
「私と対峙した【悪魔】は『男爵』だと自ら名乗った。位を持つ高位の【悪魔】は下級悪魔を従えると聞く。……お前が送り込んだ密偵は、既に【悪魔】に飲み込まれていると思え」
クラウスは【悪魔】の存在を基点として、共和王国側の目論見や行動を予測する。
それを聞いたセルジアスは思わず右手で口を覆い、密偵から届けられる情報の真偽が定かではない事を今更になって悟った。
セルジアスは盤上に見える情報であれば、正確に読み解きそれ等の状況から様々な推察を行える。
しかし盤外に置かれた【悪魔】がどのような手段を持ち、どのように共和王国と関わっているか手掛かりとなる情報は何も無い。
改めて父親にその事を指摘されながらそうした可能性を示された事で、セルジアスは思考の中にその可能性を取り入れる事に成功した。
「……確かに、その可能性は高いかもしれません」
「そうだろう。……現状の密偵がどうなっているか。そして共和王国が本当にお前の耳に届いている姿なのか。それを確認する為にも、信頼できる者を送り込むべきだ」
「……それが、貴方だと言うんですか? 父上」
「そうだ。――……セルジアスよ。俺は既に、この世には存在しない者だと思え」
「!」
「だからこそ、存在しない俺も利用しろ。……なに。例え俺が死んでも、もう存在していないのだ。帝国にとっても、そしてお前達にとっても、何の痛手にもならんだろう」
「……まさか父上は、そこまで考えて自分の死を伝えさせたのですか……?」
「ふっ。少しは、尊敬は戻ったか?」
クラウスは自信に満ちた微笑みを浮かべ、息子セルジアスに問い掛ける。
それに対して再び呆れた溜息と吐き出して口元を微笑ませたセルジアスは、頷きながら了承した。
「……分かりました。潜入の件は、こちらで何とかしましょう」
「頼んだぞ」
「……ただ、私にも幾つか父上に聞きたい事があります。それに御答え頂けますか?」
「む? なんだ」
「父上は、ナルヴァニア=フォン=ルクソードと何か接点が御有りだったのですか?」
「!」
「……御有りなのですね?」
その問い掛けにクラウスは表情を強張らせ、それが肯定を意味することをセルジアスは察する。
そして強めの口調で問い掛けると、今度はクラウスが溜息を漏らしながら問い掛けた。
「……誰から聞いた?」
「ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド。今この屋敷に滞在している、共和王国の国務大臣アルフレッドを名乗る者です」
「!?」
「そう、ゲルガルド伯爵家の血縁者です。……そしてユグナリスの婚約者候補として置かれているのは、その妹リエスティア=クロエオベール=フォン=ゲルガルド。……しかもその妹は、ユグナリスの子供を妊娠しています」
「……えっ、ゲルガルド伯爵家……!?」
クラウスへの問い掛けに答えたセルジアスの言葉に、同席していたガゼル子爵は驚愕しながら顔を両者に向けて動揺する。
それを抑えるようにセルジアスは穏やかな声を発し、ガゼル子爵を落ち着かせた。
「ガゼル子爵、この件は帝国内では最高機密の情報となります。もしこの情報が内外に広められた場合には、ガゼル子爵家には相応の処置を行わせて頂きます。よろしいですか?」
「……あっ、はい……。……あの、私はもう退席した方が……?」
「いえ、念の為にこのまま残ってください。それとこの話が終わり次第、秘匿情報を明かさない事を誓約する書類に一筆、御願いしますね」
「は、はい……」
圧を含んだ微笑みを浮かべるセルジアスの言葉に、ガゼル子爵は顔を青くさせながら頷く。
ローゼン公爵家の親子に挟まれた形で巻き込まれてしまったガゼル子爵は、不憫にも知らなくてもいい情報をこの場で聞かされる状況に陥ってしまった。
そしてセルジアスは改めて父親に顔を向け、その内側に秘められた情報を聞き出す。
「父上。ナルヴァニア=フォン=ルクソードとゲルガルド伯爵家、貴方は双方とどのような繋がりがあるのです?」
「……もう、二十七年前ほどになるか。俺はルクソード皇国を中心に起きたルクソード皇族の内乱に参じた。それは知っているな?」
「はい」
「その時に、俺は母方の血縁であるハルバニカ公爵家に付いた。……しかしその裏では、あのナルヴァニアと手を組んでもいた」
「!?」
「俺はあの時の内乱を、あの女と協力したことで一年程の時間で終結させることが出来たのだ」
「なんですって……!?」
セルジアスは驚愕した声を浮かべ、クラウスの言葉に思わず腰を上げてしまう。
それを聞いていたログウェルを除くパールやガゼル子爵は事情を把握できず、その場に居る全員が混迷とした様相を見せていた。
こうして戻って来たクラウスによって、ナルヴァニアを基点とした過去の因縁が明かされる。
それは二十七年前に起きたルクソード皇族同士の内乱に端を発し、クラウスとナルヴァニアとの関りが生まれた時でもあった。
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